第22話 伝説のおっさん、案内される

 レイナとの鍛錬が一段落すると、ちょうど昼になった。お腹が空いてきたな。

 俺は大したことをしていないのだが、やはり昼は食べたい。


 なので、俺はレイナに聞くことにした。彼女はこのビルに住んでいるんだし、当然美味しいレストランとか知っているだろう。コーヒーがあればなお良しだが。


「……そういえば聞きたかったんだが、この辺りで美味しいランチを食べられるところはないか?」

「ありますよっ!」


 ぴょんとレイナが飛んで近付いてくる。彼女の小動物的なところは可愛いと思う反面、おっさんには予測不可能だ。たまにビクッとしてしまう。


 可愛い女の子に対して、距離が近過ぎないかな?――と警戒してしまう悲しい生き物がおっさんなのである。


「えーと……どの辺りだ?」

「このビルの上です」


 すすっとレイナが上を指差す。

 この馬鹿でかいビルにレストランが……考えてみれば、あるよな。来客も含めれば、このビルに1日数千人が訪れていてもおかしくない。そりゃ、何か食べるところが必要だ。


「下にもありますが、ゲストも来るのでちょっと静かには難しいかと」

「なるほどな……。ええと、その『上』は俺が行っても大丈夫なのか?」

「もちろんです! 社長にも機会があったら案内してと言われてましたので」

「そ、そうか……」


 手回しが良いのか、何なのか……。楓は昔から、俺をからかうことを楽しんでいる雰囲気があるからな。別に嫌というわけではないが、ちょっと警戒は必要だった。


 というわけで武道場を出て、42階にあるというレストランへ行く。


「そこは何がメインなんだ?」

「ええと、すぐ色々と変わりますね……。でも和洋中なんでも一品はありますよ。先生は何が好きなんでしょうか?」

「ううむ……昼にはそこまでこだわりがないんだが」


 正直、安くてそこそこ量があればそれでいい。でもその条件を満たすとなると、意外と限られるのかもしれない。


「丼か麺類だと嬉しいかな……」

「それならちょうど期間限定メニューもあったと思います」

「なら期待できるな」


 42階に到着する。

 俺は若干、レストランを見て後悔した。


 そこにあったのはガラス張りで非常に見晴らしが良い展望レストランだ。テーブルには白のテーブルクロスが敷かれ、高そうな燭台が置かれている。天井にあるのはシャンデリアだった。


 ぴしっとしたウェイターは直立不動で、全く隙が無い。そして何より、レストランにはほとんど人がいなかった。ウェイターが音もなく俺たちに近寄る。


「レイナ様、神谷様……本日はお越しくださり、ありがとうございます。どうぞ、こちらへ」

「ありがとう、お邪魔しますわ」

「……お世話になります」


 ウェイターは俺の名前もきっちり把握していた。相当な完璧主義だな。


 席につくと、これまた分厚いメニュー表を渡される。そこには『地中海産オリーブのなんちゃらかんちゃら』『中南米のなんちゃらをふんだんに使ったなんちゃら』みたいなメニューが大量に並んでいた。


 見慣れない単語の連続に、目が痛くなってくる。

 そして俺はやっと丼メニューを発見した。


『黒毛和牛とイベリコ豚の合わせステーキ丼~春野菜の漬物を添えて~』


 うーん……違うんだよなぁ…………。

 そうじゃないんだ。俺の食べたいものは……。


 もっと、こう……胃もたれ上等みたいな丼を食べたいのであってさ……。

 こんな丼を食べたら、俺の胃がびっくりしちゃうよぉ……。


 果たしてこれを頼んでいいのかどうか迷っていると、レイナがおずおずと声をかけてくれる。この辺りの気遣いは本当にありがたい。


「先生、もしかして迷っておられますか?」

「ん、ああ……そうだな、やっぱり初めて来たところだから」

「なら、お勧めのメニューがあるのですが、一緒にどうでしょうか?」


 レイナの目がきらきらしている。これは……自分の好きなモノを評価してほしいという眼差しだ。人生経験の長いおっさんにはわかる。


 丼と麺類は俺の儚い希望であって、この展望レストランには不向きだ。この白いテーブルクロスに汁が飛んだらと思うとぞっとする。


 なので、素直にレイナに乗っておこう。


「じゃあ、頼む」

「ふふふっ、お揃いですね!」


 レイナが微笑み、ウェイターのほうをわずかに向く。それだけでウェイターはきちんと俺たちのテーブルに寄ってくれる。


 レイナはメニュー表を指差して「これをふたつ、お願いします」とだけ伝える。ウェイターも「かしこまりました、少々お待ちください」とだけ答え、去っていく。正直、何を頼んだかはわからなかったが……。


 メニュー表をウェイターに手渡した俺は、レイナに気になっていたことを聞いた。


「そういえばメニューに金額が書いてなかった気がするんだが……」

「ここの飲食は全部タダですよ」

「は……? えっ?」

「ローゼンメイデンの社食なので。正確にはちょっと違いますが……」


 なんということだ。あの数十個の高そうなメニューが全部タダだと……!?

 ローゼンメイデン恐るべし。


 俺が戦慄していると、展望レストランに新しい客が入ってきたようだった。ぽにぽにと歩いてきたのは――楓だった。


 楓は俺たちのテーブルに近付くなり、ちょんちょんとテーブルを指差す。


「よっすー。ここ、いい?」

「もちろんです、社長!」

「あ、ああ……どうぞどうぞ」


 ここはローゼンメイデンの中なので、俺に断る権利はない。空いていた席に楓が座る。楓は俺を見据えると、にやりと微笑んだ。


「どう? このレストランは?」

「……驚いたよ。俺の普段食べているところとは大違いだな」

「それほど違いはないと思いますが……ここの食材は近隣の食品会社の余った食材を使っているのですし」

「ん? そうなのか……?」


 ハイパーな食材を使っていると思ったが、違うようだ。


「そうそう。基本的に、このレストランは下の階のレストランや近隣の余り物しか使ってないの。ウェイターやシェフは一流の人を雇っているけどね」

「あとはコラボ商品とかサンプルとか。経済的です」

「ここは使う人が多くないからね。無駄はしたくないのよー」


 うーむ……。じゃあ、あの高級食材っぽいのはうまくやりくりした結果ということか。


「あとは放っておいても、色々と送られてくるし」

「お中元とかでも凄い量ですからね……」


 楓らしいと言えば楓らしいな……。ここはそうした贈り物が転用される場ということか。捨てたりするよりはずっといいな。


 そうした話をしているうちに、ウェイターが料理を持ってきた。3人分あるな。楓の分もあると疑問に思ったが、多分、彼女は入る時に頼んだのだろう。そのぐらいの融通は利かせる場だろうし。


 さて、レイナは何を頼んだのだろうか……。


 期待しながら俺の目の前に出てきたのは――可愛らしいひよこのチョコが乗っているパンケーキだった。

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