第12話 伝説のおっさん、降り立つ

 そして17時30分になり、バトロワ開始が迫ってきた。すでに俺たちは野外会場のゲートの前で待機している。


「ゲートに入ったら各チーム、自動で初期位置に転送か。便利だな」

「ここの主催はしっかり準備するからなー。これなら確実にバラバラにスタートできるってわけ」


 各チームのスタート位置は等間隔になるよう決められている。あとは一定時間ごとに安全地帯が狭くなっていくので、そこをうまく移動しながら残っていくようするわけだ。


 特設スタジオでは司会が各チームの紹介を行っている。お、ちょうど俺たちの紹介だな。


「さーて、次はローゼンメイデンから! S級2人ということで、期待が高まります! 『おっさんとピーチ♡』桃坂カリンと伝説のおっさんのタッグだ!」

「……どういうチーム名だ?」

「あたしが名付けたんだけど。可愛くね?」

「いや……うん、はい……」


 作詞家に意見できる度胸はなかった。というか、なんで伝説のおっさん名義なんだろうか。いや、これは楓の仕業だな……。ネットの流行りに乗ったか。


 スタジオでは司会と解説が話を続けている。


「S級2人はこのチームだけですが、どう思われますか?」

「そうですねー、今大会のルールだと単純な火力勝負にはなりません。いかに敵を探知して戦う時を見極めるか、臨機応変の戦略が重要です。伝説のおっさんの戦術眼に期待しましょう!」

「はい、では次のチームは――」



 こうして20チームの紹介が終わり、いよいよバトロワが始まる。

 カリンはすでに身体を伸ばしたりして戦闘態勢だ。


「んじゃ、行くぜ」

「おう。先頭は任せる」


 カリンが紫のゲートに入り、続いて俺も入る。空間が歪み、引っ張られる感覚がある。ダンジョン内の転送がこれか。


 少しして、俺たちはダンジョン内にいた。周囲は見通しの悪いジャングルだな。しかし茂みはそんなにない。太い樹木がひしめいている。バラバラに転送されているので、最初から警戒はしなくてもいいが。


 俺の足元には金属製の箱がある。これが各スタート地点の目印だ。ダンジョン内のこの箱のあるところへ各チーム、ランダムに転送される。


 カリンが手の中からぱっとドローンを出した。


「先生、ここからは配信オッケーだよ」

「わかった、始めよう」


 俺もポケットからドローンを取り出す。なお、バトロワ中はドローンの機能制限が必須だ。コメントを見たり他の配信を確認すればもちろん失格である。


「このダンジョン全体が運営の特化能力で監視されてるから、不正や違反はすぐバレるよ。その辺りもちゃんとしてるから」


 カリンが指先でドローンに指示を出し、自分の肩に止まるよう指示する。ドローンは音も立てず、カリンの肩に着地した。隠密行動が基本なので、戦闘に入るまではドローンを派手に動かさないのが定石だ。


「さて――安全地帯を確認しないとね」

「ぴぴっ……」


 カリンのドローンからダンジョン内のマップがホログラムで表示される。バトロワ会場のダンジョンは縦と横が約10キロの正方形だ。


 C級以上の覚醒者なら約30分で横断できるだろう。俺たちはマップの南端にいる。ふむ、安全地帯は北側だな。俺たちのいるところは完全に安全地帯から外れている。スタートしてからしばらくは移動の猶予時間があるものの、それを過ぎたらアウトだ。とりあえず北にある安全地帯へ移動するしかない。


 さらに、このマップには運営に用意されたアイテムが多数置かれている。基本的なモノは使い捨ての武器、防具とか。もちろん性能は低めだが足しにはなる。あとは移動用のバイクや車、トラップも重要だな。これらのアイテムを回収して使いこなしながら生き残りを目指すわけだ。


「んで、どうする? カリンに任せるぞ」

「やっぱそうだよなー」

「戦闘には加わるけど、カリンの指示が基本だ。あとカリンが脱落したら俺もそこまで、終了にする」

「あいよー」


 これは当然だ。俺がやり過ぎたらカリン自身の成長にならない。もちろん必要な戦闘には全力を尽くすが、その過程はカリンが導くべきだ。


「じゃあ、まずはこのまま真北に移動かな。アイテムもあれば回収で」

「おう」


 ここは安全地帯の外なので、他のチームと鉢合わせする危険は少ないだろう。それなりの速度で北へと進む。ちなみにほとんどのアイテムは宝箱に入っているので、見落とすことはまずない。例外はバイクや車みたいなデカいやつだけ。しかしこれも見落とすことはないだろうが。


 移動して5分後。早速、宝箱を見つける。なんというか、ゲームで見たまんまの宝箱だ。ちょっとテンションが上がる。


「ザ・宝箱って感じだな……!」

「ゲーム会社がスポンサーで、その提供なんだよね」

「だから結構凝ってるのか」


 おっさんだけど、おっさんゆえにこういうのには弱い。わくわくしてしまう。


「んじゃ、先生どうぞ」

「はいよ、リーダー」


 俺は胸に期待を躍らせて宝箱に手をかける。しかしそこで俺の勘が働いた。超高速の小さなマナが飛んでくる。


 狙撃。


 狙いは側頭部。俺は考えるより前に腕を動かした。腕に当たった狙撃のマナが弾け、霧散する。カリンが飛びのいて周囲を見渡す。


「どっからだ!?」

「500メートルは離れてる。それにもう移動したよ」

「はぁ……あたしの探知には引っかからなかったな」

「多分だけど、そういう特化能力だ。狙撃役と隠蔽役で組んでる」

「念のため聞くけどダメージは?」

「全然ない。まぁ、挨拶代わりだろうな」


 宝箱を開く、気の緩みやすい一瞬を狙ってきた。宝箱を囮にしたわけか。接近戦主体の俺たちでは、こうした作戦はリスキーすぎてできない。遠距離特化ならではの優位性だな。


”今の狙撃を防げるのかよ”

”どこに目がついてんだ”

”伝説のおっさん、全部見えてる”

”でも早速、喧嘩売ったぞ。面白くなってきた”


 気を取り直して、宝箱をがちゃりと開ける。


「……これは」


 宝箱に入っていたのは、可愛らしいひよこさんのパーカーだ。ちょっとしたマナ素材が使われており、見た目よりも防御力はありそうだが。ご丁寧にそれが4着、人数分置かれている。


「あ、ひよこパーカーはよく見つかるんだ。スポンサーからの提供で」

「そう…………」


 しかし明らかにおっさん用ではない。こんな可愛らしいパーカーを着たおっさんはもはや怖い。通報されるレベルだ。


 ふむ……。俺はそっと宝箱にひよこパーカーを戻した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る