第15話 伝説のおっさん、突き進む
カリンはジグザグに大きく蛇行しながら前進する。直進に比べると移動距離は伸びるが、敵チームの動揺は誘える。先行するカリンが短く叫ぶ。
「右! 何かしてくるぜ!」
「はいよっ」
まず動いたのは右のチームか。マナの光弾が超高速で向かってくる。
狙撃だな。狙いはまず俺のようだ。俺は右腕で光弾を弾こうとする。
と、そこで俺は光弾の異質さに気付く。
マナが多い割りに遅く、破壊力も感じられない。
「仕掛けがあるか」
ぱっと俺は最小限の動きで光弾を避ける。避けた光弾が樹木の幹に命中した。すると光弾が弾け、輝く網に変わる。ふたりの覚醒者によるコンボか。
マナの光弾と輝く網の組み合わせ。特化能力で攻撃に特殊効果を付与するのは、オーソドックスなやり方だ。当然バトロワでも有効である。
網の目は大きいので、液状化したカリンなら命中しても容易く抜けられそうだ。だから俺から狙ったんだな。射撃精度はかなり正確で、弾を避け続ける必要がある。
――面白い。
創意工夫、臨機応変こそ覚醒者の真価だ。
左側のチームは動かない。完全に様子見だ。あとは奥のチームを突破すれば、安全地帯に逃げ込める。
「ここから加速するぜっ!」
カリンが叫び、さらに速度のギアを上げる。奥のチームが視認できた。人間大のカカシ、それに覚醒者が2人。最初は4人チームのはずなので、どうやら2人ほど先に脱落したらしい。
カカシには相当なマナがある。すると脱落した覚醒者の特化能力で作った可能性が一番高い。ほとんど戦闘力はないだろうが、威嚇には使える。
問題は残った2人だ。見ただけでわかるが、武闘派でかなり強い。カリンだけでも勝てそうだが、時間は取られたくない。
どうするかと思ったが、奥にいる長髪の男が敢然と立ちはだかる。
「来るなら来い!!」
”A級、氷河のイバラだ!”
”マジだ。カリンの天敵じゃん”
”そうでもない。カリンのほうが勝ってる”
”範囲攻撃とタフさがね……”
”時間をかけるとマズそう”
「そのまま駆け抜けるぜ!」
「おう!」
立ち向かってきたのはイバラか。確か氷結の特化能力者だ。直撃したらカリンの液状化はどうなる? いや、カリンを信じて前進あるのみだ。
イバラが両手にマナを集中させる。狙いはカリンの移動経路。高速移動するカリンの動きをよく見ている。
「凍れ!」
イバラからマナが放たれた。氷結のマナは瞬く間に大気と地面を広範囲で凍らせる。だが、カリンは焦らず集中していた。
「軌道が見え見えだぜ!」
カリンは氷結に襲われる直前、液状化を解除した。もろに氷結を食らうが、構わない。ダメージはそれほどではないようだ。
「先生!」
「――ッ!?」
カリンの咆哮に驚いたイバラが自分自身を氷で覆う。瞬時に何層もの氷が形成され、氷のフルアーマーが出来上がる。イバラは自分の防御を優先したな。
しかし、おかげで氷の範囲攻撃が止まったぞ。どうやら自分を守りながら攻撃するのは無理らしい。
俺は呼ばれただけなので、速度を落とさずカリンについていくだけだ。余計な攻撃はしない。やるなぁ、俺の存在をブラフに使った。
もうひとり、イバラと同じチームのおしゃれ少年は攻防には加わらない。だが、何もしない――というわけではなかった。全身のマナが弾ける。
「見えなくしてやる!」
おしゃれ少年の叫びと同時に、マナが全方位に放たれる。マナはただちに白煙と化し、周囲の視界を覆う。『白煙』、これがおしゃれ少年の特化能力か。マナが含まれているので探知の邪魔にもなるな。だが、俺はまだ冷静だった。
――感覚を研ぎ澄ませ。
白煙に含まれるマナより覚醒者のマナのほうが断然多い。
そして、ふたりのマナはすでに覚えていた。だいたいの位置は分かる。ふたりともカリン狙いで動き始めている。
「構うな、先生!」
