第40話 会場外

 少し前、イベント会場。

 イベント会場の外は大混乱になっていた。

 観覧席の客は逃げ惑い、周辺住民もビルから避難している。

 スタッフも将棋倒しの事故を起こさないよう、誘導するのが精いっぱいであった。


 政府機関も行動しているが、人手の集中する都心と夕方。

 素早い避難は期待できない。


 その中で、荒川はドローンの映像から状況を確認していた。荒川の肩の出血も止まっている。応急処置のおかげだが、体力とマナは回復していない。


(回復役も、マナ切れ……。万事休すか)


 回復役の覚醒者も、イジャールの到着前にマナを使い切ってしまっていたのだ。仮に達也が戻ってきても、回復させることはできない。


 つまり、達也がここからどれだけ耐えられるか。

 それが全てだった。


「んっ、うっ……!!」


 荒川のそばにいるレイナが目を覚ます。

 状態で言えば、荒川よりもレイナのほうがずっと良い。


 何かできるとすれば、核はレイナだ。


「気が付いたか……」

「わ、私は……あの魔獣に攻撃されて……」


 そこでレイナはドローンの映像に目をやる。そこでは達也とイジャールが向かい合っていた。


 業火の双角イジャール。


 レイナの家族を殺した、憎き魔獣。

 あれがまた現れたのだ。


 だが、レイナは唇を嚙むことで復讐心を抑え込んだ。

 見たはずだ。


 荒れ狂うマナの奔流と、信じられないほど圧縮された真紅のレーザー。

 とてもレイナの手に負える相手ではない。


 今、達也だけがイジャールと戦える可能性がある。

 考えなくても、わかることだ。


 しかし荒川とレイナもまだ、戦闘不能ではない。

 何か出来ることがないか……。


 なすべきをなす。それが覚醒者の責務なのだ。

 混乱の中にありながらも、レイナは素早く情報を摂取していく。


「……状況は?」

「彼とイジャールが一騎打ちだ。他に魔獣はいない。外は避難中……だが、遅々として進まない。イジャールは仕留めそこなえば、数千人が死ぬだろう」

「他の覚醒者は?」

「マナがない。回復も無理だ。それに――あの指先からのレーザーで瞬時に殺される」


 それにはレイナも同意するしかなかった。レーザーが当たると思った瞬間、身体がぶれたおかげで、かすり傷で済んだのだ。

 あれは荒川の斥力だろう。レイナも食らったことがあるので、わかる。そして荒川の状態を見れば、彼がレイナを優先して助けたことは明らかだった。


「都心だから、援軍到着まで10分稼げばいい。だが……」

「……厳しいと」


 レイナは話しながら、達也とイジャールのやり取りを見ていた。明らかに達也も時間稼ぎを狙っている。


 しかし、今のイジャールに消耗したままの達也で勝てるのか?

 わからない。達也の力の底については、レイナでさえ知らない。


 マナの総量で見れば、達也に勝ち目はゼロだ。それほどの差を一瞬のうちで、レイナは感じ取っていた。


 映像の中のイジャールが腕にマナを集中させる。

 それに荒川とレイナは戦慄した。


「――ッ!!」

「まさか……そんなことが……」


 マナの集中を魔獣が使うなど、ふたりも見たことがなかった。無意識に急所を守る程度が魔獣の限界のはず。


 しかし、今のイジャールは完全にマナの集中を使っている。さきほどのレーザーの応用……? だが、重要なのはそこではなかった。


 これで達也の勝算は限りなく低くなった、とふたりは直感した。魔獣に対して人間の持つアドバンテージは、数を除けば技術だけだ。


 上級魔獣の体皮は、マナがなくても鋼のように硬い。生まれ持ったマナの量も、人間と魔獣では桁が違う。特化能力も、魔獣ほど強力なモノを人間は持てない。


 だが、マナの集中を行える魔獣はいない。だから一対一でも勝てる。

 しかしその前提が、崩れた。

 イジャールを逃がせば、人間社会への脅威となり続けるだろう。


 映像は続く。

 イジャールの一撃に、達也は左腕を差し出した。


 ちぎれる左腕。

 しかし歴戦のふたりは目をそらさなかった。

 この一瞬一瞬が死に物狂いで稼いでいる時間なのだと、ふたりは理解していた。


 達也が渾身の右ストレートを放つ。

 それはイジャールの胴体に突き刺さる。


「入りました……!」


 効いてくれ、とレイナは祈った。

 イジャールはそのまま、荒れ地へと吹き飛ぶ。確実に命中はした。


 しかしイジャールはすぐに立ち上がる。

 腹には大きな穴が空いていたが、イジャールの余裕は崩れていない。


 ドローン越しにイジャールの声が聞こえてくる。


「なるほど、あえて隙を作ってカウンターを狙ってきたのか」

「……どうだろうな」

「いきなり左腕を捨てるとは、思わなかった。しかしお前の能力を警戒していなかったと思うか?」


 イジャールの腕が腹部を撫でる。すると、その瞬間にイジャールの胴体の穴が塞がっていた。上級魔獣の持つ高速再生。肉体的なダメージはすぐに回復してしまう。


「効いていない……!?」

「やつは身体の前面をマナでガードしていた……。神谷さんの攻撃方法を考えれば、合理的だ……」


 一瞬の攻防を、荒川は見逃さなかった。

 イジャールは達也の左腕を狙い、達也はあえて左腕を捨てて反撃した。そうすることで、特化能力をさらに引き上げようとしたのだろう。


 そのまま達也は間髪入れず、右ストレートをイジャールへと放った。しかし、イジャールもまた達也の反撃を警戒していた。命中の直前、マナの集中を身体の前面に展開していたのだ。


 達也の一撃は胴体をぶち抜いたが、致命傷にはほど遠い。イジャールのマナにはまだまだ余裕がある。むしろ肉を切らせて骨を断つ、という戦術がバレた分だけ、達也が不利になったかもしれない。


 レイナの心に絶望が忍び込む。だが、まだ希望はあった。


「……でも効かないわけじゃ、ない」

「超圧縮されたマナなら、やはり効果はある……」


 レイナは自分の右腕をじっと見つめる。その手の上には、黒い渦が生まれていた。


 ブラックホール。


 対人戦では使用厳禁な、レイナの能力の極致と呼べる攻撃だ。

 しかしそれを見て、荒川は軽く首を振る。


「レイナさん、無駄だ。君の能力は知っている……。確かにそれを当てれば、ダメージはあるだろう。だが、君のブラックホールの速度では、イジャールは余裕で回避する。近寄れる可能性もない。戻っても、足手まといだ」

「わかっています……。でも、ひとつだけ」


 レイナのブラックホールは、攻撃力はあるが速くない。あれほど高速で移動できるイジャールに当てることは不可能だ。


 イジャールの放つレーザーは、ブラックホールよりも遥かに射程が長い。この点からも圧倒的にレイナは不利だ。


 しかしブラックホールをより速く、より遠くから飛ばすことが出来れば……必ず効果はある。マナを消耗させることが出来る。


 確信はない。しかし同系統の能力なら、可能かもしれない。

 例えば、重力と対になる斥力なら……ひとりでは不可能だったとしても。


 可能性があるのなら、賭けるしかない。

 達也があがくのと同じように、レイナもあがくのだ。

 それが達也の弟子である、レイナの持つべき覚悟なのだから。

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