第11話 伝説のおっさん、バトロワに挑む
それから2時間つきっきりでふたりに指導し、時間が来てお開きになった。やはりレイナの成長速度は目に見えて早い。特に目の前で実演すると、それをすぐに取り込む。
反面、マナが乱れると元に戻すのには苦手そうだ。自分で意識的にできることは上手だが、アドリブは不得手なのだろう。
カリンは正反対だ。最初、マナを集中させるのにはレイナより時間がかかっている。しかしマナの乱れを元に戻すのは早い。道を整えるまでに時間はかかるが、一旦外れてもすぐ戻れる――とでも言おうか。
それから時間が来て、レイナは名残惜しそうにローゼンメイデンの仕事へと行った。訓練はまたできるから、焦る必要はないと俺は返す。
残されたのは俺とカリンだった。
「カリンも今日、予定があるんじゃないか? さっきバトルするとか言っていたような……」
「そうなんだけど、多分先生と鍛錬するほうが身になる気もするしなー」
ぐいーっとカリンが伸びをする。本当にお前は恥じらいがないのな。
それともおっさんに恥じらう必要はないと思っているのかもしれんが。それも正しそうで泣ける。
「でもバトルするなら、ダンジョンにも行っておいたほうがいいぞ。ダンジョンの中だとマナのガードもまたちょっと勝手が違う」
「げっ、マジ?」
「マナの濃度にもよるし、個人差も大きいけどな。人によっては支障が出る」
「はーん……やっぱりすぐに使えるようにはならねぇか」
しかしカリンは落胆したという風ではない。むしろギラギラとやる気に満ちあふれている。こういうタイプは成長も早い。無茶をしないよう抑える必要もあるが。
「まぁ、でもバトルするのが気乗りしない理由はちゃんとあって」
「ふむふむ」
「普通に戦うんじゃないんだよ。段々狭くなるフィールドでルール決めてバトルするんだ。それで結構狙われることが増えちゃってさー」
いわゆるバトロワ形式のゲームってことか。自衛隊でも似たような訓練はあったので、おおよそのルールはわかる。
まず安全なダンジョン内に各チームが配置される。それぞれのチームは敵チームを倒したり、事前に置かれた様々なアイテムを獲得したりする。勝利条件は色々とあるが、普通は最後まで残れば勝利だ。
特徴的なのは行動可能なエリア――安全地帯が徐々に狭くなる、という点。時間が経っていくごとに敵チームと遭遇する可能性が高まる。もちろん安全地帯の外に長時間
残っていると失格だ。
「……ローゼンメイデンの他の人は?」
「忙しかったり、気乗りしなかったりでさー。あ、そうだ! いい方法があるじゃん!」
なんだろう。ちょっと嫌な予感がする。
「先生、あたしと一緒に出てくれよ!」
「別にいいが……飛び入り参加はオッケーなのか?」
そこでまたも楓のホログラムが武道場に映し出された。
まだ聞いてたのか。もしかして暇?
「ルール上は問題ないよ。今日のルールは1チーム4人まで、S級ならタッグで出場可能だから~」
「というわけだ! やったぜ!」
「ルール的というか、主催的にどうなのかが知りたいんだが……」
いきなりよくわからんおっさんが入って大丈夫なの?
