第21話 フィードとその師匠

 フィードの所属している国内第2位の覚醒者の事務所――『ダンジョンダイバー』にて。


 ファンがからからと動き、観葉植物が並ぶ室内でフィードは師匠である荒川と向き合っていた。


「……で、招待は受けてくれたのか」

「さっき連絡がありましてね、レイナさんと一緒に出るそうですよ」

「それは何より」


 荒川は背の低い男性だった。身長165センチ、片眼鏡――コートを愛用して、街ですれ違うだけでは彼が『強い』などと誰も思わないだろう。


 だが、荒川は国内2位の覚醒者事務所『ダンジョンダイバー』の抱えるS級覚醒者だった。フィードの師匠でもあり、国内では知らぬ者がいないほどの有名人である。


「荒川さんが表舞台に立つのって、何か月振りですかね?」

「ああいうバトルイベントに出るのは8か月振り……くらいか。最近は色々と忙しくてな」


 荒川が渋めのインスタントコーヒーを飲む。荒川は39歳、今もダンジョンに潜ってはいるが配信は積極的ではない。それよりも後進の育成、コラボ企画の顔役としての仕事のほうがずっと多かった。


「でも驚きですよ。荒川さんが――伝説のおっさんに挑みたい、だなんて。そういう闘争心はもうないと思ってました」

「勘違いするな、フィード」


 荒川が至極当然であるかのように言う。


「彼に挑んで勝てると思うなら、それはとんでもない大馬鹿だ。俺はそこまでボケてない」

「はは……。やはり荒川さんから見てもそうですか?」

「俺はお前より強いから、30秒は持つだろう」

「……そんなに持ちます?」


 フィードはまじまじと荒川を見た。伝説のおっさんの力はこれでもよく理解しているつもりだ。カリンやレイナといったローゼンメイデンのメンバーを除いて、伝説のおっさんとあれほど戦ったのだから。


「致死力の高い技は使用厳禁だからな。俺が思い切りやっても、彼に大したダメージは入らんだろう。だが向こうはかなり手加減しないと俺を殺してしまう。その差を活用すれば、30秒は問題ない」

「ははぁ……それでその隙に勝ちを拾うと」

「そのつもりだ」


 荒川がコーヒーカップを持っていない左腕を上げて、マナを集中させる。その凝縮度合いにフィードは息を吞んだ。今ならわかる。伝説のおっさんほどではないにしろ、荒川の練度も相当なものだということが。


「それ、伝説のおっさんもやってましたけれど……どういう理屈なんですか?」

「マナを集中させる――穏やかな心、冷静沈着な精神で。覚醒者の奥義といったところかな」

「意識的に……。とんでもなく難しいですよね」

「基本的に、覚醒者になってから15年経たないと覚える意味がない」

「じゃあ、俺はまだまだですね……」


 フィードが覚醒者になってからまだ8年。それでA級なのは異例の昇格スピードではあったが、15年はあまりに遠い。荒川が天井を見ながら、呟いた。


「……これは昔の話だが」

「なんです?」

「俺の師匠は、特異個体と戦って死んだ。俺はその師匠からこのマナの技術を教えてもらった――基礎だけだったがな。その師匠は……別の人間から教えてもらったと言っていた」

「へぇ……では、伝承の流れがあるんですね」

「俺は師匠に、その教えた人間のことを知りたいと言った。技の大元はどこから来たのだろうかと。しかし断られた。その人は歴史の裏、世界の知られざるところでしか戦わないから……と」

「…………」


 フィードはその話を聞き、顎に手を当てて考えた。荒川の師匠の師匠が伝説のおっさんだということだろうか? 可能性はあるように思えた。あれほどの力を持ちながら、表舞台にこれまで出てこなかったのだから。

 荒川が昔を懐かしむように言葉を続ける。


「俺も覚醒者になって20年以上経つ。しかしマナの技術は学ぶのも難しく、実践している人間はさらに少ない。俺の知る限り、日本人であのレベルは彼だけだ」


 そこで荒川は席を立った。喋り過ぎた、とでも言うように。


「だから試してみたい。勝とうとはさらさら思っていない。俺の師匠の技、その流れを――ただ、見て欲しいというだけだ」

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