第6話 伝説のおっさん、面談する

 今、俺は50階の社長室で楓と向き合っていた。

 もちろんふたりきりで。というか、あのふたりを連れて来れる雰囲気でもなかったが。あの衝撃発言で完全に空気が終わってたぞ。


「……なんてこと言うんだよ、お前」

「だって本当のことだし」


 何でもないように楓がストローでカフェラテを飲みながら答える。


「付き合ってたのは否定しないけど、それって20年以上前、しかも1か月くらいだろ?」

「正確には26年前。付き合ってたのは33日」

「細けぇよ」

「あなたが大雑把なだけ~」


 しかし楓が言うのなら、26年前なのだろう。こういうところは恐ろしいほど正確で間違えたことがない。26年前というと、16歳のときか……。昔過ぎるな。


 大昔、とある海外の事件で俺と楓は一緒になって魔獣と戦った。そしてその途中に盛り上がって付き合い始めたのだ。しかし事件が終わってみると、熱は冷めてしまった――主に楓のほうの熱が。そういうわけでキスもしないまま、俺たちはさっと別れたわけだ。


 別れた当初は結構がっくりきた記憶もあるが、それも昔のこと。今はこうして向き合ってもなんともない。おっさんは過去を乗り越えた先の生き物なのだ。


「しかしまさか大企業の社長になってるとはな……」

「わたしのほうこそ、あなたが自衛隊を辞めたって聞いてびっくりしてる」

「辞めたのは昨日だが、なんで知ってるんだ?」

「防衛大臣とお友達だから」

「はぁー……完璧な答えだな」


 それなら知っていておかしくない。自衛隊の統括は防衛大臣だからな。

 いや、防衛大臣とお友達っていうのも凄い話だが。


「にしても、本当になんで自衛隊辞めたの?」

「……出番がなかったからだよ。ダンジョンにも潜れなかったし。理由は本当にそれだけだ。広く言えば、待遇面での不満ってことだな」

「ふーん……」


 ずぞぞぞぞ……。楓がカフェラテを飲んでいる。本当に懐かしい。楓は暇さえあればいつもカフェラテやカフェオレを飲んでいた。今もそれは変わっていない。


「で、40歳を過ぎて――後進に何かできないかと思ってな。技術でも何でも、伝えたいって。でも自衛隊ではそういう機会もなさそうだった」

「それでレイナの先生になったんだ」

「あれは向こうが結構強引に……まぁ、でもそういうことだ」

「変わったね~」


 楓が天井を見つめる。しかし俺には分かった。楓はずっと昔のことを見つめている。


「わたしの知る達也は最強を目指し、自己鍛錬と力の探求にしか興味がない奴だったのに」

「いやいや、そんなわけないだろ」

「あとは魔獣をぶっ殺す以外のことは本当、頭にないって感じだったかな~」

「おいおい……昔の俺ってそんなんだったか?」

「うん。もしかして自覚なかった?」

「全然なかったが……」

「はぁー、昔の達也はかなり怖い人だったよ」

「マジで?」

「わたしが嘘を言ったことある?」

「いや、それはないが」


 信じられない。26年前の俺ってそんな感じだったの?

