第26話 伝説のおっさん、自白する

 そのままの酔った良い気分で俺は寝て、翌朝に目が覚めた。

 二日酔いには程遠い快適な目覚めだ。


 ベッドでぐーっと身体を伸ばし、スマホを手に取る。そうすると昨日のことを、晩酌後のことを……じんわりと思い出してきた。

 春先なのに背中に汗がにじんだ気がする。


「やっちまったなー……」


 そして口から出た第一声がこれだった。完全にっっやらかした。

 レイナが頑張っているから俺も頑張らなくちゃって、調子に乗った。乗り過ぎた。アルコールに乗せられた。


 ローゼンメイデンのアイドルと俺は違うだろ?

 比較してどうするんだ。


 そこまで考えて、俺はひとつの結論を刺した。


「……今からやっぱりナシとか出来るかな?」


 俺はおそるおそるSNSを見た。わずかな可能性――誰も反応していなければ、こっそり取り消しても問題は起きないだろう。誰も見ていないのだから。


 しかしそれはあまりに楽観的すぎた。

 昨日食べたパンケーキよりも甘い見通しでしかなかった。


 問題の投稿の閲覧数――30万!

 さらに引用返信さえ付いている。


如月レイナ:

おおっ! 先生の質問回答コーナーとは!? 私も質問していいのでしょうか??


 レイナのコメントは深夜1時のものだ。俺は当然、寝ていた。

 うぅ……彼女はこんな時間でもSNSを巡回し、頑張っているのに……。


 それを取り消そうと思っただなんて、情けない……。


フィード:

さてさて、どんな質問が出て、どう答えてくれるのか。興味深いと言わざるを得ません……!


 ああ、フィードも……。もはや逃げられない。

 いまさらやっぱりナシとか迂闊に言い出せる雰囲気ではない。俺でさえその程度はわかる。腹を決めてやるしかないか……。



 そんなことを思いながら、俺はホテルを出てローゼンメイデンへ向かった。

 今日はカリンの指導だ。レイナは朝から別の事務所の子とコラボらしい。


 武道場に行くとカリンがすでに座りながらマナの集中をしている。俺を見つけるとカリンが勢いよく手を振ってきた。


「先生、おはよーっす!」

「おはよう……カリンは今日も元気だな」

「もちろん! あたしはいつも元気だぜ!」


 カリンの性格もあるだろうが、若いっていいことだなぁ……。

 そんなことを思いつつ、俺はカリンの練習をサポートする。まぁ、マナの集中が主だが……。


 カリンはやはりマナの集中、それ自体の上達スピードはレイナより遅い。とはいえ、これは特化能力との兼ね合いもある。カリンの『液状化』はマナの集中と相性が悪そうだ、という見立ては当たっていた。


 だがそれはあくまで比較論の話だ。他の覚醒者に比べれば、断然早い。カリンもレイナも天性の飲み込みの早さがある。


「そういえばさー、レイナから聞いたぜ」

「ん? バトルイベントのことか?」

「いや……質問配信のほうなんだけど」


 ……うっ。

 俺のその顔は表に出てしまったらしい。カリンがからからと笑う。


「妙だなーって思ったけど、なんか事情があるっぽいじゃん」

「それは……まぁ……」


 俺はしょんぼりしながら、事の経緯を説明した。そこまで見抜いているカリンに隠すのは意味がなさそうだしな。まぁ、レイナの配信でその気になったとかは、伏せておこう。根本的なところは酒なのだから。


「というわけでなぁ……」

「あははっ、先生もそういうところあるんだなっ!」

「笑うなよ……」


 しょんぼり。

 カリンにしてみれば笑い話なのだろうが、俺にとっては久し振りの失敗だ。元々俺は泥酔するまで飲んだりはしない。


 だけど酒が入ると……やらなくちゃいけないことを、やってしまうのだ。遠ざけていたことをやり通す、いい機会のように思ってしまう。


 それが今回も発揮されてしまった。リスナーとの交流をしよう! 明日しよう!

 そういう思考回路に陥っていたのだ。


「ま、でもいいんじゃないかな。自己紹介配信の最後は、ドタバタだった感じだし……落ち着いて話が出来る場も必要だぜ」

「そうだよな、そうなんだけど……」


 不安だ。アドリブでちゃんと答えられるだろうか。


「先生にも苦手なもんがあったんだなぁー」


 カリンが能天気に答える。彼女はこういうのに苦労しなさそうだよな。

 年上にも物怖じせず、ぽんぽんと進んでいく。かといって嫌味とかでは全くない。人徳、生まれ持った愛され気質というものだろうか……。


「まー、でも作戦がないわけじゃないけどな」

「作戦……!? もう何かカリンの頭の中にはプランがあるのか?」

「あたしはノリで生きてるから、そういうのは得意なんだぜ」


 自分で認めるな。しかしその言葉は本当にありがたい。世界的配信者であらせられる、カリン様の作戦が真剣に欲しい。カリンがぴっと指を立てる。


「昨日のパンケーキの投稿はレイナの案だろ? あいつはあざといし……そういうのを他人にプロデュースするのが上手いからな」

「そ、そうなのか?」

「で、あたしはあたしのやり方で、先生を盛り上げなきゃって気分なわけ」


 パンケーキひとつから、俺のプロデュースとかまで話が深まるのか……。

 怖いよぉ……。それとも俺がお気楽すぎるだけ……?


 しかしカリンの目は本気マジだった。バトロワの時ぐらい真剣だ。


「……レイナには負けてられねぇからな」


 いや、そこで張り合わなくてもいいんだが……。

 と思いながらも、口には出せない俺だった。

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