第26話 カイナ 説教する

 投票が終わり、カイナは自身の邸宅の執務室にムスッとした顔をして鎮座していた。


 執務室はカイナの趣味が如実に出ている悪趣味な部屋になっており、至るところに装飾品や美術品が飾られ、机から羽ペンにしても全てが素人だろうと高級だと分かるいで立ち。

 ひとつひとつはおしゃれでもこうしてまとまって雑多に置かれると悪趣味に見える。


 そして、その執務室には他に、2人の人物が正座させられていた。


「さて、ワケを一応聞こうか。ルカニド・ゲントナーにラーナ・ゲントナー」


 まるで蛇に睨まれたカエルのように2人は縮こまっている。


「どうして選挙結果を改竄かいざんしたのかを俺様は知りたいんだ。自分たちでやったことだろ? 説明出来ないのか?」


 ルカニドは汗をしきりにハンカチで拭きながら、重い口を開いた。


「その、カイナに選挙とやらを勝ってもらいたいと思って……」


「その気持ちは嬉しいが、そもそも俺様は勝っていただろう? たぶん五割くらいの得票数を得ていたはずだ。対してアントリオン君は四割程度の予想だ。残り一割は無効票ってところじゃないか? 開票したルカニドさんなら分かるよな?」


 ルカニドの目は泳ぎつつ、


「いや、その、娘が、カイナに応援として呼ばれて、圧勝しないとと意気込んで出て行ったのに、その、ギリギリの結果は親として許せないといいますか。その自分としてはかなり最高の結果が出せたかなと思っていて……。ラーナからも、ありがとうパパと呼ばれるのを夢見ていたのに、こんな結果になるとは。すまない」


 と、なんとか発言をするが、その後の結果を見た今、やり過ぎた感が否めないし、結果としてカイナを苦境に立たせてしまった負い目もあった。


「貴様がそこまで親バカだとは知らなかった……。はぁ、ルカニドの意見は分かった。で、ラーナ嬢は何か申し開きはあるか?」


 一方ラーナは父親とは違い、毅然な態度でもって、口を開いた。


「はい。此度の件はわたしが父にお願いしました。なんとしてでもカイナ様を勝たせたい。ゲントナー領で何か出来ることがあれば全力で行ってほしいと。全てわたしの所為です。父はわたしの為に行ってくれたのです。もし罰を受けるのならわたしだけになさってください」


「ラーナっ!? いや、今回はこれから義理の息子になるであろうカイナを何としても勝たせたいと勝手にこのルカニドが行ったこと。娘にとがはないっ! 罰するなら私に」


 2人はお互いを庇い合い、頭を床につく程に下げる。


「今回、俺様はギリギリで勝って、アントリオンの競争心を煽って利を得ようと考えていた。その為にかなり計画的に動いていたのだが、貴様らの所為で――」


 そこで言葉を区切ったカイナは、予想外にも笑顔を見せた。


「予想外に良い方向に動いたぞ! あそこでアントリオン君が普通にこちらの不正を調べ、時間を掛けて糾弾してきたら、今、こんなにこやかにはいられないが、こちらの煽りを受けて、武力の争いに持って行けた。

 ひと手間掛かるが、ここから予想される結果は最大の利益をもたらすだろう。目ざとい商人はそろそろ来る頃だろうし、モスにはその対応を任せている」


「そ、そうか、それなら良かった」


 ほっと胸を撫でおろすルカニドは、例の礼の言葉が欲しいのか、チラチラとラーナを見ていたが、カイナの次の句で再び凍り付く。


「だが、あくまで結果論だ。たまたま上手く行ったが、次に俺様の許可なく、勝手なことをしてみろ。ゲントナー領ごと潰すぞ」


 凍えるような言葉と視線に、ルカニドはごくりと生唾を飲み、「肝に銘じておく」と神妙に返した。


「それと、計画が狂ったから、さっさとラーナ嬢と結婚する。というか籍だけでいいから入れるぞ。そうすれば、ラーナはゴッダート領の立派な領民だからな」


 悪い笑みを見せるカイナ、その意味を理解したルカニドは、恐ろしい男だと戦慄したが、結婚出来ると聞いたラーナは嬉しさのあまり小躍りをし出していた。

 そんなラーナの様子を見て、カイナはふと笑顔を浮かべ、先ほどまでの威圧感や悪魔的な雰囲気は消え去り、ルカニドも緊張を解いた。


「ふっ、こんな優秀な息子が出来るなんてな。嬉しい限りだ。カイナ、私のことはパパと呼んでもいいぞ」


「はぁ? ルカニド、貴様、ほんとそんなキャラだったか? 病床にいた方がまともだったが。もう一度寝込むか?」


「息子とは父を超えるもの。今がそのときだと言うなら、ばっちこーい!!」


「ウインド・ショット」


「ぐほぉ!!」


 カイナは空気弾をルカニドに浴びせ、物理的に黙らせる。


「ラーナ。貴様の父親は元気だとこうなのか?」


「えっと、はい……」


(これは、ラーナが父親を庇った流れだな)


 100対0にした犯人はルカニドだと結論付けたカイナは、結婚の決断は早かったかなと若干不安になったが、どうやら、そう思われるのではないかと考えているのだろうとかというラーナの不安そうな顔を見て、考えを改めた。


「大丈夫だ。この親バカ程度で一度口にしたことを反故ほごにすることはない」


 ラーナの顔は花が咲いたように明るく輝いた。


(これで、戦力が一人確保出来た。もう一人は俺様にはあてはないからな。モスに任せるしかないか。俺様は俺様で、商人の対応の詳細なところを受け持つしかないな。まぁ、ラーナ嬢がいれば、勝ちは確定しているようなものだけどな)

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