第2話 伝説のおっさん、弟子を取る
俺は事前に調べていたF級ダンジョンへ到着した。
秋葉原の雑居ビルの角に、魔力と空間の揺らぎがある。その紫の歪んだ空間がダンジョンへの入り口だ。
「……ダンジョンも1年振りか」
なんだか感慨深いな。やっと、やっとだ。
基地内の訓練から、やっとダンジョンへ挑める。
だがF級ダンジョンは魔獣もいなければ、高価な素材もない。
まぁ、それはどうにでもなる。
とりあえず、今日は初日だ。
気負わずにならし運転のつもりでいこう。そう、今はただ挑みたい。
俺は息を吸い込み、紫のゲートをくぐる。
一瞬、視界が暗転し――俺はダンジョンの中にいた。
青と紫の樹木が広がる、広大な異次元の空間。それがこのF級ダンジョンだ。
魔獣もおらず、穏やかな空間である。
真昼でも秋葉原なためか、ちょいちょい人がいる。ウォーキング、ヨガ、ゴルフの練習……。要は運動する人しかいないな。平和そのものだ。
さて、俺もやるか。
軽く準備運動をし、身体にマナを行き渡らせる。
マナを身体強化に使うのは、基本にして奥義だ。どれだけ無駄なく、効率的に使えるかで全てが決まる。
よし、とりあえず走るか。
俺は脚に力を込め、疾走する。
”速すぎるおっさん”
”はっっや!!”
”悲報、おっさんの足が速すぎる件について”
”マナ残量もほとんど減ってない”
”草 化け物”
”バグでしょ……(震え声)”
”Dウォッチにそんなバグあったら大騒ぎだよ”
試運転にとりあえず10キロ走った。
えーと、だいたいかかったのは5分くらいか?
時速100キロは出せたか……まぁまぁだな。
”どうすんのコレ、本物じゃん”
”こんなに速いやつ見たことない”
”面白くなってきた”
”初見”
”初見”
”初見”
”人が増えてきたな”
”同接爆上がりだからね”
”伝説のおっさんはここですか?”
「よし、それじゃダンジョンの下に行くか」
「ぴぴっ。ここはF級ダンジョンです。下の階層はありません」
「普通はそうなんだが、ちょっとした裏技があってな」
ダンジョンはそれぞれに入り口があり、区切られている。当たり前だな、でないとF級とかの意味がない。
俺は拳に思い切りマナを集中させる。白いマナが凝縮され、空間が歪む。
そのまま俺は、地面を殴りつけた。
ドッゴオオオオオオン……。
地面の下に穴が開き、紫のゲートが現れる。
よしよし、ダンジョンのマナの流れ的にぴったりだった。10キロ移動した甲斐があったな。
「ぴぴ……今、何をしたのですか?」
「超凝縮した一撃をマナのよどみに放つと、他のダンジョンへ繋がるんだ。これが中々便利なんだよな」
”は?”
”えええええええええええ!?”
”おいおいおいおい”
”ゲートを作ったのか?”
”そんなことできるんだ、ガチで初めて知った”
”ヤバすぎ”
”ちょっとこの情報売ってくるわ”
”俺、試してくる”
”普通の人間にできるわけねーだろ”
”おっさん、マジで何者?”
”エグいわ”
感覚でわかる。このゲートは当たりだ。
このゲートの向こうは間違いなく、A級以上のダンジョンへ繋がっている。
A級以上になると素材の値段も魔獣の強さも桁外れになってくる。真のダンジョンとも言われるのが、この辺からだ。
「ま、とりえずレッツゴーだな」
肩を回し、俺は紫のゲートへ飛び込んだ。
到着したのは、地獄のような世界だった。
空は雷雲が埋め尽くし、火山がマグマを絶え間なく吐き出している。
周りを見渡している間に、俺の背後で紫のゲートが閉じた。即席のゲートはすぐ閉じてしまう。
とはいえ、他の人が迷い込まないので俺にはこっちのほう都合がいい。
「魔獣とも戦いたいが……」
探知にマナを集中する。魔獣は多量のマナを持つので、こうするとおおよその位置が分かるのだ。
……ふむ、近くにマナの反応が複数あるな。西に3キロほどか。
ある程度の強さもありそうだ。
よし、早速向かおう。俺は脚に力を込めた。
”あれ、ここって千代田区にあるS級の雷熱ダンジョン?”
