第37話 伝説のおっさんと嵐
なんとか凌ぎ切ったか……?
拳のマナを弱め、俺は荒川さんから離れた。
俺の身体についていた、粘液の塊が消えている。
荒川さんからも硬質化の影響がなくなってるな。
荒川さんがマナを弱め、ゆっくりと下がっていく。
再び会場全体にアナウンスが流れた。
「ピピーーッ!! インターバルです! 戦闘を中断してください!」
でもまだ終わってはいない。インターバルは2分だけだ。
休息も大事だが、集中を切らしてはいけない。
レイナのおかげで粘液と硬質化の人たちは退場になった。
でもまだ荒川さんが残っている。
インターバル明けに即KOされたら悲しすぎる……。
「……レイナさんがここに来たということは、ウチは苦戦中ですかね」
荒川さんが指先を動かし、ドローンからホログラムを表示させる。
表示されるのは両チームの残り人数だ。
こちらは残り8人。荒川さんのチームは残り7人。
最初は15人対20人だったので、だいぶ差が縮んだな。
「なんとか間に合いましたね……」
「バッチリだったぞ」
俺が荒川さんと膠着している間に、レイナが空から奇襲してくれた。
後方の二人はそれに対応できず、即座に退場させられた。
マナの爆発のもうひとつの危険性は、横槍に弱いことだ。
極度に集中しないといけないし、そうなると他からの攻撃に脆くなる。実際、あそこまで強引じゃなければ、もう少し粘れただろうな。
荒川さんが顎に指を当て、俺を見る。
「ひとつだけ、確認したいことがあります」
「ん……? どうぞ」
「あなたの特化能力は、逆境〇のようなモノですか?」
なんだ、その例えは。
全然知らん……。
俺の表情を見て、荒川さんがやや困った目になる。
「ああ……そうだ、ゲームはやらないんでしたね」
「レイナ、わかるか?」
「わかりますよ! 某野球ゲームで7回以降、負けている時にオートで強くなる能力です。ミートとパワーに+15されます」
「めちゃくちゃ詳しいな……」
荒川さんなんて、頷きながら拍手してるぞ。
「さすがローゼンメイデン所属。まぁ、これはちょっとした嗜みです」
「そうなのか……」
野球のルールはわかるが、野球ゲームはわからん。
でも俺の特化能力の例えとしては、ほとんど正解だな。
「まぁ、でも当たりだ。ゲームの後半戦じゃなくても発動するが」
「やはり……気のせいじゃなかったのですね」
俺の特化能力は、ダメージを受けるごとに基礎能力が向上するって感じだ。このダメージには、体力だけじゃなくてマナの消耗も含まれる。
しかしちょっと消耗したぐらいじゃ、大した効果はない。
追い込まれるほど、基礎能力の上昇幅も大きくなる……気がする。厳密な測定が難しい能力なので、あくまで俺の感覚でだが。
政府がくれた、この特化能力の正式名称は
俺は火事場の馬鹿力でいいと思うんだけどなぁ……。
「カウンター型の自己強化とは、非常に珍しい……。でも、あなたほどの基礎力があってのモノでしょう」
荒川さんが俺の想いをそのまま代弁する。
まぁ、強いかどうかで言われると……前提として、あまり強くない。
俺も強みを実感するまで何年もかかったしな。
「さて……そろそろインターバルも終わりか」
「余力はもうほとんどありませんが、最後まであがきますよ」
荒川さんは話しながらも、集中は切らしていない。
マナの探知で、研磨されたままなのがわかるからな。この辺りの集中力の維持はさすがだ。
全体の状況も、俺たち有利で――ん?
そこで俺はわずかな違和感に気付く。フィールドの濃厚なマナに、揺らぎがある。安全地帯の外れから、ここに近寄っているような……。
参加者にしては、少し妙な感じだ。
そもそも安全地帯に参加者はもういないはず。
でも何かが……動いているような?
俺はマナの探知に意識を振り向ける。
フィールドに残った参加者は15人。
12、13、14、15……。ここと離れた位置に点在してる。
今回の参加者の反応は、これで全部だ。
じゃあ、この感覚はなんだ?
小鳥とかがフィールドに入り込んだのか……?
「先生、どうかしましたか?」
「いや……何か、参加者以外がフィールドにいるような」
「たまに野良猫や鳩が入り込む例はある」
荒川さんもレイナも何気なく話す。
気付いていないのか、俺が気にしすぎているだけか。
何もないなら、それでいいんだが……。
だが、その瞬間――全身を悪寒が襲った。
膨大なマナの出現。
マナの嵐が突然、現れた。
揺らぎがあったところだ。
鳥肌が一気に立つ。
これは気のせいじゃない!
「なっ、先生……これは!?」
「ど、どういうことだ?」
荒川さんとレイナも気付く。
そうだ、気が付かないはずがない。
こんな嵐のような、マナの奔流――覚醒者じゃない。
完全に魔獣だ。しかも強い。
ずっと隠れていたということか。
でも、なぜ?
何が目的で……。
そこで俺の思考が叫ぶ。
マズい。マナの嵐がますます巨大化していく。
このマナは……完全に俺のマナの総量を上回っている。
S級魔獣だ。
しかも隠れていたのなら、こいつには知性がある。
「ふたりとも、逃げ――ッ」
言葉が切れる。
地平線から紅の閃光が走るのが、見えた。
俺と、荒川さん、レイナの胸元に向かってくる。
かろうじて見えたのは、三筋の光のみ。
それは音速を遥かに超える、圧縮されたマナの軌跡だった。
「くっ……!!」
俺はなんとか上体をそらし、肩で受ける。
だがあまりの貫通力に、受け流しきれない。
熱い。紅のマナが俺の肩を貫通する。
他のふたりは?
だめだ、命中してる。
倒れている……。
死んだ?
わからない。即死ではないと信じるしかない。
そして、岩山が爆ぜた。
大気を焼く熱がここまで伝わってくる。
溶けた岩山から……マナの嵐、その本体が姿を見せた。
同時に、嵐が収束していく。
細身の、黒の毛皮をまとった人型魔獣。
俺はそいつを知っている。正体を知っている。
「イジャール……!!」
「久しいな、カミヤ」
何の感慨も表情を見せず、イジャールが前に進む。
16年前、九州で26万人を殺した魔獣。
炎を操ることから、業火の双角と名付けられた特異個体。
それが、今……消耗しきった俺たちの前にいた。
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