第31話 伝説のおっさん、指揮する
バトルイベント開始から10分。
大きな動きはまだ、双方のチームからはなかった。
それぞれ牽制と動きの確認だけだ。ここから数回のインターバルで一気に戦いは過熱し、クライマックスに向かう。
荒川は一見、冷静にチームを指揮していた。
「右、少し下がるように。牽制に見せかけて、押し込むつもりだ」
だが内心では驚嘆していた。達也の指揮は、自分に勝るとも劣らないモノだからだ。
(今回のチームメンバー、戦力では互角……だが、関係性の深さと能力の熟知では俺のほうが上のはず)
今日のチームメンバーも、他のバトルイベントで顔を合わせたことのある人間しかいない。それは当然だ。中堅以上の事務所から招待しているのだから。配信歴10年の荒川が絡んだことのない人間のほうが珍しい。
1回も敵味方として相対したことがないのは、達也くらいだ。
それゆえ荒川は内心、集団戦なら自分のほうが有利だと思っていた。敵味方の覚醒者を知っている分、どうしても差が出るはずだと。特にフィードとのバトロワイベントを見る限りは……そこまで知略に優れているようには見えなかった。
しかし現実は違った。
(……レイナ以外の覚醒者とは、今日が初顔合わせのはず。なのに、どうしてどこまでしっかりと把握して動かせる?)
達也の指揮は、荒川の予想を遥かに上回っていた。達也のチームは慎重だが、動きべき時には的確に踏み込んでくる。
10分経過して、達也チームが失ったのはB級1人。対して、荒川のチームが失ったのはA級1人とC級1人。人数ではまだ14人対18人で有利ではある。だが、損害としては明らかに荒川チームのほうが多い。
荒川はこの不利を認め、思考した。
(なるほど、バトロワイベントの時は……頭を使えない振りをしていたか)
あるいはカリンに考えさせるため、あえて何も言わなかったか。ここまで広い視野を持っている達也が引っ張れば、バトロワでも優勝できただろう。
だが、それゆえに見誤った。
『伝説のおっさんは接近戦だけ。集団戦は未知数』
『フィードの戦略に嵌められ、退場』
これがネット上での評価で、荒川も少なからずそう判断していた。個人での戦闘力と指揮力は全く別の話だ。特にルールでガチガチのこういう戦いならば……。
B級の茶髪青年が荒川に近寄り、声をかける。彼も20代前半だが、素質も能力も恵まれた天才の部類だ。事務所は違うが、今回は荒川の補佐になってもらっていた。その彼の声がわずかに震えている。
「どうしますか、荒川さん」
「……このままだと劣勢なままだ。相手の失策を待つか、一か八かで突撃するか」
「信じられないっすよ。集団戦で俺らが不利になるなんて……」
彼もまた、集団戦なら自分たちが有利になるだろうと判断していた。荒川の名を知らない者はいないし、お互いにある程度能力もわかっている。対して達也は経験も時間も不足していた――はずだった。
「それだけの経験が向こうにはある、ということだろう」
「数十人規模の覚醒者を動かした経験がですか? そんなものまであるなんて……」
青年は信じられないとばかりに首を振る。しかし、それが恐らく事実だ。
達也は集団戦でも豊富な経験を持っている、そう考えるよりない。いつどこで、とは想像もできないが……。
荒川の口角がわずかに上がる。
「全く……こんな怪物がどこにいたのやら。想像以上のことしか起きないな」
「……荒川さん、楽しそうですね?」
「笑うしかないと言ってくれ」
「はは、それは確かに……」
だが、このままでは終われない。荒川の思考が研ぎ澄まされる。
集団戦を続けても劣勢なのは変わらない。可能性があるとすれば、達也の判断ミスだけ。しかしそれは相手の失策待ちという最悪の期待だ。
なら、どうするか。集団の司令塔である達也は前線に姿を見せていない。指揮に集中しているのだろう。そして達也のチーム全体も指揮に従っている。間違いなく、全体の細かなところまで達也が指揮しているはずだった。
そこに狙うべき点がある。
「俺たちに勝てる筋があるとすれば、強襲で伝説のおっさんを狙うことだけか。そうすれば向こうの統制も乱れる――かもしれん」
「あとはサブリーダーの遊撃で、勝ち……ってことですか?」
「そのためにこちらの指揮系統はバラせるよう、ミーティングした。まぁ……想定とは少し違うが」
「では、次のインターバルの後に……?」
あと5分少々でインターバルが来る。そうなると強襲も中断してしまう。
「いや、出来ればすぐにでも。伝説のおっさんのことだ。こちらが博打まがいの手に出るのは予想しているだろう」
「この手自体が博打そのものっすけどね」
「やむなしだ。馬鹿みたいにあがいて、なんとかするしかない」
個人の戦闘力でも指揮でも負けることになるとは。差を見せつけられるとは。言っていて、荒川は愉快な気分になってきた。ここまではっきりした差があると、逆に面白くなってしまう。
しかしまだ戦いは終わってない。青年が拳を突き出す。
「わかりましたよ。乗りましょう――派手に戦ってやりますよ!」
荒川も拳を突き出し、合わせる。
「ああ、最後の賭けに付き合ってもらおうか」
―――
レイナ「数キロ先のマナまでわかっているからこそ、ですね!」
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