第43話 伝説のおっさんと異形

 イジャールと俺が戦ったのは、16年前に一度きり。

 俺の戦闘実績は秘匿されているから、それ以上の情報はほとんどない。


 激戦の間に、俺は探知へと力を注ぐ。

 普通ならこのレベルでの戦いで、探知までは無理だ。


 イジャールの拳に気を抜けば、あっという間に腹に穴が空く。

 もしくは首がもぎ取られる。


 だが肉体とマナの損耗が、俺の基礎能力を底上げしている。

 今の俺なら、イジャールの攻撃を防ぎながら状況を確認できる。


 イジャールの前蹴り。

 俺はあえて、最小のマナで受けて吹っ飛ぶ。


 10メートル、かなりの距離を飛ばされた。


 大地から噴出する炎が、肌を撫でる。

 常人なら即死だが、俺には大した効果はない。


 残りのマナ残量は1割を切りつつある。

 しかし感覚は冴え渡り、体内のマナが俺の意識を超えて流動する。


 まさしく、止まらぬ水の境地。

 全身ボロボロだが、身体の熱は鎮まらない。


 もはや、マナの集中していないイジャールの蹴りは自動で防げる。

 ダメージもほぼ、ない。


 だが、それゆえにわかる。

 もし――俺の特化能力【因果応報】パワーオブぺインが限界を迎えれば、俺は死ぬ。生死の狭間にいることに、違いはない。


 イジャールにあえて吹っ飛ばされ、若干の距離ができた。

 このダンジョンに来た人間がわかる。


 荒川さんとレイナだ。

 恐らくだが、レイナの斥力で飛行して接近している。


 もう少しだ。

 あと少し、こいつの気を引かなくちゃな。


「ははっ……」


 だから――俺はあえて、笑みを作った。

 こうすればイジャールが興味を持つと、確信していた。


「面白いな、本当に……。ははっ……」

「何が笑える? 死に際でおかしくなったのか」

「こんなに追い詰められ、死闘を繰り広げたのは久し振りだからな。イジャール、お前は楽しくないのか?」


 これは俺の嘘だ。楽しいはずがあるか。

 俺が死ねば、一般市民も殺される。


 それは疑いようもない。そんな状況で楽しめるわけがない。

 だが、こう言えばイジャールが会話をすると、わかる。


 俺の中の、普段は回っていない歯車が――俺を生かすために今、回っている。


「戦うと楽しい、か。理解できなくはない」

「ほう……魔獣にも共通するか」

「ああ、人間を殺すと楽しい」


 淡々と、感情を込めず。イジャールが言い放つ。


「同族は殺すだけでは、楽しくない。やはり喰ってこそだ。人間の肉はマズい。カミヤ、なぜだ?」

「……さぁな、体内のマナのせいか?」

「お前たちの言う、マナ持ちを喰っても美味くはない。不思議だ。まぁ、答えは期待していない。お前たちは、同族を喰わないのだから」


 イジャールがマナをかつてないほど、右手に凝縮させる。

 まだ奥の手を持っていたのか。


「お前のマナ残量は、もう残り10%もない。8%ほどか。最後は、お前に近寄らず殺す」


 それは確信に満ちていた。イジャールはここまで、計算し尽くしていたのだ。

 決着の際、俺に近付き過ぎれば危険性が増す。


「さて、お前はこれで死ぬか?」


 イジャールの右手から、真紅のレーザーが放たれる。

 さきほど、指先から出していたレーザーと同質――しかし破壊力が違う。

 速度は同じでも、溜めた分の火力が上乗せされている。


「ぐっ……!!」


 俺は右腕をかざすことで、真紅の閃光を受け止める。

 俺の中のマナが失われ、霧散していくのがはっきりわかる。


 だが、同時に俺の中のマナがより硬度と輝きを増す。

 苦痛という炎によって、俺のマナは鍛えられる。


 真紅の光は途切れることなく、俺に向けられていた。

 イジャールも全神経を集中させている。


 俺の一挙手一投足、わずかな変化も見逃すまいとしている。

 だが、それは大きな隙だ。


 お前は人間を甘く見ている。

 せいぜい、俺だけが警戒すべき相手だと思い込んでいる。


(思い上がりだ、イジャール)


 16年前だって、そうだった。

 お前は圧倒的な力で覚醒者を殺し続けた。


 だが、その犠牲によって俺はイジャールの能力を把握できたのだから。

 それが勝利に繋がった。


 今、削られゆく俺のマナが告げている。


 荒川さんとレイナが、イジャールを撃てる位置に入った。

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