「今、連絡した~。オッケーだって」
「はや、こわぁ……」
いざとなったら素早く話が進む。落差に風邪を引きそうだ。
「元々、このバトロワイベントは付き合いで始めたんだから。遠慮なんていらないんだよ~」
「そうそう、しかも最近よく狙われるんだよなー。漁夫ばっかりだー」
「そりゃ、カリンが何回もひとりで勝っちゃうからでしょ~?」
「だってさー」
「はいはい、そこまで。ちゃんとルールとか、参加者とか教えてくれよな」
「おーっす。テンション上がってきたー!!」
カリンが腕を振り上げて叫ぶ。
よし、今日の午後はバトロワか。久し振りだけど、まぁなんとかなるだろう。
集団戦の訓練も大事だしな。
2時間後、俺たちはお茶の水のバトロワ会場に到着していた。今は14時。バトロワが開始するのは18時からだ。
お茶の水にあるF級ダンジョン『でこぼこジャングル』は会場用に封鎖され、準備が進んでいる。近くのビルに控室があるので時間を潰すのも問題ない。
俺とカリンは並んでルールや参加者を確認している。タブレットを見て、だらだらポテトを食べながら。
「このフィドーっていう奴のチームは連携度が高め。しかも分断にも乗ってこない慎重派かなー」
「ふむふむ……。対策は?」
「あたしひとりじゃキツいから、戦闘になったら逃げてる。勝てる時まで後回し」
「正解」
何回も出場しているだけあってカリンも無謀な戦術は立てない。バトロワの基本は勝てる状況を見極め、それまで戦わないこと。戦う相手とタイミングが何よりもバトロワでは大事だ。もちろん、いつも思った通りに行くとは限らないが。
「しかしS級はカリンだけか。他のチームにはいないのか」
「殺傷力の高い技は全部禁止だからなー」
このバトロワ大会は毎週土曜18時に定期開催されている。条件はC級以上の覚醒者、そして中堅以上の事務所所属だという。なのでガチのバトルというよりは本当にゲームだ。派手な流血はなし。ボクシングで言うところのダウン1回で退場だ。
それゆえファミリー層の視聴者数も多い。安心して見られるわけだしな。
「レイナのブラックホールは駄目か」
「当然だよ。危なすぎ」
「S級の特化能力は殺意高いからなぁ……」
「そうそう、手加減が馬鹿らしいっていう連中も多いしね」
しかしそれでもこのバトロワは人気で、すでに開催100回を超えている。優勝賞金も1000万円と高い。それだけスポンサーもついている。
「今、バトロワ大会は人気だからさ。バトロワ専門の覚醒者ってのもいるくらいだ」
「時代は変わるなぁ……」
とはいえ、こういうイベントも平和な時代だからこそだ。むしろダンジョンでいつも魔獣に殺されかけるほうが異常な世界である。
コンコン。そこで控室がノックされる。出てみると、そこには今回のバトロワに参加するチームのひとつ、さっき言ったフィドーチームの面々が揃って並んでいた。
「ご挨拶に来ました。フィドーです」
フィドーはA級覚醒者で、金髪のちょっとチャラそうな兄ちゃんだ。このチームはバトロワに最適化され、連携度も高いらしい。常に好成績を残している強豪だ。
フィドーはすっと手を差し出す。
「これはこれはどうもご丁寧に。神谷達也です」
俺はフィドーと握手した。細いが
「なんだ、偵察かー」
「ふん、当たり前だ。今、伝説のおっさんに注目しないの賢くない」
「いやいや、初参加なもんで。お手柔らかに」
「……どうですか、俺は」
「強いですね」
フィドーの見た目は20代前半。ピアスも多くて遊んでいる風だが、マナはごまかせない。これは鍛錬なしで身に付くレベルを遥かに超えている。
しかし恐らく覚醒者になってまだ10年は経っていない。その分、覚醒者となって15年以上ののレイナやカリンとはまだ差があるだろう。とはいえ、彼の才能もかなりのものと断言できた。
「フィドー、おっさんの正直な感想は?」
「未曽有の怪物」
はっきりと言い切ったな……。フィドーが手を離す。
「事務所の先輩にもS級はいますけど、そこまで俺と差があるとは感じませんでした。まぁ、強いは強いですけれど……追いつける、追い抜けると思える程度の差です。でもあなたは違う――そういう次元じゃない」
「はは、買い被りですよ」
「今回のようなバトロワの経験はあまりなくて、そこが弱点かもと思いましたが楽観的すぎました。出来る限り、戦うのは最後になるよう算段を立てさせてもらいます」
「こちらこそ、色々と勉強させてもらいます」
「では、お邪魔しました。また会場で」
そういってフィドーたちは帰っていった。見事な決意表明だ。
正面から勝てないと思えば、作戦を立てて勝てるまで後回し。それが正解だ。
カリンが残ったポテトを袋から一気に口の中に流し込む。
「もぐもぐ、やっぱフィドークラスは手合わせしなくてもわかるんだなぁ」
「……そのポテト、まだあんまり食べてないんだが」
「あっ……わり、お腹空いてたから」
うぅ、おっさんだってお腹は空くんだぞ……!
幸い、その後にお弁当が支給されたので事なきを得た。大好きな鮭弁当だ。カリンはその弁当もぺろりと食べ切ったが……かなり食べるほうらしい。
おっさんはもうお腹いっぱいだ。カリンの食べっぷりを見ながら、若いって素晴らしい……と俺は思わざるを得なかった。
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