第27話 モス 求人する

 今回の投票は失敗だったが、それでもカイナは諦めるどころか更なる策を弄する為、モスに一緒に戦ってくれる駒を探すよう命令していた。


(カイナ様のご期待に応えなくてはなりませんが……。残念ながら、私の交友関係も、あまり広い方では……)


 モスは10を過ぎた頃から地方から出稼ぎでこの街へとやって来ており、飲食店で働いていたところ当時の領主に見いだされゴッダート家へとやって来ていた。

 以来、モスの生活範囲はこの街周辺だけで、多くの知り合いを得る機会というものが、そもそも無かった。


(ですが、我が友なら、後進を育てているかもしれません)


 そんなモスにも少ないながら、心を許せる友人がおり、強い人物を紹介してもらう為、モスは旧友を頼り、酒の席へと呼び出していた。


 酒場の奥の席を予約しておき、友人の到着を待った。


「おー、待たせたな」


 酒場に現れたのはモスと同年代の老人2人。

 一人はモスの倍はあろうかという体躯で、モス同様年を感じさせないが、ただひとつ頭部だけは一切の毛髪がなく、相応の年齢を感じさせた。

 そして、一緒に入って来たもうひとりはモスより明らかに老け込んでおり、杖をついて店内へと入ってきた。


「今日はわざわざすまない」


 モスにしては珍しくフランクな物言いで謝罪の言葉を口にする。


「気にするな、オレらの仲だろう。他のやつらは皆死んじまったからな。まだある意味で前線にいるお前に協力しない訳ないだろ。あ、エールをひとつ!」


 体躯の良い男、ザックはまるで気にしていない様子で、笑みを浮かべながら着席すると、真っ先に酒を注文する。


「まったくじゃよ。で、今日は何かあったのかの?」


 杖をついた男、レーガーはゆっくりな動作で椅子を引いてから、「どっこいしょ」と座り、好々爺然とした笑みをたたえていた。


 彼ら、ザックとレーガーはかつて、ゴッダート家で兵士をしており、同年代ということもあり、執事のモスとは仲良くしていた。

 2人とも今は一線を退き、気楽な隠居生活をしている。


 モスはことの経緯を説明し、2人から誰かいないか聞くと、ザックは少し言い淀んでおり、


「あ~、その、なぁ」


 と繰り返す。それに業を煮やして、レーガーは、


「こいつの孫が2人おって、それぞれゲントナー領とゴッダート領で兵士をやっておるんじゃ。正直、兄の方が強いが、残念ながらゲントナー領なのじゃよ。だが、弟もなかなかやるぞ。あと数日あるなら、ワシとモスで訓練すれば、化けるかもしれんぞ」


「ほぉ、そんなお方が。ですが、レーガーは杖をついているのに、指導できるのですかな?」


「ほっほ。口はこの通り回るからのぉ。指導するくらい造作もないわ」


「いや、待て待て、お前らが指導なんてしたら、うちの孫の命が危ないだろ! だから言いたくなかったんだ!!」


「そんなザックのお孫さんを危険な目になど合わせませんよ。それにあと3日間ですから、本当にすぐに強くなれるような助言だけになります。命を脅かすことはないと、カイナ様、ゴッダート家に誓っても良いですよ」


「う~、モスがそこまで言うなら、借りもあるし、信じよう」


 こうして、当てを聞き出したモスは、久々に旧友と酒を酌み交わし、レーガーとは翌日、兵士を共に見に行く約束をして、店を出た。


「はて? アントリオン様にそんな甲斐性があるとは思えないのですが、もしかして別口ですかな?」


 夜道を一人で歩いていたモスは、露骨な殺気を感じ取り、独り言のように声をあげる。


 その言葉で、隠れているのは無理と判断したのか、顔をマスクで隠した男が3人現れる。

 彼らは何も言わず、モスへと襲い掛かるが、


「せっかくの良い気分なのです。邪魔しないでいただきたい」


 まるで酔いを感じさせない蹴りを相手の顎に当て、一瞬で3人を昏倒させる。


「さて、どなたですかな?」


 モスは倒れている3人のマスクを剥ぐと、そのうち2人は見知った顔だった。


(確か、この方は、バルツァー卿の人さらいを行っていた二人組。なるほど、人数を増やして私に復讐に来たというところですか。酔っている今なら勝てると踏んだのでしょうが、武で預かるゴッダート家の執事が酒に酔って戦えなくなるなどある訳がありませんのに)


 特に報告の必要性もないと感じたモスは、彼らを放置して、そのまま上機嫌に家路へと着いた。


                ※


 翌日。

 モスとレーガーはゴッダートの兵士が詰めている駐屯所を訪れる。

 堅牢で必要なものは全て揃っている駐屯所は快適の一言に尽き、そこで働く兵士も生き生きとしているように見える。

 彼ら兵士は、カイナを呼び出さないように日々、訓練に全力を注いでいるのだが、今までは、小言が嫌だから、呼び出さないようにしていたのに対し、最近は呼び出すのは自分たちが不甲斐ないからだと思うようになっており、より一層訓練に身が入っていた。


「頑張っておりますな」


 訓練の様子をにこやかに見届けるモスを見つけると兵士の一人が全速力で近づいて、ピシッと敬礼をしながら訪問の理由をたずねる。


「モス様。レーガー前隊長。本日は何か、ございましたか?」


「ああ、ジュークはいるかのぉ?」


「今、お呼びします!!」


 兵士はこれまた全速力で走りだし、ジュークを呼びつけた。


 しばらくすると、軽鎧を着た中肉中背の青年が急いで駆けつけてくる。そして、モスを見つけた瞬間目を輝かせた。


「モスさん!? この度は兄がお世話になったみたいで。ありがとうございます。兄から特徴を聞いて、すぐにモスさんだと分かりましたよ。伝えたら、兄も驚きと共に納得していました!」


 捲し立てるように喋るジューク。その内容に心当たりがないモスはハテナと首を傾げる。


「その、失礼ですが、人違いではないですか? 私はジュークさんのお兄様と面識があるとは思えないのですが、お兄様はどちら様ですかな?」


「あ、失礼しました。兄はゲントナー領で隊長をしておりまして、ルカーノと言います」


(ゲントナー領の兵士の隊長と言えば、ああっ! あのお方ですね)


 ようやく合点がいったモスは、「確かに。お兄様と面識はございますね。ですが、そんなお世話などしておりませぬよ」と返す。


「そんなことないですよ! 兄からはまるで英雄譚のようにご活躍を聞きました! 会えて光栄です。それで、自分に用事とはいったい何事でしょうか?」


 モスは早速本題を切り出し、ジュークにカイナの為に戦うことを願い出た。


「兄を助けてもらっていますし、おじいちゃんの友達のモスさんのお願いを断ったら、末代までの恥です!! それに、カイナ様の強さには自分も憧れていました。特に最近のクールな感じはカッコよくて尊敬しています。そんな方々のお役に立てるのです。是非、謹んでお受けさせていただきます」


 さっぱりとした物言い、さらにカイナを立てるようなセリフに、モスは内心、


(ぐも~っ!! な、なんて素晴らしい青年なんでしょう!! しかも、しかも、しかも!! カイナ様の良さまで理解しているとはっ!! これはゴッダート領の未来は明るいですぞ!!)


「これは、全力で強くなるよう手伝うしかないですな」


「だから言ったじゃろ、弟の方もなかなかやると」


 やる気に満ち溢れたモスとレーガーの特訓が想像を超えたものになるのは、説明するまでもなかった。




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