”多分合ってる。何度も見た”
”イかれてる”
”国内のA級チームでもヤバいところじゃん”
”何が何だかもうわからん”
”自殺配信かよ”
”というか、今そこにはS級の【冥王】がいるはず”
”マジだ、配信してる”
”でも【冥王】苦戦してるんだけど……”
”同接10万に飛び入りマ?”
”突発コラボキターーーーー!!”
”向こうにも映ったら本物だぞ”
”面白くなってきました”
西に3キロならあっという間だ。
火山岩を走り抜け、俺は目的地点に近づいてきた。
そこで俺はやっと気付く。
「先客がいる……」
魔獣とひとり――女性か。女性が魔獣と戦っている。数年前なら、人間と魔獣の区別もしっかりできていたはずなのに。やはり勘が鈍っている。
とりあえず、邪魔にならないよう俺は近くの岩陰に隠れた。魔獣の横取りは重大なマナー違反である。
魔獣は3メートルの人型で、牙だらけの口にこれ見よがしの角と翼が生えている。
特徴的なのは全身が青いマナに覆われていることだな。ふーむ、バリヤーみたいなものか?
魔獣が大口を開けて叫ぶ。かなりうるさい。
「ははは、もう終わりかぁ!! ゴミ人間は歯ごたえがねぇなぁ!」
「はぁ、はぁ……調子に乗るな!」
言葉を喋るということは、少なくてもB級はある。しかしあまり品性を感じないな。
知性を持った魔獣は強ければ強いほど、人間に近くなるはずだ。こいつは恐らく生まれたてだろう。
一方、魔獣と相対している女性のほうはかなり消耗していた。ショートの金髪に大きな可愛らしいリボン、しなやかな身体。さらになんというか……この場に似つかわしくないほどの美人だな。アイドル顔負けだ。
女性は武器は持っていない。だが、指と胸元、耳元にマナの反応がある。
これは俺のような身体強化で戦うタイプではなく、恐らくマナを火炎や雷撃といった超常現象に変換して戦うタイプだ。
「砕けろ!」
女性が叫び、マナを放つ。マナは漆黒の球体となり、魔獣へ突き進んだ。
漆黒の球体は大地を削り、大気を吸い込む。まるでミニブラックホールだ。
これは――重力操作だな。めちゃくちゃ当たりの能力だ。マナは本来、使い切らない限りなんでも起こせる奇跡の力。
しかしほとんどの場合ひとつの能力にしか特化できず、使いこなせない。俺の場合は身体強化だけだ。
それゆえ、ダンジョンに挑んで特化能力を持った人間を【覚醒者】と呼ぶ。これはダンジョンに挑む人間そのものの呼び名でもある。
彼女は重力操作に特化している、というわけだ。
マナ総量もかなりのものだ。長期間、鍛錬しなければ身に付かない。
だが漆黒の球体が魔獣の青いバリヤーに触れると、ばちばちと音を立てて消失していく。
「ガハハハ、だからわかんねぇーのか!? 俺にそういうのは効かねぇんだよ!」
魔獣の言う通りだった。漆黒の球体は完全に消えてしまう。
ふむ、やはりマナを防ぐバリヤーか。この類は物理攻撃は防げないはずだが……。
「今度はこっちからいくぜぇ!」
魔獣が大地を蹴り、突進する。巨体に見合わずかなり俊敏だ。
女性に詰め寄りって大きな爪を振り回す。
「くぅぅ……!!」