だがカリンは揺らがない。すでにプランを頭に叩き込んでいる。マップ、敵チームの配置がわかっているからこその強行突破だ。実際、カリンの全速力のほうがふたりより速い。ギリギリ、本当にギリギリだがこのまま突破できる。
しかし世の中はそう、うまくいかない。残念だが、おっさんの勘は当たる。
「カリン、上だ」
「はぁっ!? えっ……フィード!!」
俺に遅れて、カリンが反応する。樹木の上からフィードとふたりが落りてきた。明らかに俺たち狙いで張っていたな。タイミングが完璧すぎる。
「どうしてここにいるんだよ!」
「簡単な話だ。そっちが北に進み、俺たちが南に来ただけのこと」
常識で考えれば、安全地帯の逆である南に来ることはあり得ない。だが何事も絶対というものはない。俺も確信を持ったのは、イバラの攻撃を受けた瞬間だ。
フィードチームのおかっぱ少女はすでに臨戦態勢に入っている。距離15メートルだが、俺もカリンも止められる位置にいない。
「伝説のおっさん、射程内に入りました! 拘束、発動!」
おかっぱ少女のマナが空間に満ち――黄金の帯が俺の身体に巻き付く。同時に、俺の足が止まる。回避する余地もない、問答無用の足止めだ。
「効いてます! リーダーの予測通りです!」
「やはり、あなたにも妨害系の特化能力は通じるようですね」
「……まぁな。これはしてやられた」
実況と解説席は大いに盛り上がっていた。
「おーっと、フィードチームの拘束が伝説のおっさんにも通用するとは!」
「彼女の『拘束』は短射程でマナ燃費も悪く、対象はひとりだけ。代わりに効果は強力です。これまでにも数々のS級を足止めしてきましたからね」
「しかしなぜ、真正面から拘束されてしまったのでしょう? 伝説のおっさんなら、余裕で迎撃できる射程距離のはずです」
「これはイバラチームが仇になりましたね。氷結と白煙でフィードチームの探知が遅れたのでしょう。ぎりぎりまで接近されてしまいました」
「ということは、フィードチームの戦略通りということでしょうか?」
「ここまではそうでしょう。そして、これはとてもマズい状況ですよ」
俺は体内のマナを循環させる。黄金の帯を振り払うのは無理だが、効果を弱めることは可能なはずだ。
――泰然自若。
大丈夫だ。動きは遅いがまだ戦える。体内のマナの動きまでは阻害されていない。移動こそ難しいが、攻撃と防御は十分に可能だ。
俺は一歩動き、構えた。
「……っ!? 前代未聞です! 拘束されたまま動くなんて!」
「驚きました。それを喰らって動いたのはあなたが初めてですよ」
フィードが冷や汗を流す。しかしマナは揺らいでいないな。まだ彼の予想内か。そして俺の動きはかなり鈍い。おかっぱ少女を倒さないと前進できそうにない。
そしてさらに進もうとしたところで、右チームから光弾が放たれる。まぁ、そうなるよな。動きが遅くなっている俺を狙って当然だ。
右手の甲で光弾を受け止めるものの――たちまち光弾が巨大な網に変わった。
二重の拘束に俺は囚われた。一歩動くのさえ、数秒かかる。
「先生っ!! やりやがったな……!」
「うーむ、マズいな。ろくに動けん」
この状況で足が止まると次にどうなるか。考えるまでもない。右と左のチームが移動を始めている。もうすぐここは乱戦になるだろう。非常にマズい。
しかし悩む時間はない。もうすぐここでは大乱戦が始まる。そして強行突破を試みて足止めを喰らった俺たちがもっとも不利だ。真っ先に狙われる。
フィードチームが現れてからカリンは必死になって考えている。リーダーはカリンだ。彼女の決断が全てを決める。俺は優しく声をかけた。
「カリン、君が決めてくれ。悔やむのは後ですればいい。俺はなんでも従うから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます