第4話 伝説のおっさん、見学する

「とりあえず見ていくだけでも」


 レイナに連れられて馬鹿でかいビルに到着する。


 ほわー。エントランスも高級ホテル顔負けだ。霞が関の官庁より洗練されている気さえした。だがレイナは臆することなく、すいすい進んでいく。


「失礼しまーす……」

「先生、ここは私の所属している会社のビルですよ? もっとお気軽に」


 いやいやいや。めちゃくちゃ警備員いるし、監視カメラだって何台あるんだよって感じだぞ。そんなお気軽な場所ではない。


「レイナの所属しているローゼンメイデンだっけ? めちゃくちゃデカい会社なんだな……」

「ダンジョン攻略企業としては、国内第3位ですね」


 うーむ、大手企業だなぁ。

 それから俺はレイナからローゼンメイデンのことを教えてもらった。


 ローゼンメイデンはダンジョン攻略をメインにした企業としては、もう老舗だという。覚醒者が設立して成功した企業だが、収益の柱は配信やグッズ販売。マナ素材はそれほど積極的に狙わず、魔獣討伐の比重が高い。所属する覚醒者のブランド化に注力している……など。


 所属する覚醒者は26人。人数はさほど多くはないが、全員が相当な実力者、精鋭揃いだとレイナは胸を張る。最大の特徴は所属する全員が女性であること。アイドル的な人気もあるという。


 とまぁ、急いで頭に入れた知識はこんな程度だ。

 にしても都内の一等地にこんだけのビルを建てるとは、まさに本物の大企業。

 自衛隊の公務員としてやってきた俺なんかとは、何もかも別世界だ。


 レイナのおかげでビル内は全て顔パスで進み、中央エレベーターに乗る。

 だだっ広く、外を眺めれるエレベーターでふたりきりだ。


 レイナがすっと金髪をかきあげる。たったそれだけで絵になる華麗さだった。


「……先生は、どうやってそれほどの強さを手に入れたのですか?」

「ん? んーん……」


 詳しいことは機密情報なので言えない。自衛隊を辞めたからといって、喋っていいことにはならないのだ。なので、どこまで言っていいか難しい。


「ひたすら鍛錬と実戦かなぁ……」

「やはり、それしかないですよね……。はぁ、お恥ずかしながら最近の私は伸び悩んでいまして……」

「それで俺の弟子になろうとしたわけか」

「自分だけだとどうしていいか、よくわからないので……うぅ……」


 覚醒者の壁。それは非常によくある話だ。特化能力に目覚めた最初の頃は、試行錯誤と勝敗を経験するうちに勝手に強くなれる。真面目にやれば、誰もそうだ。


 しかし特化能力に馴染み、戦闘スタイルが決まってくると成長は鈍化する。

 特化ゆえに、それぞれ個人での手さぐりになってしまうからだ。似たような特化能力持ちがいないと参考にならない。


 レイナの重力操作はとてもレアで、しかも強力だ。前にヨーロッパでひとり見たことがあるが、それ以外は俺も知らない。

 重力操作の覚醒者はもしかすると、日本でレイナだけかもしれない。それほどレアなのだ。とはいえ、俺にはこれまでの経験がある。参考になれるかもしれない。


「いくつか方法はあるが……」

「あ、あるんですか!?」


 ちょうどエレベーターが40階に到着する。ここから上がVIPフロアであり、ローゼンメイデンの中核ともいえる場所らしい。


 レイナはエレベーターから降りてもなおも興奮気味だった。


「先生、教えてください!」

「レイナのメインの攻撃方法はあのブラックホールだよな?」

「え、ええ……そうです」

「あれってマナのガードがないと、一切の物理的抵抗を無視して削り取る――で合ってるか?」

「当たりです、仰る通りです!」


 じゃあ、俺の知っている重力操作と大きな違いはないな。

 というか、やっぱり重力操作ってだいぶめちゃくちゃな特化能力だ。マナの攻撃はマナで防げる。しかしマナで守っていないと、あのブラックホールで即死だ。

 俺の右ストレートとは別格である。


「吸い込むだけじゃなくて、弾く力も生み出せるよな」

「斥力ですね、できますが……。ブラックホールのほうが強いので、ほとんど使いません」

「そりゃそうだ。弾き飛ばすだけより、削ったほうが強い。魔獣の身体は硬いからな」

  

 なので、弾き飛ばす斥力で大ダメージを狙うのは難しい。

 俺の知っているヨーロッパの重力操作持ちも、同じ考えをしていた。だがブラックホールだけだと攻撃が単調化する。そこで俺も一緒になって新技開発の協力をしたわけだが……。


