第34話 伝説のおっさんと荒川さん
こうして相対すると、よりはっきりわかる。
荒川さんがどれだけ真剣に鍛錬を積んで、どれほどの高みにいるか。マナの集中だけで言えば、このレベルに達した人間は本当に少ない。
後方の二人は荒川さんの真後ろにいる。いつでも能力は発動できる状態のまま、まだ動かない。
「行かせてもらう――」
短く息を吐き、荒川さんが大地を蹴った。
一直線に距離を詰めてくる。速い。
ほんの一瞬で間合いに踏み込んできた。
そして躊躇なく攻撃に移る。
まず、迫ってくるのは右からの突きだ。
それを俺は右腕で防ぐ。
しかしマナで加速された拳だ。軌道は素直でも、とにかく速い。
俺の右腕に突きが入る。
重い。身体の芯にまで、マナが響く。
受け止めると同時に、俺は右のミドルキックを放つ。
もちろんマナを乗せた一撃だ。荒川さんの腕は攻撃に使っている。
タイミングも完璧。完全に腰へと入るコースだった。
しかし、そう簡単にはいかない。
ギィィィィン!
甲高い金属音のようなもので、俺の蹴りは防がれる。
俺の蹴りが空中で何かに阻まれていた。
見えない不可視の壁――荒川さんの斥力だ。
空中にほんの一点、斥力の盾を生み出し、俺の蹴りを届かなくさせた。
最速で発動し、俺の蹴りを防ぐ強度。
申し分ない盾と言える。
そしてこれこそが、荒川さんの斥力の本領発揮だ。
俺がこれまでの荒川さんの戦い方を分析した限り、斥力の射程範囲は15~20メートル。しかし距離が離れるほど、精度も効率も落ちる。
現にさっきの斥力を飛ばす攻撃は、俺が回避できるレベルだった。
むしろ真価は接近戦での併用だろう。
マナの集中により打撃力を高めて、防御は斥力に任せる。
斥力の展開速度と強度は、俺の一撃にも対応できるんだしな。
「せいっ!」
荒川さんが掌底を繰り出す。だが、真の狙いは俺の下半身だ。俺の残った脚に向けて、斥力を飛ばす。
拳と斥力の二段攻撃。
拳は腕で防ぎ、斥力はマナの集中でガードする。
向かってくる攻撃なら、体内のマナで防いだほうが無駄がない。
掌底と斥力を防ぐのと同時に、俺は宙に残った脚を前に突き出す。
一気に懐へ。
ぶつかっても構わない。
否、それが目的だ。
「――ッ!!」
俺の肩が荒川さんの胸に当たる。
助走なしのショルダータックル。不格好だが、当たる。
とりあえず当たればいい。
荒川さんは腕を戻し、お粗末な攻撃を防御する。
しかし衝撃までは吸収しきれない。そのまま後方へと吹っ飛ぶ。
数メートル後ろの地面に、荒川さんは背をつけた。土埃が舞う。
追撃はしない。まだお互いのマナには余裕がある。荒川さんの後ろにはまだ覚醒者が2人、無傷で残っているしな。
「う、嘘だろ……。荒川さんが、こうもあっさり……」
「何年振りだ、こんな光景……」
後方の2人が声を絞り出す。彼らは荒川さんの実力をよく知っているがゆえに、信じられないのだろう。しかし動揺は命取りとも言える。
動揺はマナの乱れに繋がり、敗北に直結する。だがそれを荒川さんが一喝する。
「うろたえるな。ダメージはない」
荒川さんがコートを払いながら立ち上がる。まぁ、今のは一撃入れるだけだったからな。ダメージまでは期待していない。
斥力の限界を見極めたかっただけだ。
「もしやと思ったが、下半身も完璧に防げるんですね。マナの流れが全身、恐ろしいほどにスムーズだ」
「……それを確かめるために、今の攻防を?」
「俺は両腕しかコレができないのでね」
荒川さんが再び構える。その腕には、さっきと全く同レベルの、重厚かつ危険なマナが集約されていた。背中を地につけたというのに、乱れが一切ない。
やはり、強い。精神面でも完成の域にある。
だが、今ので推測でしかなかった点に確信が持てた。
荒川さんの斥力の詳細は、多分こうだ。
空間の指定した一点に斥力を生み出す――斥力の点の大きさと強度は自由自在。しかし、点が大きければマナの消費も大きくなるのだろう。あるいは展開が遅くなるのかもしれない。
そして斥力の点は、同時に複数展開できない。インターバルなしの展開も無理だな。もしできていれば、俺のショルダータックルも斥力で防いだだろう。
とはいえ、かなり無茶苦茶な特化能力だ。樹木を破壊する斥力を、コンマ秒レベルで撃ってくる。そのうえ、斥力のガードは正確かつ強力無比。俺の一撃を防げるということは、少なく見積もっても対物ライフル程度は余裕で防げるだろう。
「第二ラウンド――」
荒川さんが息を整え、再び迫る。動きはコンパクトで、隙が少ない。
間合いギリギリから小技を浴びせてくる。
だが、今度は荒川さんの後ろが動いた。
強化の特化能力者が荒川さんにマナを向ける。
「どうだ……!?」
動き自体はさっきと変わらない。
しかし拳が数段、重い。
「……くっ」
これが後ろに控えていた彼の能力だ。彼の発動させた『硬質化』が、荒川さんの打撃力を上昇させた。
このレベルの戦いでは、ちょっとした強化だけでも、ずいぶん違いが出てしまう。
攻撃を受け切るため、俺はさらなるマナの消費を強要される。
ジャブ、ローキック、掌底……。
荒川さんは無理をしない。軽い技の連続だ。
それでも一撃が重い。身をよじって避けた手刀が、樹木に当たる。
ドゴォッ!!
