第24話 伝説のおっさん、スパーリングする

 楓が一歩一歩、俺に近付いてくる。闘志をみなぎらせ、マナを腕に集中させながら。本人は苦手と言っていたがとんでもない。少なくとも俺が知っている頃よりも遥かに洗練されている。


 一歩、さらにまた一歩。

 じりじりと距離が狭まる。


 背筋には楓のマナがひりつくほど刺さっていた。


 お互いの距離が近付いていく。しかし、俺からは近寄らない。

 楓が構えながら――もうすでに間合いに入っている。


「……行くよ」

「おう」


 楓が短く言葉を発し、神速の突きを放つ。楓の持つ特化能力『超再生』により、人体の強度を超えた一撃は目に見えない速度だ。


 明鏡止水――。


 見ようとしてはいけない。

 ただ感覚に任せて防げ。


 経験と本能で右腕を下す。鈍い衝撃が右腕に伝わってきた。

 先日のカリンよりも重い一発だ。


 そこで楓が俺を向いたまま、レイナに問う。


「見えた?」

「……見えませんでした」


 レイナが率直に答える。まぁ、そうだろうな。背の低い楓のコンパクトな一撃だ。なんとなく軌道は読めても、目視は相当厳しい。

 フィードのような特化能力があればちゃんと目でも追えるが、そうでなければ見えない。


「達也は? 見えてた?」

「見えてないよ」

「えっ……? では、どうやって完全に防いだのですか……?」

「マナの探知と反応で防いだだけだ。あとは経験でな」

「うぅ、それだけでも高度な……」

「でも出来るようにならないと、次のレベルには行けない」


 楓がすぱっと言い切った。

 俺はそこまでは言わないが……この攻防自体、とんでもなく高度だ。俺と楓は世界にダンジョンが現れてから30年――研鑽を積んできた。


 現役を離れたとか楓は言っていたが、ひとりでもできるマナの集中訓練は全く怠っていないのだろう。すぐにでも現役に戻れるような鍛え方をしている。


「今日はちょうどいい機会だから……マナの探知をしながら、どう動いてるか体感してみて」


 楓がローキックを繰り出す。俺はそれを半歩下がり、膝で受け止める。

 動きが止まった瞬間、俺は軽い左ジャブを繰り出した。楓はそれを両腕で受け止める。


「くっ、重っ……」


 楓が言って、半歩下がる。楓の『超再生』は自分にしか作用しない。その代わり、肉体的なダメージを瞬時に回復させる。


 そこからの攻防は俺がここ数年、味わったことのないほどのものだった。


 楓は大技を仕掛けてこない。ジャブ、ストレート、ローキック……。

 いわゆる牽制や削りの技だけだ。


 しかしそのどれもが、それゆえに高速だ。

 見てからの反応ではとても防げない。


「さすが達也……っ! 全部、防げるなんてね!」


 それを俺は防ぎ、同じような小技で返す。

 楓ももちろん俺の小技を防いでくる。


 楓は俺の動きを知っている。俺も楓の癖を知っている。

 これは殺し合いには程遠い――スパーリングだ。


 本気なら楓は自分への反撃を顧みず、大技を仕掛けてくる。だけどこの戦いはマナの集中を活かし、立ち技主体の攻防を見せることにある。


 だからひたすらに、削り合う。

 技を応酬し、瞬時に攻防を切り替えていく


 こうして濃密な時間はあっという間に過ぎていった。


「はぁ、はぁ…………もう……」


 音を上げたのは楓のほうだった。楓が息を荒げ、後ろに下がる。俺も少し構えを緩める。そのまま楓が大の字になって武道場に寝転んだ。


「……疲れたよー」

「ずいぶん長い間、やったような気がしたな……」


 俺も手のひらと額にじんわりと汗を感じる。楓が首を動かし、武道場の時計を確認した。


「時間的には……5分くらいだねー」

「意外とそんなもんか」

「でもS級の一騎打ちでこんなに戦うことはないからね」


 それもそうだ。基本的にクリーンヒット一発で大ダメージになるのがS級同士の戦いだ。これはS級魔獣でも変わらないが。5分の攻防は十分、長い。


「お疲れ様です、社長……!」


 レイナが武道場備え付けの飲料水サーバーから、コップを持ってきて楓に手渡す。それをんぐんぐと飲み干す楓。一息ついた楓がぷはーっと息を吐いた。


「ありがとー、落ち着いた」

「いえいえ……でも本当に凄かったです。先生と手合わせをしたのは何回かありますが……あれはかなり手加減されてたんですね」

「手加減というか、能力の特性上な……。楓は近接戦特化だし」


 楓の『超再生』の真価は本当のところ、肉を切らせて骨を断つ戦法にある。さすがにここではやらなかったが。


 だが、必然的に肉体的なダメージを楓は無視できる。手足が千切れても、ほんの数秒で元に戻ってしまうのだ。対魔獣戦なら攻撃の引きつけ役として楓は超優秀だった。


 なので多少のダメージはアリとして、この攻防をレイナに見せたわけだ。もしレイナ相手にこれをやったら、とんでもないことになる。


「でもなんとなく……最初のうちは早過ぎて見えなかった先生と社長の攻防も、ぼんやりとですがわかりました。身体が反応する、というのでしょうか」

「そうそう、マナの探知をもっと近距離の攻防に活かすんだよ。言うほど簡単じゃないし、難しいけど……」


 レイナがそこで首を振る。それは確かに何かを掴んだ顔だった。


「いえ……社長のおかげで、わかりました。もし自分で戦っていたらそれだけに集中してしまって、マナの探知どころではないと思います。あえて一歩、下がった位置から見ることで感覚が――違うと認識できましたっ」

「うーん、完璧な答えだ……」

「当然でしょ。ウチのエースなんだからさー」


 えへんと楓が胸を張る。この点については、マジで楓は素晴らしい。昔の楓とはせいぜいチームで組んで戦うくらいしかなかったので、こういう観点から見る楓は驚かされることばかりだ。


「ま、でもマナの集中自体は達也のほうが上手いから、そっちから習ってね」

「うーん、楓もちゃんと出来てたと思うけどな」

「自分は出来ても、他人のマナをよく探知できるかは別よー。わたしの場合、戦ってスイッチが入っている状態ならある程度見えるんだけどね」


 そこで楓がよっこいしょっと立ち上がる。


「それに私は超再生との兼ね合いで変な癖がついちゃってるから、レイナには学んでほしくないかな」

「そこまで考えていたんですね……」

「そうそう、これでも色々と考えてるんだからー。というわけで、後はちゃんとした教師に任せよっかな」

「おう、お疲れさん」

「ん、じゃねー」


 楓はそう言って武道場を出ていく。


「はぁ……なるほど、なるほど……」


 レイナが真剣な顔をして腕をすすっと動かしていた。イメージトレーニングをしているんだろうな。マナの訓練では大事なことだ。


「為になったか?」

「ええっ、もちろんです! 色々とやってみたくて……先生、ぜひお付き合いください!」

「もちろんだ。一緒に頑張ろう」


 どうやら楓とのスパーリングはレイナにいい気付きを与えたみたいだな。こうした育成法も悪くない……。今度はカリンのいるところでも楓に協力してもらうか。

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