第36話 荒川、ゴングを聞く
足場を斥力で粉砕し、さすがの達也も構えが乱れる。
バトロワの時は誰も出来ず、やらなかった手段を、荒川は即座にとった。
達也の戦闘力は突き詰めると、格闘のみ。
立っているところを攻撃されては、体勢そのものが維持できない。
だが、苦し紛れでしかない。
こんなのは下の下だ。大した意味はないと思いつつも、隙を作るためにやらざるを得なかった。もしかすると、百に一つくらいは効くかもしれない。その程度だ。
荒川にとって、この突撃そのものが分の悪いものだった。
たった数分の戦いで、それを痛感していた。
心技体、どれをとっても達也は強い。
荒川がこれまでに戦った、どの覚醒者よりも凄みがあった。
「そこだっ!!」
そして機を逃さず、荒川が右腕で右ストレートを放つ。
硬質化もフル出力で発動している。この攻撃力は今までで最大だ。
あとは根比べだ。体勢を崩した達也が、凌ぎ切るかどうか。
だが、達也は予想外の行動に出た。
なんと真正面から、手のひらで荒川の拳を受け止めたのだ。
「――ッ!?」
命中だけはした。だが、達也にとってダメージではない。
マナが凝縮した手のひらで防がれている。
(どういうことだ……? まさか、気が付いたのか!)
一瞬の時の流れの中で、荒川は認識した。
砕かれた土が宙を飛ぶ。達也が、荒川の拳を手のひらで包んだ。
握られた。
荒川は戦慄する。
これまで、荒川は達也に掴まれることを拒否していた。
上腕でも足でも、上半身でも……。
打撃が当たるのはいいが、掴まれるのはマズい。
なぜか。
斥力は、空中にしか生み出せないのだ。
これは荒川の特化能力の肝なので、フィードにさえ伝えていない。
荒川に接触するように斥力は作れないし、何かの内部にも作れない。
あくまで空中の点でしか、斥力は発生されられない。
もっとも、これで困ることはほとんどない。
掴まれた部分に斥力は出せなくても、相手の他の部位に斥力を当てれば済むからだ。それで普通は拘束が外れる。
だが、達也は違う。
どこに斥力を当てても、怯みもしない。
しかも地面に向けて、大出力の斥力を放った直後。
わずかな能力のインターバルを見逃さず、達也は最適解を選んできた。
(斥力が使えるようになるまで、待つべきだったか? だが、その数瞬で体勢を戻されたら――)
荒川が斥力を使えないまま攻撃してくるのを達也は待っていた。
そして、掴まれた。
達也の猛烈なマナが、拳に伝わる。達也の手のひらと指だけでも、荒川の拳を破壊するには十分だ。マナで防がなければ、拳にひびが入る。
「ぐぅぅぅっ……!」
マナの集中の恐ろしさは、接近戦。さらに格上に掴まれるのは最悪だ。
そのまま握り潰される危険があるのだから。それを久しく忘れていた。
決して近付けない斥力という盾。
マナの集中という万能の矛。
それらをもってしてもなお、達也が上回った。
達也はマナの強度を上げていく。
荒川もダメージを防ぐため、マナを使わざるを得ない。
無意味に、時間とマナを消費させられる。
まだ達也の体勢は不完全だが、攻撃の手段がない。
やっと使えるようになった斥力で、達也の腕を狙う。
「わずかな目線の動きで、わかるぜ」
生み出した斥力は、むなしく達也の腕の表面を撫でるだけだ。
やはり、一度掴んだ相手を離すほど甘くない。
粘液も、硬質化も、斥力でさえも。
達也に確固たる効果は与えられないでいた。
マナがすり減る。消失していく。
確実な敗北が近付いてきた。
達也のマナも急速に減っていく。
しかしその中で、荒川は気付いた。
お互いにマナを消耗していく状況下。
荒川でさえ焦りを必死に抑え込んでいる、なのに……。
達也のマナはより鋭く、重厚になっている。
まるで奥深くに眠っていた、マグマが胎動するかの如く。
(そう言えば、伝説のおっさんの特化能力は何か……と話題になっていたな)
配信上で、達也は自分の特化能力を説明したことはなかった。
しかし、何かを撃ち出すタイプには見えない。
恐らく自己強化の類だろう、と荒川は思っていた。
シンプルに身体能力や知覚の強化か。ネット上の意見もほとんどそうだ。
荒川自身、そこはあまり深くは考えていなかった。
戦歴が少なすぎるし、自己強化の能力はどのみちわかりにくい。
しかし今、荒川の背筋が震えた。
(彼のマナが減るほど、より力強くなっていく……!)
歴戦の荒川には覚えがあった。
カウンター型。自己が不利な状況でのみ、発動する特化能力だ。
正直、あまり強くない。限定された状況でしか発動しない、というのがまず弱いからだ。格上に一発ノックアウトされては意味がない。
カウンター型の自己強化。
使いこなすのは非常に難しい部類だ。強くないどころか、ハズレの部類でさえある。
(だが、そうでなければ……説明がつかない!)
今や、達也と荒川には明確な差が出来ていた。
全てのマナをぶつければ、相打ちには持ち込めるだろう……そう考えていた。
その望みはもう、ない。
消耗すればするほど、達也のマナは輝きを放つのだから。
そして、もう一つの決着もついていた。
「うぐぁっ!」
「ぐわっ!」
背後から仲間の悲鳴が聞こえる。
意識をほんの少し、外に向ける……レイナだ。
彼女が戻ってきていた。恐らく、全体の戦いに目処が付いたのだろう。
間に合わなかった――。
そう、結論付けるしかない。
荒川が敗北の足音を聞いた、その瞬間。
会場全体に機械音声が響く。
「ピピーーッ!! インターバルまで、あと5秒! 戦闘を中断してください!」
いまさらと思い、荒川は苦笑する。
「おっと、そんな時間か……」
「ええ、ゴングに救われた形ですね」
達也はもうマナを弱め、離れられるようにしていた。
ここに至ってもルールをきちんと守るのが、一流の証だ。
もちろん荒川もマナを弱める。内心で、敗北を認めながら。
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