それを女性は猫を思わせるような、しなやかな体術で回避していく。だが、明らかに疲労の色が濃い。防戦一方だ。
「はぁ、はぁ……!!」
「ククク、そろそろ逃げるかぁ? お前たち人間は危なくなるといつも逃げるもんなぁ……!」
「貴様……!!」
女性の背後、少し離れた空中にドローンが浮かんでいる。
確かに危険な状態になれば、ドローンごと女性はダンジョン外へ逃げられるだろう。
「私は、許さない! 貴様たち魔獣を……!!」
「でも逃げるんだろぉ? ほら、さっさと攻撃してこいよ! 守ってばっかりじゃ勝てねぇぞ!」
魔獣は挑発しながら攻撃を続ける。しかし隙は見せない。身体をしっかりバリヤーに隠したまま攻撃をしている。このままだと女性側からの打開は難しい。
肝心の攻撃がバリヤーで無効化されてしまうのだから。手の打ちようがない。
他の仲間もいないようだ。先に脱落してダンジョン外へ逃げたか、元々女性がソロでやっているかどちらかだろう。
「あぐっ……!!」
ついに魔獣の蹴りが女性の身体に命中した。
女性は吹っ飛ばされ、岩に叩きつけられる。
「おおっと、ようやく命中~~! だけど頑固なヤロウだな。まだ逃げねぇのか?」
「まだ、私は戦える!」
女性がなんとか歯を食いしばり、身体を起こそうとする。しかし半身を動かすのがやっとの様子だ。もう体力をほとんど使い果たしている。
ドローンで外に飛ばされるほどではないが、すでに限界に近い。
決着はついた。
一対一に割り込むのは女性にも失礼だと思ったが、もういいだろう。
俺は岩陰から姿を現す。魔獣が俺のほうに顔を向け、睨みつけてくる。
「ん? なんだてめぇは?」
「あなた、誰……?」
「通りすがりだ。ここからは俺が相手になる」
「はーん、ゴミカスが増えたのか……」
俺は出来る限りマナの消費を抑える。一撃に集中できるように。
知性がある魔獣は優先討伐対象でもある。
逃がさないよう、最小限の戦闘で撃破するのがベストだ。
魔獣が女性をちらっと見てから、にたにた顔で俺に近付いてくる。
バリヤーは解いていないが、油断している。
「てめぇ、弱くねぇか? マナを全然感じないぞ」
「気にしないでくれ」
「無謀です……!」
「一発で即死させたら、どうなるんだろうな? やってみたかったんだぜ」
「試してみるか?」
魔獣がどんどん近付いてくる。
やはり単純な殴る蹴る以上の攻撃手段は持っていないか。
飛び道具があっても自身のバリヤーで消えるから、肉弾戦しかしないと思ってはいたが。
「俺は人間を見ると、どうしようなく叩き潰したくなるんだ。よくわかんねぇけどよ」
「……それが魔獣の本能らしいぞ」
「ほーん、物知りじゃねぇか。気に入ったぜ。一撃でぶっ殺してやる」
バリヤーの向こうで魔獣が大口を開ける。もうお互いに一撃が入る距離だ。
”逃げてーーー!!”
”ヤバいヤバいヤバい”
”こいつS級魔獣の【蒼壁の牙】じゃん!”
”東京でもトップクラスの魔獣だぞ”
”【冥王】が負けたんだから! ガチ危ないって!”
”おっさん、死ぬな!”
”これで生き残ったらマジ伝説”
”もう伝説だよ!!!”
”やめてーーーーーー!!”
