第4話

着々と進む証拠集め

この時期はまだ、要介護の義祖母が同居している。

感覚的には8年越しのオムツ替えを終えてリビングに戻ると、お風呂上がりの和真がテレビを見ていた。

物音に気づいた和真が振り返り、目に入った私のことをまじまじと見つめてくる。


「……何?」


思わず尋ねれば、吹き出すように和真が笑った。


「いやぁお前、改めて見ると老けたな〜。

俺、こんなおばさん飼ってんの?って今結構ショックだわ。

さすがにさぁ、もう少し外見に気をつかうなりなんなりしたら?」


……この男は、何を言っているの?


毎日の家事と介護で疲れ果てて、それでいて自分に使えるお金なんて一銭ももらっていない。

そんな状態で、どうやってこの男の望むような外見を維持しろっていうの?

比べる対象は、言うまでもなく不倫相手花梨だろう。


本当に、どこまでもふざけた男。


とっくに前に向き直り、テレビを見て笑っている背中に、殺意にも近い怒りがわいた。



「おか……ママ見て!

これ、聞き出してきたよ……パスワード!」


その日の夜、彩がこっそり私に手渡してきたもの。

それは、和真のスマホのロック解除のパスワードを書いたメモ用紙だった。


「すごい、ありがとう彩……でも一体どうやったの?」


「適当なこと言ってスマホを借りて、途中でわざと画面を戻してみれないよーってしたら、簡単にパスワードを教えてくれたの。

子どもだからどうせすぐ忘れると思ってるんだろうね。

だから、忘れないようにちゃーんとメモをとってあげた」


どこか得意げに語る様子を見ながら、見た目は8歳の彩でも、中身はちゃんと16歳なんだと実感する。

それでも、まだ16歳の子どもだ。彩にばかり頼るわけにはいかない。


「今夜にでも、早速役立たせてもらうね」



そして深夜、皆が寝静まった頃。今、私の手の中には和真のスマホがある。


元々私の寝床は和真と同じベッドだったが、介護が始まってからは深夜の呼び出しにすぐ気づけるようにと、義祖母の眠る部屋の近くに布団を敷いて寝ることを強いられている。


だから万が一和真が起きた場合、私が寝室にいたら怪しまれること間違いなしだけど……いざとなればどうにでも言い訳はできる。

それでも、なるべく手早く済ませよう。


早速、彩が教えてくれたパスワードでスマホのロックを解除する。

この時代の機種なら指紋認証もできるけれと、やっぱりパスワードが分かる方が何かと便利だ。

まずメッセージアプリを開き、不倫相手の名を探す。


「あった……これだ」


登録名はひらがなフルネームの“いわせ かりん”

こちらに向けて笑うアイコンの写真は、あの日和真が彼女と紹介した顔と同じだった。


『今日のデートも楽しかった♡

でも、急に生理がきちゃってごめんね💦

次は絶対えっちしようね……💕︎』


『俺も楽しかったよ! 急なことだし仕方ない!

でも正直ムラムラがやばい(笑)

もう股間もパンパンだよ(笑)』


『だからって、奥さんとシたりしたらだめだからね🥺』


『するわけないって!

あんな女捨ててるようなヤツ、その気にもなれないから(笑)』


『それもそっか(笑)

じゃあ花梨が奥さんの代わりに、かずくんの好きなことたくさんしてあげるね😘💋』


あからさまなやり取りに、不快感で顔が歪む。


傍らには、いびきをかいて呑気に眠りこける和真。

……この人、パスワードさえかけておけば、私にスマホを見られるなんて思ってもないんだろうな。


そのおかげで順調に証拠集めができる訳だけど。

私は自分のスマホを使って、証拠となる不倫メッセージを写真に収めていく。


何かにつけて「母親失格」


義母と一緒になって私にそう言ってきたくせに、自分は若い女との不倫に夢中なんて―――それこそ「父親失格」だ。


大丈夫。

そんなあなたを、絶対地獄に落としてみせるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る