第7話
ここからは反撃の時間
「雪、こっち」
家から少し歩いた先のコンビニの駐車場に停まっている車。
開いた窓から旭が顔を出して、私たちに手を振った。
家を出た後は、旭が車で優子さんの家まで送ってくれることになっていた。
「迎えに来てくれてありがとう」
「いえいえ。
無事に脱出できたみたいで良かった」
旭にお礼を告げてから、彩と一緒に車内の後頭部座席に乗り込んだ。
「は、初めまして。彩です。
よろしくお願いします……!」
彩が緊張気味に挨拶をする。
「初めまして、彩ちゃん。
旭って言います。よろしくね」
今世で、彩と旭が会うのはこれが初めてだ。
前回の人生では、私の病室で何度か鉢合わせたことがあったけれど、きっと彩にとってはそれどころじゃなかっただろう。
「……改めて見ると、なんかすごくカッコイイ人だったんだね……」
そんな風に耳打ちしてきた。
「……そうだね」
運転席の旭をちらりと見る。
私が恋焦がれたあの頃の面影を残しながら、洗練された大人の雰囲気をまとうその横顔。
作曲家としても成功しているのだから、相手に不自由することはないだろう。
けれど私が知る限りで、旭は結婚することがなかった。
「……どうした?」
ルームミラー越しに目が合って、旭が尋ねてくるのに慌てて首を横に振った。
「何でもないよ、ごめん」
こうして旭が運転する車は、私たちを乗せて優子さんの元へと向かうのだった。
♢
優子さんは、到着した私たちを歓迎してくれた。
特に彩を見ると、パアッと嬉しそうに微笑んだ。
「あなたが彩ちゃんね、会えて嬉しいわ。
さすが雪ちゃんの子、とっても可愛い!」
面と向かって褒められて、照れたようにはにかむ彩。
「あらそれに、笑った顔が親子でそっくりね」
そんな彩を見て、優子さんはまた優しく笑うのだった。
「2人とも、お腹は空いてる?」
優子さんに言われて、脱出を優先して昼食をまだとっていなかったことを思い出す。
「……あ」
その時、タイミング良く彩のお腹がぐうと鳴る。
「ふふ、空いてるみたいね。
ご飯を作っておいてちょうどよかった。
これからみんなで食事にしましょうか」
優子さんの手料理を食べるのは、随分久しぶりだ。
私たちは4人でテーブルを囲んで食事をとる。
「美味しい……!」
優子さんの作ってくれたご飯は、昔と変わらずどれも美味しくって。
隣の沙耶と顔を見合わせると、彩も「美味しいね」と笑った。
「いっぱい食べてね」
「おかわりもあるからね」
そんな私たちのことを、優子さんと旭が微笑ましく見守っていた。
無事にあの家を抜け出せた安心感と、お腹が満たされたことで、幼い彩の体には睡魔がやってきたようだ。
そんな彩を見て、優子さんが空き部屋に布団を敷いてくれた。
「彩、寝るならお布団行こう?」
「……んー……」
眠たげな目を擦る彩の手を引いて部屋に向かう。
布団の上に体を横たえると、すぐに彩の瞼がおりていった。
まだ食後の洗い物も残ってるから行かなくちゃ。
そう腰を浮かしかけたところで、クイっと引っ張られるような感覚。
うっすらと目を開けた彩が、私の服の裾を掴んでいた。
「おか、さ……いかないで……」
「……大丈夫。どこにも行かないよ」
私も隣に体を横たえて、彩を包み込むように抱きしめる。
「お母さんはここにいるよ。
ずっと彩のそばにいる」
昔、もっと幼い彩にやっていたように背中をトントンと優しく叩く。
再び瞼が落りていって、寝息が聞こえ始めるのに時間はかからなかった。
穏やかで愛おしい寝顔。そっと頭を撫でる。
色々とあったけれど……この子と一緒に家を抜け出せて本当に良かった。
あとは計画通り、粛々と進めていくだけ。
あ……駄目、眠気が……。
張り詰めていた気持ちが切れたら、どっと疲れがやってきた。
それと同時に感じる眠気。
自然と瞼がおりていく。
まだ食器洗いもできていないのに……けれど体がとても重くて。
私は抗えない睡魔に飲み込まれるように、意識を手放した。
「お疲れ様……雪」
そんな私にかけられた温かい毛布と、優しい声には気づかないまま。
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