第41話 見る者

 Dウォッチ日本支社、取締役会会議室――。

 そこでは無数の人間が、達也の戦いを見守っていた。


 配信サイトであるDウォッチ上では、達也の戦闘がそのまま配信されていた。もちろん通常あれば、片腕が吹き飛ぶような配信を、Dウォッチは許さない。


 現在でも無謀な人間はいる。

 ドローンの脱出転送機能をオフにして、ダンジョンに挑む輩は後を絶たない。そうした自殺まがいの危険行為について、Dウォッチは一切認めない。


 ひとりの取締役が震えながら、声を発する。


「神谷達也の配信は、そのままでよろしいので?」

「……そのままだ。ルール的には、マズいかもしれんがな」


 しかしDウォッチ上層部は原則を破り、達也の配信をそのままにしていた。

 なぜなら、この戦いが数千、数万の命を左右するからだった。


 達也が敗北すれば、イジャールは外に向かうかもしれない。魔獣が人間を襲うのは、本能だ。イジャールから避難する可能性を上げるため、配信はそのままにしておくのが、ベストであった。


 Dウォッチ日本支社は、達也の戦っているイベント会場の近辺にある。

 ビルの隙間で見えないが、市民の阿鼻叫喚の向こうに達也とイジャールに繋がるダンジョンへのゲートがある。


 もしイジャールが地上に出れば、この日本支社ビルも灰燼に帰すかもしれない。会社として避難命令は出したものの、残る人間もいた。


「君たちは、逃げなくていいのかね」

「……間に合いませんよ、あれがイジャールならね」


 会議室に集まった人間は知っている。

 凄惨にして残虐なるイジャールを。


 イジャールはその火炎によって、九州で20万人を殺したとされる。

 日本に現れた魔獣の中でも、その悪質さは歴史に刻まれていた。


 逃げようと思って、逃げられる相手でも距離でもなかった。


「逃げたいと思いますが、こちらには来ないかもしれません。Dウォッチはインフラです。最期の時まで、万全なままでないと」

「……ありがとう」


 この達也の配信を見ている人間は、誰もが同じ気持ちだろう。

 このビルに残った全員はもう覚悟している。

 そして理解していた。祈ることしかできない。希望があると信じて。



 イジャールは達也を興味深く観察していた。


(残りのマナは、全快時の2割以下……)


 腹に一撃を受けたのは予想外ではあったが、手応えもあった。

 やはりこの段階の攻撃では、イジャールにとって致命傷にはならない。


(消耗するほどカミヤは強くなるが……半面、手に負えないほどではない。まだこちらが圧倒的に有利だ)


 片腕が吹き飛んで――息を荒げる達也を、イジャールはじっくり観察する。

 内面のマナはより輝いているが、体力の損失は隠しようもない。


(16年前も、ここまでは追い込めた。ここからだ……)


 あの時もマナの総量を2割以下にまでは、イジャールも達也を追い詰めたのだ。

 しかし焼き尽くしたと思った達也の思わぬ反撃を受け、イジャールは敗北した。


(本当に死にかけた時、こいつはどうなる……? 無限に強くなるのか、それとも……どこかで止まるのか)


 そしてイジャールは達也と戦いながらも、周囲の警戒を解いていなかった。人間の縄張りの中心、達也の援軍が来ないとも限らない。


 イジャールの探知範囲は、現在200メートル。経験上、危険な遠距離能力の射程は100メートルが限界のはず。その2倍である。

 拘束や弱体化の特化能力持ちが来たとしても、即座に排除できる距離だった。


 ゆっくりとイジャールが達也への距離を詰める。

 焼け焦げた肘を指差して。


「残りの右腕も捨てれば、お前はもっと強くなるのか?」

「ああ、そうだぜ……。めったにやらねぇけどな……」


 発音の不安定さ、呼吸の荒さ……。魔獣の知覚力は人間を遥かに上回る。

 ブラフではない。達也の限界は本当に近付きつつある。


「そうか」


 イジャールが達也の懐に飛び込み、拳を振るう。

 やはり狙うなら頭部か胸部。


 マナを右腕に集中させ、即死を狙う。


 達也もそれをわかっている。達也の左腕は無くなったが、肘から根元は残っている。そこにマナを集中させる。そうすれば、防御はできる。


 イジャールの右腕に達也は右腕をぶつけることで、強引に防ぐ。

 ふたりのマナが、激しくぶつかり合う。


 イジャールが蹴りを放つ。達也の左足に向かって。

 達也はそれも防ぐ。


 神速の攻防。

 一撃ごとにマナが飛散していく。


 じりじり、じりじりと。

 お互いのマナが消費されていく。

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