第3話 伝説のおっさん、帰還する
「弟子になるためなら、なんでもしますから!」
「ああ、いや……」
俺は頬をかく。彼女がどういう人物かは知らない。しかし相当な使い手だ。
俺の弟子――になる必要があるか疑問なんだが。
彼女の覚醒者としてのランクは恐らくS級だろう。
日本でも現役のS級覚醒者は20人ほどか。S級になるには10年を越える鍛錬と類い稀な才能、常軌を逸した覚悟が必要だ。
彼女はそこまで辿り着いた逸材のはずである。
「だめですか……!?」
「うっ……いや、だめじゃない。わかったよ」
「よかったぁ! ありがとうございます!」
ぱぁっと彼女が顔を輝かせる。笑うと本当に綺麗としか言いようがないな。
俺のようなおっさんとは月とスッポンだ。
「ええと、自己紹介がまだだったな。俺の名前は神谷達也だ」
「あっ、そうでしたね……。ローゼンメイデン所属の如月レイナです。レイナって呼んでください。よろしくお願いします!」
ううむ、まぶしい……。目が潰れるぅ。これが若者のオーラか。
おっさんにはまぶしすぎる……。
いやいや、気圧されている場合じゃない。ここはまだダンジョンの中だ。
「……で、とりあえずどうする? 地上に戻るか」
「そうですね、まずは戻りましょう……」
レイナがのそっと這う。どうやらまだ立ち上がれないみたいだ。あまりここで長居するのは得策じゃないな。
「悪い、ちょっと持ち上げるぞ」
「きゃっ!」
レイナをすっとおぶる。
「あっ……」
「少しの間、我慢してくれ」
「だ、大丈夫です! 動けなかったのは私のほうなので。ご迷惑をおかけしますっ」
「いやいや、気にしないで」
ほっ、どうやら嫌われたりはしなかったようだ。ちゃんと自分がどういう状態か判断できるということだろう。
「でもここから外へはかなりの距離がありますが……」
「来るときはどうしたんだ?」
「重力操作して、ぱーっとダッシュで。今はマナがなくて、できませんけれど」
俺なんてただ走ってきたのに。本当に便利だな……。
しかし帰るだけなら方法はある。
俺は拳にマナを込め、思い切り空間を殴った。
「よっと!」
「は……………?」
さっきと同じようにぱりんと空間が割れ、紫のゲートが出現する。
「これは…………え? もしかして、ゲートを作ったのですか?」
「あの魔獣を倒して、今この辺りはマナが充満してるしな。それと俺自身のマナを利用して、ちょちょいって」
「…………そ、そんな気軽なものではないと思いますけれど」
「そうか? 慣れればレイナもできるようになる」
「ええと……はい、弟子入りして本当に良かったです……」
なんだかしみじみと言われる。そんな高度なことでもないと思うんだが。
国連時代は誰でも出来たし、使って当たり前みたいな技術だった。
だけどどうも民間では違うらしい。使えるようになれば帰りに楽だし、便利なのに。
「ま、これでダンジョンの外だ」
俺とレイナのドローンも近くに寄ってくる。これで忘れ物はない。
俺はそのまま一歩踏み出し、紫のゲートに入っていった。
暗転――空間が歪む。
そして無事に地上に帰還した。
「ぴぴ! ダンジョンの外に出ました。動画撮影、配信モードを終了します!」
なるほど、ダンジョンの外に出ると自動的に終わってくれるのか。
必要ない部分はそのまま動画撮影しないってことだな。ありがたい。
見回してみると、ここはどこかの公園だな。芝生と遊具、遊歩道がある。
位置は秋葉原からそれほど離れていないはずだ。
「あっと、今降ろすよ」
「は、はい……」
レイナを芝生の上に降ろす。ちょっとふらふらしているが、レイナはちゃんと立っていた。どうやら少しは回復したみたいだ。
無事に帰還ということでいいだろう。ダンジョンから戻るまでが探索だからな。
「ありがとうございます。多分、外では凄い騒ぎになっているでしょうね……」
「そうか?」
ダンジョンにいたのは数十分程度。大きなケガもないし、ダンジョン内で助け合うのは当たり前のことだ。騒動にはならないと思うが……。
「ドローンが言っていましたが、先生も配信をされていたんですよね?」
「経歴書代わりにと思ってね」
「……確認されてみてはどうですか?」
レイナがなんだか意味深な顔をしている。まさか、何かマナー違反でもあったのか? そんなヤバいことはしていないはずだけれど。俺はドローンに呼びかける。
「えーと、配信の記録は見れるか?」
「ぴっぴ! はい、表示いたします!」
俺のチャンネルのデータがホログラムで表示される。
「…………なんじゃこりゃ!」
再生数がもう20万回!? 配信中のコメント数が……3000回!