「自分を斥力で浮かしたりはやってみたか?」

「え? 試したことはありませんけれど……」


 というところで、俺たちは40階のロビーに着いていた。受付の人以外、誰もいない。うーむ、とはいえ実践はここでやらないほうがいいよな。さすがに危ない。


「どこかもっと広い、訓練場みたいなところがあればいいんだけど……」

「あります! すぐそこです!」


 レイナが俺の手を引っ張る。どうやらすぐ試したくてうずうずしているようだ。

 というわけで、ローゼンメイデンの訓練場を借りることにする。



 同じ40階に武道場があった。かなりの広さだな。きちんと面積も設備もある。というか、こういうのがポンと出てくるのが凄いんだよな。


「そ、それでさきほどの続きを……!」

「ああ、そうだな。斥力をかなり弱めに、浮くようなイメージでできそうか?」

「やってみます!!」


 さっきまでふらふらだったのに、かなり元気だ。自己回復力も相当なもの、らしい。まぁ、興奮で収まらないのかもしれないが。


 レイナが両手をかざし、目を閉じる。


 ――感じる。レイナの脚と背中にマナが集まりつつある。

 しかしかなりバランスが悪い。慣れない能力の行使だから当然ではあるが。


「背中をもう少し強めに」

「は、はい……!!」


 レイナは素直にマナを調整する。その後も脚のほうのマナをずらしたり、弱くしたり……試行錯誤を繰り返す。


 やがてレイナの身体が斥力によってふんわりと宙に浮いた。

 ほんの50センチほどだが、確かに浮いている。


「できました! 浮いています!」

「おめでとう、短時間でモノにするなんてさすがだな」

「いいえ、先生のおかげです! これを使いこなせば、空も飛べます!」

「おう、機動力がぐんと上がるはずだ」

「これなら曲芸飛行をしたり、上空から雨のようにブラックホールで爆撃したり……色々とできますね!」

「そこまでは言ってないんだが?」


 まぁ、伸ばしていくならその使い方で合ってるけど。

 ぱっと応用を思いつくのもレイナのセンスと言えるだろう。


「でも、ありがとうございます! ああ、なんだか希望が見えてきた感じです!」


 着地したレイナは今にも踊りだしそうなほど上機嫌だ。いや、マナが枯渇した状態でそんな興奮したら――。


「あっ」


 案の定、レイナはふらついて倒れそうになる。そこに俺は滑り込み、抱きとめる。

 よし、なんとか間に合った。


「危ないぞ」

「は、はい……ごめんなさい、先生」

「そろそろちゃんと休んだほうがいい。マナもほとんど残ってないし」

「そう、ですね……」


 レイナが潤んだ瞳で俺を見つめる。頬も赤くなって、目も閉じて……。

 えーと……なんだこの雰囲気は。訓練だぞ、これは。


「おーい、何やってんだ! レイナ!」


 背後から女性の声が響く。そこでレイナがばっと俺から離れた。振り向くと、そこには背の高い黒髪でポニーテールの美女が立っている。


 身長はかなり高めで170センチを超えており、勝気で野性的な笑みを浮かべていた。しかし問題はそこではない。

 問題は、たわわで大きな胸――上半身はビキニ、下半身はフリルの水着で、物凄く際どい。真夏の海岸と間違えているだろ。ビルの中で歩く服装じゃない。


「……カリン、何の用ですか?」


 どうやらレイナと顔見知りらしい。まぁ、このフロアにいるならそうか。部外者がいるはずもなく、カリンもローゼンメイデンの関係者ということだ。


 上を指差しながらカリンがにやりと笑う。


「社長に言われてさ、ちょっとそのおっさん試して来いって」

「俺……?」

「そう、社長は納得してねーんだよ。伝説のおっさんだかなんだか知らんけど、ウチは少数精鋭でね。ダンジョンで1回戦っただけで、認めるわけにはいかないってこと」

「先生に無礼ですよ、カリン……!!」


 レイナがカリンを睨みつける。いや、でもカリンの言い分は正しい。

 このビルに入れてくれたのはレイナだが、ローゼンメイデンという企業として俺を迎え入れるかはまた別の話だ。ネットで調べても俺の情報は出てこないだろうし。


「まー、でも相応の実力はありそうだから、面倒な試験はナシでいいってさ。あたしと戦ってくれりゃそれでいい」

「……勝たなくちゃいけないのか?」

「ヒュー、言うねぇ。あたしに勝ったら日本の覚醒者トップ10に入っちゃうぜ。合否は社長が戦いを見て決めるらしいから、あたしは知らねーな」


 カリンが指を回すと、背後からドローンが現れる。このドローンを通してローゼンメイデンの社長が見ている、ということだろう。


「ついでに面白そうだし、配信するけどいいよな?」

「構わないぞ」

「先生、でも……!!」

「わかってる。カリンが相当強いくらいはな」


 カリンからマナの激しいうねりを感じる。ぱっと見ではあるが、カリンの実力は恐らくレイナと同格――S級ぐらいか。20代前半だろうが、かなり鍛え上げている。実戦経験も豊富に違いない。


「んじゃ、配信スタートっと……」


 カリンが言って、構える。武器は持っていない。しかしレイナと同じで指と胸元にマナの反応がある。マナを超常現象に変換するタイプだろう。


「これも試験のひとつだな」


 しかしわかっていたことだ。実績のない俺は積み重ねていくしかない。

 誰が相手であろうと、臆しては始まらない。俺を試すなら好きに試せばいい。


”なんか急に始まったぞ”

”伝説のおっさんとカリンのガチバトル!?”

”おいおいおいマジかよ”

”カリンちゃーん!”

”カリンに勝てるわけないだろ!”

”こーれリンチです”

”さよなら、伝説のおっさん”

”おっさん、死んだか?”

”伝説のおっさんが終わった件”

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