第8話 伝説のおっさん、話題になる
あれからレイナとカリンに会って別れを告げ、俺は用意されたホテルで休んだ。
こんなにふかふかのベッドは何年振りだろうな。ちょっと涙が出る。
焼き鳥で軽く晩酌しながら俺はネット上の記事を見た。
そこには早速、今日のことが色々と書いてある。今は様々な情報が本当に素早く広がっていく。おっさんには早過ぎる世界だ……。
『伝説のおっさん、今日の激闘』
『謎過ぎる伝説のおっさんの正体は!?』
『緊急レポート! 伝説のおっさんについて!!』
俺のライブ配信の切り抜きや解説動画もすでに出回っている。
てか、俺の呼び名は伝説のおっさんで決まりなの?
誰だよ、最初に言い出したやつは……。文句を言いたいが、もうどうにもならんか。こうなったらおっさんなのを受け入れ、乗るかしない。
『戦力増に期待感。ローゼンメイデンの株価上昇』
『アナリストは伝説のおっさんこと神谷達也のローゼンメイデン参画により、プラスの影響があると見込む』
これは経済記事だな。こっちはだいぶ真面目だ。
しかし俺がちょっと関わった程度で株価とか動かないで欲しい。怖すぎるわ。
もううっかり居酒屋で酔い潰れたりできないじゃん。
だが、ネット上の記事はおおむね好感触のようだな。市民は単純に強いものを求める。ダンジョンを踏破し、魔獣を倒す覚醒者が生活に直結すると知っているからだ素行に問題がなければ、案外すんなりと受け入れてもらえる。
”こんなに強い覚醒者が世に出るとかいつ振りだ?”
”次の戦いが楽しみだわ”
”期待せざるを得ない”
”ローゼンメイデンの株、買い増しておくわ”
無論、否定的な意見もないわけじゃない。当然だけど、俺の経歴不明な点が不信感を呼んでいるようだ。一般人がデータバンクを探しても、俺の過去は出てこないからな。
”どこに隠れてたんだよ、こんな奴”
”イマイチ信用できないなぁ”
”経歴出てこないのは海外で武者修行してたとか?”
”謎過ぎて怖い”
”全然情報が出てこないんだよな”
その中で一点、SNS上で目を引いた記事があった。
『伝説のおっさん、正体は政府の秘密工作員!?』
その記事の内容はこうだ。自衛隊は秘密の対魔獣部隊を保有しているという。情報統制によりその秘密部隊について一切の情報が出てこないが、伝説のおっさんはそこの秘密工作員ではないか、と。
正解だ。ほぼ満点である。
しかしこの記事は悲しいかな、あまり注目されていないようだ。正しいことが伝わるとは限らないのが今の時代でもある。
さて、当初の後進の育成については進展があった。
レイナという弟子もできた。しかしレイナには配信活動も辞めてほしくはない。
配信活動は単なる資金調達ではない。
今、世界は微妙なバランスの上にある。かつてダンジョンから現れた特異個体や魔獣は人類を限界まで追い詰めた。直接的に殺害された人間はこれまでに約15億人。飢餓や疫病などで間接的に亡くなった人間は約20億人とされている。
そう、今の世界人口は45億人程度。かつて80憶人いた頃から35億人減った。
それでも近年、人類は立ち直りをみせている。しかしダンジョンが存在するという現実は何も変わらない。魔獣も生まれてくる。
ドローンによる緊急脱出が出来るようになったとはいえ、魔獣をダンジョンの外に出せば、大きな被害が出てしまう。その中で人間には希望が必要なのだ。
覚醒者が配信することで、人々は今も誰かが戦っていると認識できる。押し潰されそうな不安があったとしても、ひとりでなければ耐えられる。
配信は人類がダンジョンに挑む不屈の記録なのだ。
ゆえに、これからは俺も積極的に発信をしたいと思う。誰かの役に立たなくてもいい。些細なことでも気を紛らわせることは大切なのだから。
翌日、起きてすぐ早朝のルーチンワークを行う。
呼吸を整えて、ひたすら静かに体内のマナを循環させる。体調確認と鍛錬のためだ。
都心の喧騒も身体のざわめきも遠くなる。
戦闘の場でもできるよう、常に感覚を磨いておかなくちゃな。
――静寂、静穏。
これを小一時間。欠かせないルーチンワークを終え、俺は身だしなみを整えてローゼンメイデンの本社ビルに向かった。
すでに顔パスのようで全く止められることなく、俺は40階の武道場に到着する。今日はここでレイナの鍛錬に付き合うのだ。まぁ、ローゼンメイデンの仕事の前にねじ込んだみたいなので、長時間はやらないみたいだが。
すでにレイナは武道場で練習を始めていた。邪魔しないよう、こっそり武道場の入り口から見守る。
「ふぅー…………」
今日の服装は昨日に比べるとひらひらと可愛らしい。まぁ、今日はダンジョンには行かないそうだからな。こっちのほうが普段着に近いのだろう。
レイナは目を閉じ、マナをゆっくりと体外に展開する。斥力のマナが生まれ、レイナがわずかに浮いた。その高さは数センチ、しかし俺のアドバイスなしでやってみせている。恐ろしいセンスだ。
「高さじゃなくて維持を優先してるのか……」
今、レイナはあえて高く浮かないようにしている。それよりも浮遊の維持を最優先にしているみたいだ。それは正しい。安定的に長時間飛ぶことは何よりも大きなアドバンテージになる。
やがてレイナがゆっくりと目を開き、床に降り立つ。
「見事だ。もうモノにできてるじゃないか」
俺は拍手しながら武道場に入っていく。レイナが顔を輝かせ、お辞儀してくれた。
「いえいえ! 昨日の先生の言葉を思い出して、やってみただけです!」
「ちゃんと出来ていたよ」
「ああ、良かった……! あ、ところでこの服なのですが……」
そこでレイナは言い淀む。
「この後、歌の収録とインタビューがあって。スケジュール的に、その……」
「いいっていいって。それは昨日も聞いてたし」
今、レイナのスケジュールはかなり恐ろしいことになっているらしい。
しかしそれでもレイナはダンジョンに挑むことを止めず、鍛錬も怠らない。それだけでとても立派なことだ。
「……すみません、先生のような達人に比べたら、私は本当なら訓練だけに専念すべきでしょうが」
「俺はそうは思わないな」
そこははっきりと否定しておく。レイナは自分に厳しすぎる。
「歌も人間の大切な文化だ。それに大勢の人間に聞かせられるっていうなら、それは大変な才能だよ。ちゃんと活かしていくべきだ」
「先生……」
「俺は正直、戦い以外に特技もない。レイナに比べれば、芸術的才能はゼロ。趣味も晩酌程度くらいの人間だよ」
言ってて少し悲しくなってきた。しかし、これは事実だ。レイナの才能や影響力は戦いだけじゃない。それ以外も大切な活動だ――人間らしく生きるために。
「ありがとうございます。先生もお酒は飲まれるんですね」
「まぁ、コンビニで買ってきたビールをくいっとは」
そこでレイナがわずかに考え込む。ん? 何を考えてるのだろうか。
レイナの思考を追っていくのは、やはりおっさんの俺には難しい。どうしてもワンテンポ遅れる。
「じゃ、じゃあこのビルの近くに素敵なバーがあって――」
「よおーーっす!! 朝からやってるじゃねーか!」
ばーん!
豪快な挨拶で武道場に入ってきたのは、カリンだった。昨日の今日だが、めちゃくちゃ元気そうだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます