第23話 伝説のおっさん、挑まれる(2回目)
ぴよぴよなパンケーキを目の当たりにしたレイナと楓は大盛り上がりだ。
「ここに来たらやはりパンケーキですよね!」
「ははっ、糖分は欠かせないからねー!」
「このひよこちゃんはあのコラボの……うーん、食べちゃうのがもったいないくらいです!」
「でも結局食べちゃうんだからー!」
「それはもちろんですー!」
俺は……まさか昼にパンケーキを食べることになるとは思っていなかった。甘そうなメープルシロップに、ふわふわ感満載の生地。そしてこの前のバトロワでも見た、つぶらな瞳のひよこ……お前、もしかして人気キャラなのか?
『ぴよっぴ!』
「先生、SNSにアップしましょうよ!」
「そうだよー。日々の発信も大事なんだから」
「お、おう……」
俺は言われるがまま、パンケーキの写真にコメントを添えてアップする。
伝説のおっさん:
とても美味しそう……! ひよこも可愛い!
…………。
おっさんのSNSか、コレ?
疑問に思わなくもないが、せっかく人に選んでもらったのだ。きちんと食べよう。
もちろん俺だって甘いものが嫌いなわけではない。甘すぎるのはちょっと胃もたれするけど……おっさんだから。
さくっとナイフとフォークを使い、パンケーキを口に放り込む。
もぐもぐ……。
少し味わい――俺はかっと目を見開いた。
「う、うまい……っ!!」
それまでに食べたどんなパンケーキよりも柔らかい。噛むことを意識しなくても、味が感じられる。そして決してくどくない。絶妙だ。
「こんなパンケーキが…………?」
「達也も満足してるみたいね」
「ここのパンケーキはガチのガチ、ですからねっ!」
うーむ、まさかこんなにレベルが高いとは思わなかった。これほどの味なら、俺がどうこう言うのさえおこがましい。ただ、静かに味わおう……。
ひよこの形をしたチョコもいいアクセントだ……。さよなら、ひよこ……。
”Dダイアリーの更新、見た?”
”伝説のおっさんはやはりアイドルだったか”
”体重非公開からのパンケーキ笑える”
”昨日の配信との温度差で風邪引くわ”
”おっさんが楽しそうで何よりです”
パンケーキとコーヒーを堪能し、素晴らしい昼食が終わった。
「ふぅ……食べた食べたー」
「はぁ、今日もここのランチは最高でした」
「本当に美味しかったよ」
のんびりとしていると、なぜか楓が首を鳴らす。
「はー……ねぇ、達也って今日の午後、暇?」
「暇だが……」
レイナがはっとしたような顔で俺と楓を見る。明らかに何かを誤解している顔だった。
「やめてくれ、レイナ。何かを察しなくていい」
「私は何も察していません」
「そういう気遣いが一番気まずい……」
楓はしかし何も感じていない、いつも通りのクールな顔だった。それもそれで微妙なんだが……俺だけが意識してるみたいじゃん……。
「で、何か用があるのか?」
「んー、そうねー……ちょっと久し振りに身体を動かそうと思って。達也を借りていってもいい?」
しっとりとした声音で言う楓。楓よ……なんか、もっと直接的に言えないのか?
あえて誤解させようとしてるだろ。
レイナの顔色がいよいよ変わる。私は聞いてはいけないことを聞いちゃいました――みたいな顔だ。いや、別に何も深い意味はないから。レイナの反応のせいで、楓が面白くしているだけだから。
「……模擬戦に付き合えっていうなら、いくらでも付き合うけど」
「おー、ちゃんとわかってるじゃんー」
「やっぱりそういう意味だったか……」
レイナがほっとした顔になる。本当に何かを誤解していたようだ。
その辺りの感性が俺にはわからない……俺と楓はほとんど年齢が同じだ。なので雰囲気で考えていることがわかる。俺をからかっているのもわかる。
しかしレイナのように20歳も離れていると、微妙な食い違いが発生している……気がしてならない。都度、指摘するしかないが……。
「まぁ、腹ごなしにはちょうどいいな」
そういうわけで俺たちは武道場に移動した。楓が軽く準備体操をする。
レイナも今日は夕方までスケジュールが空いているそうなので、見学として来ていた。
「社長が戦われるのを見るのは、久し振りですね」
「そうだねー……もうすっかり前線からは離れたしー」
「でもこんなに大きな会社の社長をやっているんだから。立派だぜ。そっちのほうが大事さ」
「ふふっ、ありがとー」
楓がはにかむ。こうして見ると本当に天使のような中学生だ。中身は昔から変わっていない……俺はおっさんになってしまったが。
「にしても、なんで俺と戦いたいと思った?」
「んー……確かに前線からは離れたけどさ」
そこで楓は準備体操を止める。
静かに楓が深呼吸をして――全身のマナを解き放った。そのマナの量と鋭さは大気を震わせ、ビリビリとこちらに伝わってくる。
――強い。
カリンやレイナよりも、遥かに格上。
一瞬でそう理解できるほどの圧力だった。
「鍛錬は欠かしていないんだよね」
レイナもここまでとは思っていなかったようで、驚きの声を上げる。
「社長……?」
「ローゼンメイデンの社長として、レイナたちには軽いレクチャーしかしてなかったからね。あなたたちって、本当に手がかからなかったしー」
楓が構える。昔と同じだ。低めに、鋭く……それが楓の構え方だった。そしてその瞳には決意を秘めた闘志がある。
「だから本当に高レベルな覚醒者同士の戦いがどういうものか、見せてあげられなかったと思うんだよねー……」
「それを今、ここでやるってわけか」
S級同士がバトルイベントで戦うこと自体、最近では少ないという。
まず同じ事務所同士は同じチームが基本。外のイベントでレイナとカリンが戦うことがまずない……らしい。
そしてそもそもS級も多くない。積極的に今もバトルイベントに出ているレイナやカリンは少数派なんだとか。
「でも今度のバトルイベントには、本当に高レベルな連中が来るかもだし。例えば『ダンジョンダイバー』の荒川、『ガーディアンズ』の鎧塚とか……」
「どちらも半年以上、表舞台には出てきてない方ですね……」
そこで楓がレイナを見据えた。あまり普段と変わらないようでいて、そこには親心がしっかりと感じられる。同じところもあれば、変わったところもある……か。
「達也はまぁ、なんとかなると思うけど……レイナはよく見ておいてね」
レイナも楓の意図を汲み取ったのだろう。力強く頷いた。
「はいっ……!!」
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