チャンネル登録者も10万人を突破してる!
自己紹介も何もない、ライブ配信記録がひとつあるだけなのに!
……信じられん。唖然とはこのことか。
レイナはなんとなく、こうなっているとわかっていたんだな。
「とんでもないことになっていないか?」
「SNS上でも色々と……話題になっていますね……」
レイナに言われ、俺はSNSも確認した。
『謎のおっさんが最強魔獣を撃破!』
『冥王如月レイナの窮地をおっさんが救う!』
『おっさんが強すぎてSNSでも話題になる!』
あーあー、これはSNSで話題になってさらに盛り上がっちゃうパターンだな。
ていうか、レイナってそんな有名人だったのか?
あんまり若者向けのメディアとか見ないからわからん。
というか、どこでも俺はおっさん扱いなんだな。
ちょっと悲しくなる。反論する気もないおっさんゆえ、なおさら悲しい。
誰も好き好んでおっさんになるわけじゃないのに……。やめよう、この話は考えると一層悲しくなってくる。
「ええと、先生は普通のおっさんではないですよ? それに柔軟剤でとてもいい匂いがしますし」
「いや、それは最低限のみだしなみってだけで」
はぁ……とため息をつく。
この歳になって殊更に注目を浴びたいわけじゃない。
俺がやりたいのは技術の伝達とか後進の育成とかなのだ。その過程として露出するのはいいが、逆転してしまうのはよくない。
「考えても仕方ない。とりあえず君を送っていくよ」
「ええと、私の事務所兼自宅はすぐそこでして」
レイナがすっと公園の隙間から見える馬鹿でかい超高層ビルを指差す。えー、50階はあるぞ。金持ちだな……。
「むしろ先生のご自宅はどこですか? タクシーをお呼びします」
「……自宅は、その……」
俺は目をそらした。実は俺の家は自衛隊の基地内にある。もう辞めるので、早々に出ていかないといけない。
荷物らしい荷物もほぼないので、それはそれでいいのだが……季節は今、3月。
辞めてから物件確保すればいいや! と考えたのが運の尽き。目をつけていた物件は全滅で、しばらくホテルで暮らす羽目になりそうなのだ。
「色々なミスで、ホテル暮らしになりそうなんだ」
「まぁ……! では、ちょっと寄っていかれませんか? 実はあのビルには部屋に空きがあって、住む人を探しているんです」
「ご厚意はありがたいけど、あのビルにすんなり入居は厳しくないか?」
どう考えても審査厳しそうだが。カテゴリーとしては無職の俺なんか門前払いだろう。ついでにいえば、家賃も高そうだ。
ある程度の貯金があるとはいえ、あまり家賃に使いたくはない。
「そこは問題ありません。あのビルでフロアごと私が買っていますから。誰も文句は言わないはずですっ」
「…………」
ヤバすぎ。世間に疎い俺でもそれくらいはわかる。
どんだけ金あるんだよ……。
如月レイナ、もしかしてとんでもない人物を弟子にしちゃったのでは?
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