第30話 モス 勧告する
「さぁ、これですでに2勝が決まり、ゴッダート陣営の勝利になりましたが」
蝶ネクタイをした司会がそこまで言うと、そのマイクはアントリオンにひったくられる。
「確かに僕たちは負けました。ですが、やはり領主の力を見ないことには納得できない方も多いでしょう! 領主とは強さを示してこそではないでしょうか?」
その言葉に、「そうだ」「そうだ」と反応する観客は多く、その半分以上はカイナの戦いを見たいと思うVIPたちだったが、それを追い風にアントリオンは続ける。
「そして、もし、僕が勝ったら、ジュークさんとラーナ様ともお相手し、最終的に勝ち残った方が本当の勝者とするのはどうでしょう? いわゆる勝ち抜き戦に今から変更するというのは?」
さらに娯楽が増えるかもしれない事態に、観客は誰もが賛成の意を示した。
「さぁ! 民衆は僕を支持してくれている。カイナ・ゴッダート! あなたはどうする!?」
しかして、その呼びかけに応えるものはおらず、それどころか、カイナの姿すら見えなかった。
「は? 居ない、のか?」
呆然とするアントリオンは、そんな馬鹿なという気持ちで周囲に視線を走らせるが、一向にカイナの姿は伺えない。
「勝負が決まったから帰ったのか!? 馬鹿なっ! 僕とは戦うことすらしない気かっ!? それで、そんなんで、本当に領主が務まると思っているのかっ!! この卑怯者っ!!」
そうアントリオンがまるでアピールのように声を上げたとき、轟音と共に水柱が遠く、海上で上がった。
「な、なんだ!? 何が起きた?」
モスは轟音がすると、すぐに駆け出し、海上が見える位置までくると、眼をこらす。
(むぅ、寄る年波には勝てませんな。ぼんやりとしか見えません。ですが、あれは……)
モスの目にはぼんやりと海上に蠢く物体が視認でき、明らかに普通の生物ではない大きさに、魔獣だと結論付けた。
(これが、カイナ様が危惧していた事態なのですな!)
モスは事前にカイナから、この戦いの最中に異常事態が起きたら、対処をするように仰せつかっていた。
(この闘技場はつい先日、改修工事を行い、ここより安全な建物はありませぬな。それに収容人数も……、ハッ! カイナ様はそこまで見込まれて、昨年も行ったはずの闘技場の改修にお金をつぎ込んだのですな!! ならば、私がすることは1つ。この場に皆様を留めること!)
だんだんと事態を把握してきた人々がそろそろと逃げようかどうしようかと悩み、動き始めたころ。
魔物が大きく動いた。
魔物の大きさは想像以上で、その動きは大波を起こす。
「津波が来るぞっ!!」
誰かが叫ぶと共に、ことの重大さが分かった領民はパニックを起こし、我先に逃げ出そうと出口に集中する。
そんな中、アントリオンはいち早く、皆を安全に逃がそうと最前線に立つが、混乱を極める中では、アントリオンの声は届くことはなかった。
「皆、落ち着いてくれ!」
一筋の希望もない言葉に従う者はおらず、出入り口には無秩序に人が殺到する。
「このままだと、誰かが転んだりしたら、そのまま、圧死するぞ! 頼む、僕の言葉を聞けっ!!」
アントリオンの言葉は相変わらず誰にも届かず、聞こえない。
途方に暮れるアントリオンの肩に、ぽんと手が置かれる。
「アントリオンさん、言葉だけでは誰も真には付いて来ないのですよ」
モスはいつの間にか司会から奪ったマイクを持ち、すうっと息を吸ってから、
「静まりなさいっ!!」
下手したら鼓膜が破れるかもしれない程の大声、周囲の大気がビリビリと震える。
多くのものが耳を抑え、その場にうずくまる。
「さて、これで話が出来ますな。皆様、聞いてくだされ。この闘技場はカイナ様が安全面に考慮して再設計されております。なので、この建物より安全な場所はありません。こちらで暫し待機していただきたい。状況が変わり次第、私より再び連絡いたします。それまでは隣のものと手と手を取って乗り切りましょう」
モスの言葉と、改修していたという周知の事実に領民は大人しくなる。
「まずは、少しでも高いところに避難してください。まずはVIPの方から――」
モスの言葉を聞いたアントリオンは、モスの襟を掴むと、怒声を上げた。
「結局、あんたも金持ち優遇かっ! 見損なったぞ!! 僕たち貧民は死んでもいいってのか!!」
モスは酷く冷酷な目でアントリオンを見つめながら、その手をひねり上げた。
「今は一分一秒も争う場面です。単純にVIPの方々がお金を払って高い場所に席を確保している関係上、上に上がりやすいから優先したまで。貧富の差を一番意識して判断を鈍らせているのはアントリオンさんの方ですぞ! つまらぬ口論をするくらいなら、あなたの魔法で高い場所を作ったり、津波を防御するための土嚢でも作りなさいっ!!」
モスの叱責に呆然自失とするアントリオンだが、その目にはぼんやりと的確に避難の指示を出すモスの姿。それは理想とする自分の姿で思わず感銘を受ける。
「な、なんて、素晴らしい方なんだ。……こんな方に僕の下についてほしいだなんて、僕はなんて傲慢だったんだ。そうだ、今からでも挽回しなくては」
アントリオンはその目に強い覚悟の光を宿すと、立ち上がり、マナを集め出した。
「マナよ集まれ。地面よ足場を作れ! アースタワー!!」
茶色の光がアントリオンの手から放たれると、闘技場の中央に塔が出来上がり、その周囲には登れるように螺旋階段が施されている。
「上がいっぱいなら、こちらに!!」
闘技場の上へ行く列と、アントリオンの塔へ向かう列がモスの指示で綺麗に2列になるのを確認すると、アントリオンは自分用の足場を作って、外の大波が見える位置にまで上がる。
「土嚢ね。そんなもので防げるとは思わないけど、やらないよりはマシ。確かにその通りだ。だけど、僕は領主の座を奪うもの。この程度完全に防げなくてどうする!?」
アントリオンは最大限にマナを集め、体中が茶色の光に包まれる程になると、魔法を行使した。
「クリエイトゴーレムっ!!」
アントリオンが呪文を唱えると、2体の巨大な砂人形が闘技場の前に現れる。
膝をつき、手を組み防御姿勢を取る。
「これで、なんとか防いでくれ……」
アントリオンの端正な顔からは鼻血が垂れ、限界以上の魔法を行使したことが伺えた。
「ふむ、折れてから、即座に行動に移せるのは、そう多くありません。彼ももう少しすれば、カイナ様を支える良き人材となるでしょう」
モスがにこりと笑みを浮かべた瞬間。まるでタイミングを合わせたように、大波が切り刻まれ消滅した。
「なっ!? あの大波を一瞬で……。もしかして、あれが、あの力が……」
呆気に取られたアントリオンは、この後、さらに力の差を見せつけられることとなる。
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