第19話 伝説のおっさん、自己紹介する
というわけで、18時になった。いよいよ自己紹介配信を開始だ。
落ち着け、落ち着けー。
俺は手を揉み揉みさせて震えを止める。
カンペはドローンからホログラム表示される。何も怖くない。
コメント表示は――カンペと同時に見るとか無理だし、切っておくか。出来たらいいのだろうが、コメントでアドリブとかも今回はやめよう。二兎を追う者は一兎も得ず。俺はカンペ読み上げおっさんに専念しよう。
よし、ふぅ……深呼吸をひとつして、俺はドローンに呼びかける。
「始めてくれ」
「ぴっぴ! 了解です!」
”始まった”
”楽しみ”
”初見です”
”ん? どこから配信してる?”
”配信部屋じゃないな”
”ダンジョン?”
「改めて、初めまして! 伝説のおっさんこと、神谷達也です。今日は見に来てくれて、どうもありがとう!」
ドローンのカンペを読み上げる。ちょっと声が上ずったか……いや、中々の滑り出しのはずだ。
「えーと、千代田区にあるS級ダンジョンの『雷熱火山』から今日はライブでお届けします。ぜひ最後まで見ていってくださいね!」
”え?”
”は?”
”それエグいって”
”草 アタマおかしい”
”脳が理解を拒否した”
”自己紹介でS級ダンジョン使うな”
”前代未聞やろ”
ふー、喋っているうちに少し落ち着いてきた。リスナーはどう反応しているだろう? 楽しんでいるかな?
「で、これが俺のプロフィールです。配信画面に、表示っと」
名前:神谷達也
生年月日:1981年6月10日生まれ 42歳
身長:181センチ
体重:非公開
好きな食べ物:焼き鳥
好きな飲み物:コーヒー
趣味:晩酌
こんなところか。自己採点でなんだが、無難に大丈夫なはずだ。
”体重非公開……??”
”なぜそこを隠す”
”アイドルかよ”
”好きなものと趣味が俺と同じで泣ける”
”これ完全におっさんです”
そこからはぺらぺらと喋ってプロフィールを補足していく。カンペを読んでいるだけと思われないよう、目線と口調には気を付けて……。
「これからの活動なんですが、マイペースにやっていければなと思います。幸い、もったいないほどの弟子も出来たことですので……。しばらくはローゼンメイデンさんのアドバイザーとしての活動が主になるのかな?」
そこから俺は計画通りに少し歩き始める。
「で、後はダンジョンで役立つ知識とか。そんなのを配信や動画でやっていければなっと」
俺の足元にはきらきらと輝く小さな黄金の花があった。これは高難度の火山系ダンジョンに咲く『黄熱の花』である。この鮮烈な黄色の花びらが高耐熱の素材のもとになるのだ。
しかしこのまま採取しても花びらはあっけなく壊れてしまう。採取するにはちょっとしたコツが必要なのだ。
「というわけでまずはひとつ実践を。この黄熱の花、かなり高価な素材ですけど採取にはコツがいります。今回はそのコツをご紹介しちゃおうかな、と」
俺は黄熱の花のすぐそばに屈んだ。そこにはすでに買ってきたカセットバーナーが置かれている。ホームセンターで1500円、お手軽なカセットバーナーだ。
俺はカセットバーナーを手に取り、ゆっくりと黄熱の花に火を当てる。だけどこれだけじゃ駄目だ。マナでガードした手で、すすっと熱が逃げないように覆わなければいけない。
”火が手に当たってるやんけ!!”
”熱くないんですか?”
”絶対に真似しないでください”
”覚醒者だからノーダメ”
”俺、覚醒者ですけど覚醒者でもダメあります。おっさんが強いだけ”
”S級ダンジョンで手をあぶる初配信マ?”
「これ、火が当たってますけど大丈夫ですからね。ちゃんとマナで防いでいるんで、少しもやけどしません。マナがない人は真似しないでくださいね」
ちりちりちり……。熱を逃がさないことで上手く黄熱の花の色が変わっていく。鮮烈な黄色から、淡いピンク色へ。よしよし、久し振りだけど上手くできている。
「見えますか? このピンク色がもっと、綺麗でしっかりした色に変わってきたら採取のタイミングです。早すぎても遅すぎてもイマイチで、中々難しいのですが……」
そこで俺の背後にずしーんと派手な音がした。ちらっと確認するが、そこには巨大な爬虫類の魔獣――『ヴォルケーノザウルス』がいた。見た目は灰色の巨大トカゲだが、それなりに強い。さすがS級ダンジョンか。
配信に集中していたので、ここまで接近されても気が付かなかった。まぁ、ヴォルケーノザウルスは気配を消すのが上手い魔獣ではあるが。
しかしよほど距離が近くならない限り、向こうも攻撃を仕掛けては来ない。ばったり鉢合わせでもしなければ、戦闘を回避するのは簡単な魔獣でもある。さらに倒して得られる素材がかなりしょっぱいので、わざわざこちらから戦いを挑むのも旨くない魔獣だ。
というか、やめて……!
今、俺はカンペを読みながら配信をしているのだ。せっかくの流れが戦闘を挟んだら台無し、おじゃんである。せめて、この配信が終わるまではおとなしく……!!
”クソデカい魔獣が後ろにいますけど!!!???”
”花びら焼いてる場合じゃねーよ!”
”おっさん、後ろーーー!!”
”冷静過ぎワロタ”
”一般通過A級魔獣で草”
”A級魔獣いるのに動じてない。動じてくれ”
”これこそ伝説”
”伝説のおっさんじゃなきゃ自殺配信かと思うよ”
「ふぅ……どうですか? いい色ですね。それっと……採取できました。ほら、触っても全然壊れないでしょう。カセットバーナーでこんなに綺麗に取れます」
よし、黄熱の花びらを取るところまでは行ったぞ。配信が終わるまでもう少しだ。幸い、ヴォルケーノザウルスはどしどし歩いているだけで、俺のほうには来ていない。間違いなく配信には映っているだろうが、気にしないでもらいたい。
だが、思った通りになるほど人生は甘くない。ヴォルケーノザウルスが俺のほうにどしどし歩いてきている。
やめて! 俺は君の縄張りを荒らしたいわけじゃ……いや、荒らしてるかもだが……あと数分で出ていくから!
だが、俺の心の叫びは届かなかった。
「ギャオオオーーーー!!!」
ヴォルケーノザウルスが臨戦態勢に入る。やるしかない……!
そうして俺の初配信は、なんだかしっちゃかめっちゃかに終わった。もちろんヴォルケーノザウルスに負けるはずもなかったが……。台本外のことが起きてしまい、悲しい限りだ。以下、終わってから俺はSNSでの反応を恐る恐る見てみた。
「伝説のおっさんの配信、見た?」
「なんだかすごかったな……さすが、伝説」
「インパクト大。でも真似しないでください」
「最近はここまでやんないといけないんだーって……」
うぅ……この人は引いちゃってるじゃん。でもヴォルケーノザウルスは俺のせいじゃない! 優雅に花びらを採取するだけの初配信のはずだったのに。
「【悲報】A型魔獣を初配信でソロ撃破する配信者現れる」
「この体格なら体重90キロぐらいだな」
……いや、俺のプロフィールを探ろうとするのは止めてくれ。当たってるけど。
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