第25話 モス 開票する

 投票日当日。

 モスは投票の様子を影ながら見守っていた。

 投票はカイナの指示で、最初に訪れた海辺の工場で行われることとなった。

 アントリオンも富裕層地区と貧困層地区のだいたい真ん中に工場が位置したことや、スペースが容易に確保できることから場所の提案は快諾していた。


 ただの執事であり、なんだったら自分の為に起きた争いを見ていることしか出来ないことにやるせなさを感じつつも、カイナの勝利を疑うことはなかった。


(あれだけ入念に準備されたのです。大丈夫ですな。ただ――)


 唯一の懸念点として、アントリオンがカイナの上を行く食わせ者で、投票自体を操作する可能性を1%程考慮して、モスは投票の様子を見守るもとい見張っていたのだった。


「…………」


 黙々と投票は続けられていくが、おかしいところは1つもなく、モスの心配は杞憂として終わった。


(アントリオン様はまことに実直な青年のようですな。ですが、それではカイナ様に勝つどころか、まつりごとを行っていくのも難しいでしょう)


 モスはふと、海原に目を向ける。

 太陽が反射してキラキラと輝く海は美しく見えるが、視線を下げると、そこには工場排水によって茶色く濁った海が見えた。

 

(誰もが遠くの美しい景色をみたいでしょう。ですが足元の汚れに目を向けることこそが重要。カイナ様はまさにそこに注視するお方ですな。私などは綺麗なところしか見ておらず、カイナ様の苦労を危うく見落とすところでした)


 実際に昔のカイナは遠い綺麗な海どころか、燦々と輝く太陽を見るような人間だったので、モスの認識は間違っていなかったのだが、汚水も見るようになり、丁度よいバランスを得ており、そのことが勘違いに信ぴょう性を持たせていた。


「さて、心配もないようですし、帰るとしますか。溜まった仕事もありますし」


               ※


 投票は無事終わり、開票・集計はアントリオンが別の領地から連れてきた者が行うこととなっていた。

 モスの調査で、彼らの身元に問題はなく、アントリオンやカイナのどちらかに汲みしているということもなかった。


 集計結果が出そろい、ここで初めて両者は相対した。


「お前がアントリオン君か。なかなかの好青年じゃないか。是非、その才能を生かして芸術の道ででも稼いでいってほしいものだ。君なら俺様の既知の美術商も満足すると思うぞ。なんだったらうちの庭師として雇ってもいいが」


「それは光栄ですね。領主邸をいただいたあかつきには僕自ら庭を整えますよ」


 カイナの煽りに負けずアントリオンも言い返し、二人は固い握手を交わす。


「モス、結果発表の合図をしろ!」


「ええ、それでは、投票結果を発表してください!!」


 開票に携わった責任者が一歩前へと歩み出る。


(……!? あの方はっ!?)


 やせ細った中年男性はカイナの方へしきりとウィンクを飛ばすという気持ち悪い奇行を行ってから、集計結果の書かれた紙を開いた。


「領民約6百万人による投票結果を発表いたします。アントリオン・バーツ 0票。カイナ・ゴッダート 6百万票により、カイナ・ゴッダートの勝利です」


(っ!? これは、なんということでしょう……)


 モスは頭を抱えるが、同時にカイナも頭を抱えていた。


(カイナ様もお困りのようですな。となるとやはり、首謀者は)


 モスは票を読み上げた男を見る。

 直接的な面識はなく、さらに口ひげを生やし、眼鏡をつけるといった変装までしているが、あの御仁は、隣領の領主、ルカニド・ゲントナーであった。

 確かにアントリオンが選んだ者の中にゲントナー領のものがひとりいたが、まさか、そこにすり替わって票の操作をするとは思ってもいなかった。


 おそらく、娘であるラーナ嬢に頼まれた可能性も高いが、先ほどの行動を見る限り、本人もノリノリだったことだろう。


(ですが、これはやりすぎですね。あきらかな不正は疑いの目を向かせます)


「ちょっと待った。明らかにオカシイだろう!! こんなもの不正だっ!! これがゴッダートのやり方かっ!!」


 正当な批難を行うアントリオンに、その支持者もこぞって、「そうだ」「そうだ」と声を上げる。


「この結果じゃあ、俺様は操作していないと言っても信じないだろうな。もう一度集計し直しても構わんが、それじゃあ、皆も大変だろう。そもそも武力を示し、領主となるのに、民意なぞ二の次だろう。なぁ、そう思わないか?」


「いや、思わないね! 皆の想いで僕は強くなれた。それをないがしろにする政治はやはり僕は認めることは出来ない」


「皆でか、ハッ! 理解出来ないな。自分が強くなくては、本当にやりたいことなぞ出来ないぞ!」


「そのやりたいことが不正や税の私物化なら、僕は出来なくていい! カイナ・ゴッダート。あなたには信頼出来る仲間はいないのか?」


「今はもういないな」


「そうか、なら、それがあなたの敗北になる! 武力で決着はいいでしょう! ですが、今回明らかな不正をしたのはあなただ。こちらのルールを飲んでもらう!」


「無論、構わない」


「なら、勝負は3対3のチーム戦。先に2勝した方の勝ちです。孤独なあなたにあと二人揃えられますか?」


「ああ、問題ない」


「それから、あなたの腹心のモスさんは今後、僕の力になってくれるかもしれない人だ。禍根を残したくないから、出場は見送ってほしい。それからこれはゴッダート領の話だ。他領の方の力を借りることも禁止です」


(な、なんですとっ!! それでは私が参加できないではないですか!? さらにはラーナ様まで!! そんなことになったら、カイナ様に味方してくれる方はいらっしゃらい。精々、金で雇えるごろつき程度になってしまいまする)


「ああ、問題ない。だが、そうなると人を集める期間を設けたい」


 カイナはなぜか魔法を使う素振りを見せ、アントリオンに警戒の色が浮かぶが、起きたのは一陣のそよ風が吹く程度だった。


「4日後にしよう。4日間貰えれば、こちらも駒を揃えよう」


(随分半端な日数になさいましたな。……もしかすると)


 モスの思考を置いてきぼりにして、カイナとアントリオンはバチバチと火花を散らす。

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるカイナに、アントリオンは苛立ちを隠そうともせず、


「せめて言葉の上だけでも仲間と言えないのか!!」


「言葉尻を捉えて批難とはつまらぬ政治家がすることだぞ。重要なのは何を言ったかではない。何をしたかだ」


 こうして4日後に闘技場にてカイナとアントリオンの戦いが開かれることとなった。

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