第32話 伝説のおっさん、見定める

 俺はチームの奥深くでじっとしていた。探知に全力を費やし、指揮に集中する。

 珍しく自分から前線に出ることはしない。いわゆる人任せの状態だ。久し振りの感覚だが、悪くはなかった。


 斥力で空を偵察していたレイナがふわりと俺のそばに戻ってくる。


「先生、敵の右は後退して守りを固めるそうです」

「わかった……。それは誘いだから、乗らなくていい」


 俺の目の前には即席の戦況盤があった。

 まぁ、地面に線を引いて石を置いて動かしているだけだが。この石が覚醒者代わりだ。俺は相手の石を奥に下げる。


「荒川さんが寄ってきてるからな」


 相手中央の石を右に寄せる。これが荒川さんを示す位置だ。


”精度がすげぇよ……”

”主催側の神視点とマジで一致してるのが凄い”

”相手チームの動きが丸わかりだもんな”

”荒川チームもまさか、こんなふうになってると思ってない”


「わかりました、ではそのように……!」


 レイナの小隊の中には、超音波の特化能力者がいる。真面目な大学生といった覚醒者だ。彼が特定の波長を自分チームに向けることで、こちらは指令を伝達している。彼が手の先から数回、超音波を発する。これで良し。


 しかし俺が指摘するまで、当人もこうした使い方をこれまでしてこなかったそうだ。ま、ダンジョン内ならドローンや携帯で意思疎通すればいいからな。


 だが、このバトルイベントでは当然ドローンから情報を得たり、電子機器で意思疎通をするのは反則である。偵察の意味がなくなる。


「超音波の特化能力をこのように使うとは……」

「モールス信号のように複雑なのは無理だが、進め・待て・下がれくらいは十分伝わるからな」


 覚醒者は身体能力だけでなく、五感が鋭敏な人間も多い。一般人の軍隊ではとても伝達できない方法でも、覚醒者なら伝わる。もちろん感覚が鋭敏な人間を小隊に置かないと無理だが。


 しかしそれもチーム分けを俺に任せてくれたおかげで、なんとか間に合った。これも自衛隊時代からのコツコツとした積み上げだ。


「しかも彼の場合、能力の精度が高い。しっかり間違わずに送ってくれる」

「……当人も驚いているようですね」


 超音波使いである彼のランクはC級。このバトルイベントでは下のほうだ。だが、集団戦では能力こそ使いようだ。


 自動車、狼煙、伝書鳩……こうした情報伝達の代りになる能力なら、破壊力や派手さはいらない。むしろきちんと情報を送れるか、その精度が問題になる。

 その点、彼の超音波はぴったりだった。


「にしても、先生は本当にここにいながら戦場全体を把握できるのですね」

「まぁ、この規模ならな」


 俺の探知能力をフルに使えば、この戦場全体をカバーできる。もっとも、弱点もはっきりしてる。ひとつは乱戦時には精度が下がることだ。


 俺が探っているのは、あくまでマナだ。なので、派手にマナが使われている地点ほど、状況がわからなくなってしまう。


 あっちこっちでドンパチが始まると、あまり役に立たない。これまでの経験上、戦場に50人以上いると厳しい。読み間違えが出てくる。


 あとはさすがに探知に集中しないと指揮は出来ない。戦っているとやはり、そこだけに集中するしかないからな。今回の荒川さんは慎重な指揮なので、うまく削り合いに持ち込めている。


「正直、信じられません……。私にはさっぱりわからないです」

「一番最初にレイナと会った時だって、こうして探知して向かったんだが……」

「それはそうですが……。あの時とは数が違います。ごちゃごちゃしてて、敵味方の判別も……。先生は偵察用の能力は持ってないんですよね?」

「持ってないな」


”だから偵察用能力者って高評価だよな”

”普通、そうだよな。もっとバチバチにニアミスでバトルが始まってる”

”覚醒者ですけど同意見”

”荒川も相手が悪いわ、これ……”


「マナの集中を鍛錬していけば、これも出来るようになっていくさ」

「はぁ……こうした指揮も、ですか」

「経験を積んでいけばね」


 国連時代には、大規模な魔獣討伐で100人規模の覚醒者がチームを組むことさえあった。その時の経験――役割分担と最低限の意思疎通方法は学んできたつもりだ。


 どうやらここでもまだ役には立つようだな。

 ま、せっかくにリーダーに推薦されたのもある。あまり無様に負けるわけにもいかない。


「さて、そろそろ……荒川さんが突撃してくる頃かな」

「……なぜそう思うのですか?」

「あの人の戦歴を見ると、優位な時には慎重さを崩さない。でも不利な時は思い切って先陣を切るんだ。S級、事務所を背負っているという責任感からかな」


 もっともわかったからと言って、相手の攻撃を止められるわけではないが。単に戦いの癖に応じて、作戦を用意できるだけだ。


「司令塔が突撃すると命令はできなくなる。多分、他の小隊も攻撃態勢に移すだろう。全面攻勢だ」


 しかしそうした場合の対策もすでに伝授している。俺は目を閉じて、より深くマナの動きを探る――荒川さんの小隊が前進し始めた。


 陽動かもしれないが、それはすぐにわかる。向こうもこちらも経験豊富だ。あるを超えるかどうかで、本気度が分かる。そのラインを超えたら、捨て身の攻撃ということだ。


「……来るぞ」

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