第33話 伝説のおっさん、迎撃する

 荒川さんの小隊が前進する。向こうは4人。こちらは俺とレイナだ。しかしレイナはここから離脱させる。荒川さんの小隊と戦うのは俺ひとりだけだ。


「お気を付けて、先生」

「ああ、そっちも気を付けて。多分、向こうは全面攻勢をかけてくる」


 牽制戦の優位はこちらにあった。向こうの突撃は分の悪い賭けに過ぎない。ま、それは荒川さんもわかっているだろうが。ということで荒川さんの小隊を俺が引き受け、レイナがこちらのチームの残りを指揮する。

 現時点をもって、リーダー辞任というわけだな。これが一番、勝率が高いはずだ。


 レイナの小隊が他の小隊に合流するべく俺から離れる。荒川さんはどんどん前進してくる。


 いわゆる撤退不能ラインまでは後少し、もうちょっと……。

 もちろん、ここまでブラフということもある。だが、俺は荒川さんの戦歴を確認している。


 彼には自負と責任感がある。ずるずると負けることはない。負ける時も、出来る限り華々しく――恐らくこっちが彼の本質だろう。目に見える冷静さは、責任感ゆえだ。


 そうでなければ、向こうの事務所もわざわざ俺を招待しない。よくわからない俺という存在と戦うのを求めたのは、向こうなのだ。


 どこかでこうなることを望んでいた。それが荒川さんだ。


 来るか、来ないか。

 荒川さんの小隊が急加速する。何らかの特化能力を使った。


 間違いない。ここに、俺のところに来る。

 戦場全体が動き始めた。俺が戦いに集中すれば、こちらのチームは混乱すると踏んでいるのだろう。その隙を狙った全面攻勢だ。


 息を整える。

 正念場だ。


 勝つ必要はないが、相打ちには持ち込まないとけいない。


 バトロワの時は乱戦で、俺だけに攻撃が集中したわけではなかった。

 あの場にはS級覚醒者の敵もいなかったしな。


 でも今回は違う。


 S級覚醒者との正面対決だ。

 しかも恐らく、レイナやカリンよりも数段上。


 集中――。ただひとりの兵として。

 来たる敵を迎撃する。


 そして、荒川さんたちの姿が見えた。荒川さんの他には3人。ほとんど予想通りのメンバーだ。今回の参加者の顔を全員ちゃんと覚えている。急加速、粘液、強化の能力持ち――そして荒川さん。


 片眼鏡の荒川さんは静かだが、闘志をみなぎらせている。それに気付かないほど、俺は鈍感じゃない。


「どうも、荒川です」

「どうも……伝説のおっさんです」

「あまり意外そうじゃないですね。これも予想内ですか?」

「さぁ、どうでしょう」


 言って、俺は構える。

 荒川さんの小隊のひとりは、肩で息をしている。マナもほとんど残っていない。


 彼の顔はしっかりと確認している。急加速の覚醒者だ。ここまで荒川さんの小隊を運んで、マナを使い果たしたのだろう。急加速でギリギリ運べるのが4人、しかし片道切符……だから温存して、ここで使ってきた。


「ぜぇぜぇ……じゃあ、俺はこれで……」

「ありがとう。あっちで見守っててくれ」


 荒川さんが答えると、彼は光の筋になって会場外へと飛んで行った。自主的にリタイアしたのだ。


「では、戦おうか」

「おう」


 じりじりと荒川さんが距離を詰めてくる。粘液と強化の覚醒者は対して、少し後退した。荒川さんの戦術は簡単だ。


 粘液の特化能力で俺の動きを鈍らせる。もうひとり、強化の特化能力者は他人を強くするほうが得意なタイプだ。もちろん強化対象は荒川さんだ。


 以下、実況と解説。

「さてさて、ついに伝説のおっさん選手と荒川選手の戦いが始まろうとしています! ここから先は見逃し厳禁ですよ! まずは状況確認ですが、荒川選手としてはこれはいささか不本意な流れでしょうか?」

「全体的には伝説のおっさんチームがやや優勢でした。差が広がらないうちに勝負を仕掛けたということでしょう」

「だとしても、博打をするのは、もう少し後ではないかと思いましたが……」

「我々が思っている以上に、不利を感じていたのかもしれませんね。実際、伝説のおっさん選手の指揮能力は……想像以上です。まるで即席の軍隊のように、動かしているのですから。素直に驚嘆します」

「そうですねぇ、かくいう私も……伝説のおっさん選手の指揮能力を甘く見ていました。近接戦に特化した覚醒者は、視野が狭いというか、戦場を広く考えるのが苦手なイメージがあるので」

「その傾向はあるでしょうね。目の前の戦いに集中しなければ、接近戦は戦えません。優れた指揮として有名な覚醒者は、ほぼ遠距離戦特化ですから。『百鬼夜行』の四条、『花吹雪』のエリデーン等々……」

「荒川選手も現在は接近戦が得意ですが、元々は遠近両用な特化能力ですからねぇ」

「そういうことです。伝説のおっさん選手は、恐らくほぼ完全な接近戦特化です。それなのにこれは……ローゼンメイデンの指導に抜擢された理由のひとつが、また明らかになった感じですね」


 荒川さんがやや低めに構える。彼の特化能力、戦歴……どれも俺はネット上で調べて知っている。決して楽な相手ではない。むしろ俺の人生の中でもかなり上位の覚醒者だ。


「……まずは小手調べ」


 荒川さんが鋭くマナを発する。攻撃的なマナを察知し、俺は瞬間的に上半身をそらした。俺の横を荒川さんの見えない『攻撃』が通り抜ける。


 ベキィッ!!


 俺の後方の樹木がひしゃげ、幹が折れた。この一瞬の攻防で、荒川さんの仲間がごくりと息を呑む。


「あれを避けんのか……」

「……やっぱり桁違いだな」


 対して荒川さんはこうなるとわかっていた、という感じだ。

 俺もこれは予想内ではある。しかし、やはりS級覚醒者だけあって羨ましい能力だ。


「やっぱり強いですね、荒川さんの能力――『斥力』は」

「今、苦もなく避けられた気がしたが……」

「偶然かもしれませんよ?」


 荒川さんの特化能力は、斥力。

 操る範疇と破壊力だけで言えば、レイナの重力操作の劣化版だ。

 レイナは斥力も使えるが、荒川さんはブラックホールを使えない。


 だがほとんどのリスナーも同業者も、そうは考えない。

 なぜか? 


 単純だ。斥力について言えば、荒川さんのほうが圧倒的に精度と効率性で上回っている。レイナはここまで斥力を扱えない。彼女の斥力では、せいぜい人を軽く吹っ飛ばす程度。しかも発動も遅い。


 今の不可視の攻撃も、原理は簡単だ。斥力を凝縮して飛ばしただけ。目視した感じでは、マナの消費量もそこそこ重そうだ。なので、連発はないだろう。だが、並みの覚醒者なら一撃で倒してしまえるだけの速度と破壊力がある。


「通じない手を使って、マナを無駄にはしない」


 荒川さんがそう言って、両手にマナの集中させる。大気を通じて、鋭利で重厚なマナが伝わってくる。


 来る。こっからが間違いなく、本番だ。

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