第14話 伝説のおっさん、潜む

 バトロワ開始から20分。

 さらに安全地帯は縮小し、他チームと密集していく。今は小屋と樹木が散在しているエリアだな。上空の葉が空を覆い、光が差し込んでこない。

 

 ここに来るまでにゲットしたアイテムはいくつかの煙幕弾だ。手榴弾よりも少し小さい。煙にマナが含まれ、覚醒者相手への効果は期待できる……らしい。


「でも煙幕自体が、結構すぐ消えちゃうけどな」

「短時間しか期待はできないか」


 しかし遠距離攻撃を持たない俺たちには貴重なアイテムだ。要所で使うことになるだろう。


 エリア全体の視界はかなり悪い。俺たちは気配を消して慎重に潜んでいる。他のチームも同様だ。膠着状態が破れ、自分たちが有利になる時まで動かないだろう。カリンが周囲を見渡しながら、息を吐く。


「先生、今残ってるのは9チーム。状況はあんまり良くないな」

「どうしてそう思う?」

「今、あたしたちの近くに3チームいるだろ。それも結構バトルが強めのチームだ。お互いに動けない。共倒れコースだな」


 そこまできっちりとわかっているか。意外としっかり探知できてるな。


「……ひとりだとここまで集中できないよ。先生が背中を守ってくれると思うから、時間をかけて考えられる」

「いいことだ。それがチームだからな」


 カリンの分析はほぼ正解だ。このエリアには俺たち含め4チームがいる。もちろんマナを隠しているが、完全に気配は消していない。ここにいますよーくらいのマナが漂っているのだ。なぜそうするのか、それは戦闘を避けるためだ。


 いくらマナを隠しても、戦闘になれば確実にわかる。俺でもマナを完全に隠した状態で戦うのは不可能だ。どうしてもマナが現れ、周囲にわかってしまう。


 そしてマズいのは、いきなり戦闘に入ってしまうことだ。この状況では先に戦闘になることそのものが不利。勝っても負けても消耗し、他のチームに喰われる。これこそ漁夫の利だ。


 なので余計な情報を渡さない程度に、自己の存在をアピールするのは大切だ。威嚇、牽制――色々な言い方はあるが、これもバトロワでは大切な要素である。


「ちなみにだけど、全員敵に回して勝てる?」

「勝てるけど、カリンを守りながらは無理だな」


 事前の取り決めで、カリンが脱落したら俺も脱落と言ってある。そこに敵チームが気付くかはわからんが、俺を先に狙う意味は薄い。今回のバトロワルールの経験はカリンのほうが豊富なので、カリンから狙われるだろう。


「そろそろ移動する時間だな……」

「うーん、遠回りすると次がめっちゃ厳しいし……。強引に突破するしかないよな~」

「勝算は?」

「これは……なんというか、勘なんだけど。奥のチームが妙なんだよな。マナの反応はあるのに、動きがおかしい」


 ほう、それにも気付いたか。残り3チームのマナの量はほぼ差がない。あとはそれ以外の情報を拾ってどう動くかの勝負と言える。


「なんか、動かないんだ。ずっとしゃがんでる……。他のチームはちょっとずつ動いて、周りを見てるのにな」

「そこまでわかってるなら、答えてもいいか。そうだ、恐らく奥のチームはマナの量を偽装してる」

「やっぱり多く見せかけてるのか? でも、そんな覚醒者はいなかった気がするけど」

「新技かもな。カリン以外だって成長するし、賞金1000万だろ? それくらいの仕込みはありうる」

「なるほど……。ぎりぎりまで秘密にしてたってわけか」

「マナの量を多く見せかける特化能力は色々ある。マナを燃やして威嚇したり、ハリボテだったり」


 そこでカリンが目を閉じて、集中する。さざ波だったマナが穏やかに、周囲を探るマナに変わった。


 ――いい集中の深さだ。


 わずかな所作、息遣い、思惑。

 マナを探知することは相手を知ることに他ならない。


「――ハリボテに近いと思う。呼吸してたり、動いてる感じじゃない」

「うん、正解だ」

「しっかり集中すると、こんなにわかるもんなんだな」


 カリンがふんふんと頷く。今の時代、マナの探知はそれほど重要視されない。

 なぜなら魔獣ならドローンで視認できるし、探知用の特化能力もある。

 個人技能としての探知は最後の手段なのだ。


 しかしドローンを壊されたら。自分だけがダンジョンに取り残されたら。


 頼りになるのは自分の感覚だけだ。

 その意味でもマナの探知は磨いておいて損はない。


「朝練でさ、マナの集中をやったじゃん? なんか……相手のマナを探るのって、自分の集中の延長線上にある感じ」

「驚いた。まさにその通りだよ。マナのガードが上手い覚醒者は、探知も上手い」

「やっぱりかー。先生が色々できるわけだ……」


 そこでカリンがよっこいしょっと立ち上がる。集中したままのいい顔だ。どうやらプランも決まったか。


「最速で駆け抜けて、奥のパーティーを飛び越すように北側へ移動かな。安全地帯に滑り込む」

「了解。もし敵チームが迎撃に来たら?」

「全部無視。あたしが指示するまで、北へ移動ね」


 決まったら徹底する。カリンはどうやらそういうタイプのようだな。人を率いる素質とでも言おうか。確固たる指示と決意はチームを引っ張る。


「よし、ふー……タイミングを見るよ。はぁー……」


 強行突破はもちろんリスクの高い行為だ。下手なルートを行けば、周囲から総攻撃される。しかしカリンの液状化は強行突破にも向く。ある程度の遠距離攻撃も無視できるからな。


”まさか強引に行くつもりか?”

”さすがに無茶だろ”

”安パイは迂回のはず”

”でも奥のチームはハリボテだしな”

”他のチームもマナは減ってる。スルーするかも”

”ここで戦うメリットないからな。でもそんなのわかるか?”

”伝説のおっさんなら見抜くかも。探知の鬼だし”

”草 接近戦もできて探知もできるとか”

”数キロ先でもわかるんだっけ。マジ化物”


 カリンが身体を液状化させ、前傾姿勢を取る。前方の3チームはそれぞれ警戒を続けている。どこが動き出すか、ここで戦いが始まるのか。お互いがお互いを監視し、わずかな変化も見逃すまいとしている。


「行くぜー……」


 カリンは息を吸い込み、そばにある樹木を液状化した腕で切断した。

 派手な轟音がエリアに鳴り響く。これはカリンの狼煙だ。全注意がこちらに向く。


 だが変化は好機だ。突然の変化に各チームが動揺する。

 次に何が起こるかわからないからだ。


 その一瞬をカリンは見逃さない。

 カリンは猛然と前方に疾走する。俺もそのすぐ後を追いかけた。


 ――だがカリンはまだ察知できていない。

 このエリアよりさらに奥の動き、他のチームを状況を。


 さて、どうなるか。

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