第16話 伝説のおっさん、請け負う
なんでも従うから。
俺の言葉のその意味を。カリンは正確に汲み取った。
「フィード、決着はまた今度だ!」
悔しそうに叫んだカリンが、エリアの北に単身駆ける。俺を見捨てて、単独行動を選んだのだ。覚悟したカリンは素早い。一目散に遠ざかっていく。
「おう、それでいい」
「……やれやれ。彼女の対処は北にいるチームに任せるしかないですね」
「随分、他力本願だな」
「これがベストと判断したまでです。俺たちはより確実に3位を狙います」
今、俺の目の前にいるフィードのチームは3人。最後のひとりは――多分、北側に潜ませているな。この場で3人やられても、まだ順位を上げる望みがあるということだ。
「お前たち、全員捨て石覚悟か」
「あなたが北に来ると、不確定要素が大き過ぎますから。俺たち3人と、ここにいる全員で確実に仕留めます」
「やっぱり乱戦が狙いなんだな。勉強になったよ」
「3位でも賞金250万ですからね」
実にクレバーな戦い方をする。バトロワ全体の流れをここまでコントロールし、チームのためなら脱落を厭わない。若いのに大したもんだ。
「本当はタイマンをしたかったのですが、悪しからず」
「いいさ――これがバトロワの醍醐味だ」
俺にできることは、もうほとんどない。殿《しんがり》としてここにいる全員と戦い、どれだけ道連れにできるかだ。
このエリアにいる敵は、13人。カリンほど強い覚醒者はいないが、近いレベルはちらほらいる。乱戦でうまく敵が潰し合うよう、立ち回らないとな。
息を整え、最大限に集中を深める。
眼前の敵の動き、これから迫ってくる敵、全てを委細漏らさず。
あとお守り程度の煙幕弾にもお世話になろう。少しは時間稼ぎに使えるはずだ。
そこからまず動いたのはフィードだ。
彼の特化能力は『超触覚』。広範囲の探知に使える。さらにその精度は接近するほど高まるらしい。転じて接近戦にも応用が利く、中々の特化能力だ。
フィードの正確無比な突きが向かってくる。破壊力、速度とも申し分ない。俺も全身全霊で迎え撃つべきだろう。
それが彼に対する、せめてもの礼儀だ。
それからどれほど経っただろうか。5分程度か。しかし濃厚な5分だった。
「ふぅ……」
残っているのは、もう俺とフィードだけだった。他の覚醒者は残らず退場している。さすがにマナを相当消費したな。おっさんには厳しい戦いだった。
フィードも地面に横たわっている。彼も脱落していないとはいえ、もう余力はないらしい。俺はよっせと彼の隣に座る。
「……これほど差があるとは。いやはや、恐ろしい人がいたものです」
「俺からしてみたら、裏をかかれっぱなしだからな。戦いくらいは頑張ったよ」
なぜ、こんなにのんびりと話しているのか。それはもうここが安全地帯の外で、お互いに時間切れ寸前だからである。安全地帯へはどうやっても間に合わない。マナの尽きつつある今、お互いに脱落は確実だった。そういう状況なのだ。
「極限まで効率化されたマナの運用と想像を絶する戦闘経験。これが覚醒者の頂点というわけですか」
「おいおい、俺が頂点だなんて……。接近戦しか能がないぞ」
「これが本当の真剣勝負、殺してもいい戦いなら俺は10秒で死んでます。それくらい、力の差がありました」
「物騒だなぁ。そんな戦いは今、どこもやってないだろ」
遠い昔、もっと荒々しい時代には力試しとしてそういう場もあった。手加減なし、全力で覚醒者同士が戦うケースが。
しかし覚醒者同士が殺意をもって戦えば、結果は悲惨だ。大怪我は当たり前で、死ぬことさえ珍しくない。とても配信で流せるものか。
だから、俺は今のバトロワみたいのは大好きだ。きちんとしたルールの中で、お互いに節度と加減をもって戦い合う。素晴らしいことじゃないか。
「確かに……。俺の師匠がたまにそんな昔のことを言っていたので」
「へぇ、古参っていうのはどこにでもいるもんだな」
フィードの師匠ならS級だろうか。フィードを通してその師匠のクレバーさや教育方針が垣間見える。基礎、特化能力、頭脳戦としっかり教えている、良い師匠だ。
ドローンのホログラム表示を確認する。失格まであと10秒だ。
「いい戦いだった。本当に勉強になったよ」
「こちらこそ。真の
座ったまま、ゆっくり拳を突き合わせる。
そして視界が暗転し――俺たちは同時に失格、バトロワから退場になった。
”やばい、ちょっと涙出てきた”
”今回のベストバウトやね”
”どっちも凄かったな”
”バトロワはこれがあるからおもろい!”
”でもここまでしないと、おっさんを退場にできないのか”
”伝説のおっさんが楽しそうで嬉しい!”
”また違うメンバーで見てみたいな”
それから俺は配信を切って控室に戻ってきた。あとはゆっくりバトロワを観戦だ。
椅子に深く腰掛け、インスタントのブラックコーヒーを味わう。
「ふー……うまぁ……」
酸味が身体に浸透する。年々、お茶やコーヒーが好きなっているのはなぜだろう。
これもおっさん化現象だったりするのか。
「さて、カリンは――お、しっかり頑張ってるな」
ふむふむ、主催の配信では全体の状況がしっかりとわかる。北側に残ったチームは相性的に、フィードチームだと厳しそうなのばっかりだな。そういうのを含めて、南側に突っ込んできたということだろう。
カリンは……派手にやっているみたいだな。
「うおりゃぁぁぁーーー!!」
「残ったカリン選手、大暴れです! 他のチームも手を焼いているー!」
「暴れても引き際が上手いですね。これは順位を伸ばしそうですよ」
ひとりとはいえ、ほぼ無傷のS級だ。即座に落とせるほど甘くなく、かといって無視もできない。敵からすれば厄介だろう。
見た感じ、しっかり敵を把握しながら一撃離脱している。きちんと探知ができているみたいだ。実戦で感覚を掴めれば成長も早い。
結果――最終的にカリンは残った最後のチームに敗退した。しかし総合順位は2位、なんと賞金500万だ。大健闘だろう。そしてフィードのチームもちゃんと順位を伸ばしていた。彼らの総合順位は3位。フィードの計画通りだ。
「いやー、おっさんとピーチ♡も最後まで残りましたね」
「終盤はまさにカリン選手が台風の目になっていました。思うに、これまでよりちょっと動きが違いましたね」
「ほうほう、どんな点がですか?」
「一撃離脱が上手くなっています。冷静に敵を翻弄する動きができていました。これまでのカリン選手に比べて、そこが成果に繋がったかと思います」
「やはりカリン選手が先生と慕う、伝説のおっさん選手の影響があるのでしょうか?」
「うーん、どうでしょうね。もしそうなら彼の指導者としての素質もまた、卓越していることになります。S級をきちんと指導できているのですから」
「その辺りにも今後、注目していきたいですね! では2位のおっさんとピーチ♡チーム、おめでとうございます!」
まさにこの実況の人の言うとおりだな。S級に教える、それだけの価値あることを今後も俺はしていかないといけない。それが先生の責務だ。
「なお今回の副賞として、おっさんとピーチ♡チームにはひよこパーカー10セットが送られます!」
「…………」
それ、どうすればいいんだ?
後でカリンに聞くか。俺もまだまだ、学んでいかないとな……。
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