轟音を立てて、樹木がへし折れる。
とんどもない破壊力だ。
「やはり単純な強化は有効なようですね」
「まぁな、あんたぐらいの相手に使われると厳しい」
「ご冗談を。まだあなたに、ダメージは入れてないですよ?」
そして最後のひとりが動き出す。
「絡め取ってやる……! 効いてくれよ!」
粘液の特化能力者が両手を上げ、マナが放たれる。
同時に、俺の首元まで水に濡れたような感覚が走った。
俺の身体の数か所に、透明な水が張り付いている。
『粘液』が発動したのだ。これも事前に予習している。
「だからと言って、避けられる能力じゃないんだよな……」
「その通り。この系統が有効なのも、確認済みです」
今、俺に向けて発動されたのが『粘液』だ。射程内の相手に向けて、強制的に粘液を浴びせる。効果は速度低下とマナの消耗――回避不能だ。
バトロワの時、フィードが連れていた『拘束』と同一系統の能力だな。あれ程、強力な行動制限ではない。しかし厄介なのは、マナも奪い取っていくということ。発動し続ければ、確実に相手を消耗させることができる。
張り付いた粘液にマナの集中を回す。これである程度、効果は低下させられる。
さらに、荒川さんとの攻防に回すマナがなくなる。
だが、荒川さんは決して踏み込まない。
牽制技を続け、俺のマナを削り取っていく。
「正直、ここまでやってようやく土俵に立った気分ですよ」
「そりゃ俺を過大評価し過ぎだ」
「……いや、過小評価だったかもしれませんね」
――――
荒川小隊の能力詳細
特化能力:粘液(B級)
射程:100メートル
効果:対象の人間ひとりの肉体に粘液を張り付ける。粘液は重しのように速度を奪い、さらにマナも持続的に消耗させる。粘液自体にダメージはないので、遠距離攻撃ではなく妨害系に分類される。粘液の付着は強制的で、回避不能。物理的に引き剥がすこともできない。しかし粘液は火や電撃、冷凍等に対して非常に弱い。
レイナのメモ:じわじわとこちらを邪魔してくる能力です! 攻撃を受けたら、一旦離れましょう。射程距離を超えれば、自動的に粘液は消えます。
特化能力:硬質化(C級)
射程:数十メートル
効果:対象の人間ひとりの肉体を硬質化させる。単純な攻撃力と防御力を上昇させる。自分にも使えるが、他人に使っても効果があまり変わらないという特質を持つ。そのため、自分より格上の味方に使うのが効果的。
レイナのメモ:小隊での戦いでは誰に発動しているか、要注意です。倒したと思った相手がピンピンしてた……では泣くに泣けません。今回、私たちのチームに同系統の能力者はいませんでした(先生を強くできたら、マズいですよね?)
特化能力:急加速(D級)
射程:数メートル
効果:自分を含め、射程内の物を急加速させて運べる。しかし加速の度合いと重量に比例してマナの消費が高くなる。また、一度に加速できる最大重量の限界は大人4人ほど。
レイナのメモ:この系統の能力はバトルイベントでは強力ですので、人数は常に少なめです。今回、私たちのチームに同系統の能力者はいませんでした(先生を運べたら、強すぎますよね?)
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