第42話 伝説のおっさん、苦戦する
左腕を捨てる、決死の作戦。
しかし俺にとっては不発としか言い様がなかった。
腹に一発当てたものの、致命傷には程遠い。
一番の原因は、命中の直前にマナのガードで防がれたこと。
腕に集中させることが出来る以上、腹部に集中させることが出来るのも道理だ。
マナの量の差は、まだ歴然としている。
イジャールにどれだけ食い下がれるかは、俺の能力の発動次第だ。
(討伐隊が来るまでは、時間を稼がないとと思ったが……。厳しいな)
俺は率直に認める。
もし全快時であったなら、互角以上に戦える自信はあった。
しかし、残りのマナがもう少ない。
体力も限界だ――左腕がないんだからな。
俺は特化能力のおかげで、苦痛をほぼ感じない。
しかしそれは、体力の消耗を無視できるという意味ではない。
イジャールは接近戦を挑みながらも、まだ慎重だ。
右腕のマナが俺の腹部を狙う。
それを、欠けた左腕で防ぐ。
さらにイジャールは足払いを狙う。
俺はあえて、ダメージを受けない程度にマナで防ぐ。
衝撃は受け流さず、そのまま綺麗に転んでやる。
「器用な真似を」
おかげでイジャールの左腕は空振りをする。
転んだ俺をイジャールが踏もうとするが、遅い。
格闘術の練度はさほどでもないな。
俺は身体のバネを使って転げまわり、回避する。
そして体勢を立て直す。
人間同士なら、決して見逃すことのない隙。
「……どうした? 来ないのか」
「そうまでして、時間を稼ぎたいのか? 地面を転がって、無様な真似を晒してまで」
イジャールが俺の転んだ地面に、侮蔑の目線を落とす。
人間の命を何とも思ってないくせに、妙なところで気位が高い。
いや、だがこの奇妙な精神性こそが、特異個体なのだ。
「ああ、そうさ。もっとも俺は、無様とは思わねぇけどな。勝つためなら、なんでもやる。片腕だって捨てる」
「そうか……。俺には理解できん。お前に出来る最善の選択肢は、逃げることだったはず。醜態を見せて、生き残って何になる?」
なるほど、恐ろしいほどプライドが高い。
だからこそ、俺に負けたのが我慢ならないんだろう。
こいつの言葉を返せば、わざわざ俺に挑む理由なんかない。
それでもイジャールは挑んできた。傷ついたプライドを取り戻すのが、俺を殺すことなのだろう。
これほどの力を持ちながら、他を害する以外に生き方を知らない。
どこまでも自分本位の、悲しい存在だ。
「それがお前が、人間を理解していないからさ」
「己よりも、他の存在が重要だと……それが、お前と俺の違いか」
「ああ、そうだ」
「下らん差異だ」
イジャールが足元にマナを集中させる。
この技は、16年前に見た。
俺は全身にマナのガードを張り巡らす。
イジャールの脚から、放射線状に赤熱したマナが伝わっていく。
同時に乾いた大地が焼け、猛烈な火炎が巻き起こる。
数十メートル四方が一気に燃え始めた。
これがイジャールの代名詞、業火の能力だ。
「時間もあまりない。お前を確実に、焼き尽くす」
この技を使ってこなかったのは、イジャールも消耗が激しいからだろう。
しかし現状では、俺のほうが不利だ。
一瞬でも集中を切らせば、死ぬ。
うねる火炎の中を、イジャールが進む。
そこから、神速の攻防が始まった。
周囲に業火を呼び起こしても、イジャールの接近戦は全く衰えない。
完全に制御しきっている。
俺の中のマナがさらに失われる。
しかし、イジャールのマナも失われていくのがわかる。
額に浮かぶ汗も即座に蒸発する。
灼熱地獄の中で、俺とイジャールは拳と蹴りを応酬する。
俺の中のマナが強固に、鋭利になる。
イジャールとの差は、わずかずつだが詰まってきている。
(だけど……足りねぇ)
俺は本能で感じ取っていた。
イジャールの生来のマナは膨大だ。
俺は運良く、油断したイジャールに一撃を当てて勝利しただけ。
不意の一撃なしに、どう勝てばいいのかはわからない。
数十秒、決死の攻防が続く。
俺にとってはワンミスで終わり。
しかし、そこで俺は気付いた。
ここから離れたゲートに、ふたりの侵入者がいる。
恐らく援軍だ。
イジャールは俺に集中しきっている。
まだ、侵入者には気付いていない。
隙だ。
隙があれば、一撃をイジャールへと入れられる。
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