魔獣がマナを込めた丸太のような腕を振りかぶり、俺に振り下ろす。常人なら一撃でぐしゃぐしゃになる破壊力だ。
その魔獣の一撃が俺の顔面に命中する。
「……あ?」
だが、それだけだった。
当たっただけだ。
「てめぇ、なんで無事なんだ!?」
「悪いな。そういう能力なんだ」
俺の能力は身体強化ともうひとつ――火事場の馬鹿力のようなものだ。
あらゆる苦痛や状態異常をほぼ無効化し、さらにダメージを受けると基礎能力も向上する。
政府は俺の特化能力に
ラノベかよって感じで俺は気に入っていないんだが。
火事場の馬鹿力でいいじゃねぇか。
まぁ、ということで極限まで高まった俺の一撃を放つ時がきた。
すでに俺の拳にはマナを集められるだけ集めてある。
魔獣の顔に恐怖が走った。
大技を放った直後、マナによる防御力は極端に低下する。これはどんな魔獣でも覚醒者でも共通だ。
「ま、待て!」
「――断る」
俺は拳を突き出す。何の変哲もない、マナを乗せただけの右ストレート。
バリヤーはどうだ? そのまま拳がバリヤーを通り抜ける。やはり物理攻撃にバリヤーは反応しない。
そのまま俺の右ストレートが魔獣の身体に突き刺さり、炸裂する。
「ぐあああぁぁっ!!」
魔獣の上半身が木っ端みじんに弾け飛んだ。
残った下半身がどう……っと大地に倒れ、マナの塵に変わる。残されたのは核になるマナの結晶体だけだ。これが様々なエネルギー源になる。
とはいえ、途中まで戦ったのはあの女性だ。拾っておくが、さっさと渡してしまおう。
「……信じられません」
女性は目をぱちくりとさせている。
ボロボロだが、まだ意識はしっかりとしているようだ。
俺は女性に近寄り、声をかける。
「えーと、大丈夫か?」
「は、はいっ……大丈夫ですっ、助かりました……!」
女性はぺこーっと頭を下げる。いやいや、そんな状態でしなくても。
それに助けるのは当然のことだ。俺は女性の近くに屈む。
「あ、あの……とっても強いのですね」
「うーん、まぁ……ほどほどには」
全盛期と比べたら、かなり鈍っている。ダンジョンに潜るのだって1年振りだし。
自慢できる状態ではない。
「おっと、これを渡しておくよ」
「はい? えええええっ! こ、これって今倒した魔獣の結晶体じゃないですか!」
「うん、俺は二番手だし」
こういう戦利品は最初に戦った人間が受け取る。
それが最初、ダンジョン攻略で決まった掟のはずだ。20年前のルールだが、これだけは国際的にどこも同じはずである。
「受け取れません! どう考えても、あなたがいなければ討伐できませんでした!」
「いやいやいや、俺こそ受け取れないよ」
なんだ、ずいぶん奥ゆかしい女性だな。それとも俺が自衛隊に行っている間に、戦利品のルールが変わったのか……?
いや、しかしこれは受け取れない。俺にもプライドがある。
「まぁ、気にしないで受け取ってよ。とりあえず、俺には必要ないし」
「……でも。これほどの物をほいほいと渡すなんて」
「本当に気にしないでくれ。途中まで君が戦ってくれたおかげで、倒しやすかった」
これは本当だ。あの魔獣も消耗し、隙は大きかった。あいつも万全ならあそこまで隙丸出しの大振りを仕掛けてきたかはわからない。
「わかりました……」
渋々と女性は結晶体を受け取る。後はこの女性をどうするかだが、彼女ひとりで帰るのは厳しいだろう。ちょうど一戦終えたし、彼女を連れて帰ろうかな。
「あのお願いがあるのですが」
「うん、何でも言ってくれ。水もちょっとなら持ってきてるし」
「私を弟子にしてください!!!」
女性は俺の目の前で土下座した。
「……え?」
俺の知識を人に教えられたらいいなーとは思っていたが。
まさかいきなり、弟子入り希望がいるとは……。
”コメントの流れ速すぎ”
”おっさん最強じゃん”
”日本ランキング変わっちゃう”
”やらせじゃねぇのか”
”【冥王】ってソロガチ勢じゃん。そんなことするか?”
”流れ変わったな”
”マジモンに怪物で草”
”同接20万人ワロタ”
”伝説のおっさん、これまでどこにいたんだよ”
【人物プロフィール】
冥王 如月レイナ
年齢:23歳 身長:158センチ 体重:非公開
北欧人と日本人のハーフ
特化能力:重力操作
覚醒者ライセンス:S
所属:ローゼンメイデン
チャンネル登録者数:353万人
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