 昔過ぎて、昔の自分がどうだったかなんて思い出せない。

 確かにひたすら強くなろうとはしたが、そんな風に周囲から思われてたとは……。自分と他人の認識の差って怖いなぁ。


「でも今は落ち着いていい雰囲気だね。大人になった」

「もういいおっさんだよ」

「じゃ、いい年の取り方をしたってことだね~」

「そうかもな。昔にとらわれず、前向きにやりたいことやろうって感じだ」

「それが後進の育成ってことなんだね」


 俺は首肯する。早速、弟子もできた。


「あの子は思い込みが激しくて突っ走るからね。素質もやる気も申し分ないのだけど」


 そこで楓が軽く身を乗り出してきた。


「で、本当にレイナを弟子にするの?」

「ああ――ローゼンメイデンの許可が出れば」

「……うーん」


 そこで楓がひょいとソファーから降りた。楓はそのまま顎に手を当てて考え込む。

 やがて、昔を懐かしむように楓が言葉を紡いだ。


「昔の達也なら、わたしは許可しなかった。達也って自殺志願者みたいな戦い方ばっかりだったし。昔の達也がしてた戦い方をローゼンメイデンの子にはして欲しくない」

「…………」

「でもさっきのカリンとの戦い方を見て、今ちょっと話もして……達也も変わったんだと思った。なんというか穏やかになったね」

「40歳を越えたからな」


 昔の俺は勝てばどれだけ傷を負ってもいいと考えていた。最終的に勝てば、自分がどうなっても気にしなかった。自殺志願者みたいな戦い方、というのは合っている。  

 俺のスタイルはカウンターだ。当然、周囲からそう見えても不思議じゃない。


「今のあの子たちのためになるような戦い方を教えてくれるなら、わたしのほうからお願いしたいわ」

「約束するよ。若い子のためになるような教えをするって」

「じゃあ、決まり。あっと、色々と書類が必要だから。ちょっと待ってね~」

「あれ? これでいいのか……?」


 なんか話し合いは終わりみたいな感じだが。楓がデスクにどんと座る。


「……達也は約束を破ったことないでしょ」


 楓はそういうと、デスクのパソコンをぐりぐりと操作し始めた。

 全く、やりづらいとはこのことだ。でも嫌な感じでは決してなかった。



 それから色々な書類が出力されるのを待ち、確認してサインしていく。さっきレイナを助けたのにも報酬が出るらしい。断ったが企業的にはそのほうが面倒になるというので、受け取らざるを得なかった。


「どうあれ特別扱いは駄目なんだよ~」は楓の言葉。

 大企業社長としての判断に一般市民の俺は従うしかない。


「で、俺の立場はどうなるんだ?」

「ローゼンメイデン所属の覚醒者は女性だけって決めてるから、外部アドバイザーって感じかな。そのほうが達也も動きやすいと思うし~」

「俺はもうその辺は関係ない人間ではあるんだが……」


 と、楓がずずいっと顔を近寄らせる。真顔だ。しかも近い。


「達也を独占すると政府に睨まれそうだから、やだ」

「はぁ……?」

「つまり色々な力学が働きかねないってコト」

「わかったような、わからないような」

「ま、わたしの杞憂かもだし。それに他にも弟子が増えたときのため、ローゼンメイデン所属じゃないほうがいいでしょ?」

「そんな弟子を増やす予定もないんだが……」


 しかしレイナは1日目で弟子になった。絶対にないとも言い切れない。

 どの程度の弟子を抱えるかは考えてもなかったし、そう考えると外部アドバイザーくらいが無難か。


「あ、そうだ。楓に言っておくべきことがある。このビルのVIPエリアに住まないかとレイナに言われたんだが」

「駄目に決まってるよね」

「だよな」


 よかった。女性だらけのローゼンメイデンVIPエリアになんかとても住めない。

 社長はまともだ。


「……というか、家がないの?」

「自衛隊を辞めたから、基地内の家は出ていかなくちゃなんだ。それでちょっと引っ越しをミスって……割りとピンチではある」

「なるほど~。じゃあ、ウチの提携してる不動産で物件紹介してあげる」

「助かる、ありがとう」

「いいって。元カノのよしみってやつだよ」

「マジやめろってそれ」


 さっき空気が凍ったんだぞ?

 楓は特化能力の超再生で成長が止まっていて、外見は中学生だ。今の俺だと娘に見られてもおかしくない。そんな女の子が元カノとか犯罪だ。場所が場所なら通報ですよ。


「ま、冗談は置いておいて……当面は向かいの通りのホテルに泊まっていきなよ。訪問客用に借り上げてあるから」

「そんなのがあるのか」

「国内外の商談相手用にね。長期滞在も可能だよ~」

「じゃあ、お世話になります」


 物件紹介の間までだと思えば、そこまで気は重くない。とりあえずビジネスパートナーになったのは本当だしな。



 それから書類へのサインが終わった後のこと。

 楓が俺にいつになく優しい声で言った。


「これはわたしの予想なんだけど」

「うん?」

「自衛隊や尾形大将は、もう達也に戦って欲しくなかったんじゃない? だから、あえて達也をダンジョンから遠ざけた」

「……どうかな」

「達也はもう十分過ぎるほど戦って貢献した。民間のダンジョン攻略企業も育ってきてる。なら、達也にのんびり平和を享受してもらいたいってのが人情じゃない?」


 それは考えたこともなかった。一言もそんな話はなかったと思うが。

 しかし仮にそう言われていたら、どうしたか。


 多分、俺は感謝して――やはり自衛隊を辞めていただろう。


 俺はダンジョン攻略と魔獣討伐だけで生きてきた。結局、そうしたものの全くない生活は嫌なのだ。後進の育成でも俺はダンジョンへ一緒に行き、魔獣と戦い、模擬戦をする。恐らく死ぬまで。俺はそういう人間だ。


「俺には向かないなぁ」

「そうみたいだね。でも、彼らがそう思ってたかもってこと……忘れないでね」


【人物プロフィール】

ローゼンメイデン社長 四条楓 

年齢:41歳 身長:151センチ 体重:42キロ

ローゼンメイデン創業者、凄腕の覚醒者だが現役からは引退済み

特化能力:超再生

覚醒者ライセンス:S

所属:ローゼンメイデン

チャンネル登録者数:0人(個人チャンネルなし)

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