第28話 モス 観戦する

 約束の日となり、闘技場は人で埋め尽くされてた。

 ほとんど強制的に街の領民は観戦の為に闘技場に集められていたし、商人たちは最大の機会として、様々な露天商を出したり、これを機に新たなVIP獲得に動いていたりと大忙しであった。


 席も有料席と無料席にまず分かれ、貧民層は無料席にすし詰めのように座らされていた。富裕層は富裕層で、有料席でもランク分けされた席のどこに座るかで、自身の付加価値を示した。


 そして、現在、モスはというと、有料席でも一番安いところをカイナから与えられ、そこで大人しく座っていた。


「モス、お前は今回用無しだ。ゆっくり座って行く末でも眺めてろ。まぁ、周りの奴らにでも、俺様こそが領主に相応しい男だと宣伝でもしておけ」


(たまにはこうして座っているだけというのもいいでしょう。たまの休みだと思えば……はっ!? まさか、カイナ様は忙しい私に休暇を与えようとこのような戦いをっ!! ぐも~!! なんてお優しいのでしょうっ!!)


 完全に戦闘から外された為の処置であったが、それを良い方に勘違いしたモスは、嬉しさの涙を誰にも見られないよう、そっとハンカチで目元を拭った。


 そうこうしていると、闘技場の中心に蝶ネクタイをした男性が現れ、カイナにより音声拡張の魔法がかけられたマイクを持って、声を張り上げた。


「さて、それでは開始時刻となりました。領主を決めるバトルロワイアル!! 勝つのは我らが最強の魔法使い、カイナ・ゴッダートかそれとも庶民の味方ヒーロー、アントリオン・バーツか!! 各々仲間と共に入場だっ!!」


 先に入場したのは、挑戦者のアントリオン。

 彼と共に入場した2人は、片方は細いがその独特な中国服の下には確かな筋力と技術を隠していることが一目でわかる糸目の青年。もう一人は鍛錬の後を惜しげもなく見せつけるようなパツンパツンのシャツを着こんだ男で爽やかな笑みと共に白い歯がこぼれ見える。どちらもアントリオンの側近として活躍しており、文武に長け、なによりイケメンであった。

 アントリオンは貧民層から、前進・発展アドバンスの象徴とされ、その脇を固める二人は、アドバンスの双騎士とあだ名されていた。


 会場には割れるような黄色い声援。

 アントリオンたち三人は政治的にはどうかという富裕層は多いが、偶像アイドルとして応援している富裕層は少なくない。

 勝利はカイナ陣営に、活躍はアントリオン陣営にしてほしいというのが、多くの富裕層の奥様方の意見であった。


 ここにモスが加わるとそれも若干変わるが、モス自身もそのことには気づいていなかった。


 対してカイナの方は、突如、派手な曲が鳴り響いたかと思うと、入場口にスモークが焚かれ、その煙がバッと割れると青年兵士ジュークが現れる。

 キャッチーな登場の仕方に観客からは、「おおっ!」という歓声が沸く。

 そして、次いでラーナ嬢。

 最近はゲントナー領にて、彼女の一度装備した武具ならば魔法と付与したままに出来るというのが分かり、その武具を巡って兵士内で争いが起きる程、アイドル人気があるという。

 そして、そのアイドル的人気はゴッダート領にも及び、登場した瞬間、男性たちの野太い声が響いた。


 そんな中、最後に姿を現したのは、カイナ・ゴッダート。

 ここ数日で、ラーナとの結婚も発表したことにより、貧民・富裕問わず、男性の観客によって会場内は大ブーイングに包まれる。


「おーおー、すごい声だな。どうせ、すぐに俺様へのファンファーレに代わるんだ。今から、喉を傷めるんじゃないぞ」


 ブーイングすら意に介さない堂々とした振舞いにモスは、


「カイナ様、ご立派になられて。モスは安心して観戦できますぞ!! 頑張ってくだされ!!」


 声を上げ、「カイナ」と書かれたうちわを振って声援を送るが、その声援はブーイングによってかき消されてしまう。

 ただ一人、魔法を行使し、会場の音響設備を担っていたカイナにだけは、その言葉は届き、ふっと口元が緩んだ。


                 ※


「それでは1回戦を始める! 1回戦は、アントリオンチーム!! 戦略、戦術、戦闘お手の物。どんな事態にも対応する。千変万化の男っ! シエン!!」


 アントリオンの仲間、糸目の青年が呼ばれると、優雅に一礼して闘技場の中央へ歩み出る。

 武器は何も持っていないように見えるが、その実、中国服の下に暗器がいくつも仕込まれていた。


「対するカイナチーム!! 最近メキメキと頭角を現してきた男っ! 愚直なまでに実直に剣にその身を捧げて来たのはかつての英雄の孫! ジューク!!」


 ジュークも一礼してから闘技場の真ん中へと歩み出る。

 その顔には今まであった甘さはなく、ただ相手を見据える。


「それでは、決闘開始っ!!」


 開始の合図がなされると、先に動いたのは糸目のシエンだった。

 だが、彼は攻撃する素振りも見せず、数歩近づくと、口を開いた。


「あなたがあのザックさんのお孫さんですか? 随分と貧弱そうじゃないですか? それじゃあ、お爺さんも悲しんでいるんじゃないですか? あ、でもお兄さんがいるから、あなたのことは別に構っていないのですかね?」


 ジュークの真面目な性格をリサーチしていたシエンはわざと悪口を述べ、怒りに任せて攻撃が荒くなったところを暗器による不意の一撃にて仕留めようと画策していたのだが、


「あー、そうなんだよ。ほんと、自分って不器用で。なかなか思うようにいかないから、爺ちゃんも愛想尽かしてそうだよなぁ。うんうん」


 予想外にも相手の言葉に100%同調して頷く。


「へっ? そんなんでいいのですか?」


「さすがに自分も最初はそういうので悩んだけど、うちの領主様、自分大好きじゃないですか。そんな領主様を見ていたら、自分も自分が一番好きでいいかなって。いろいろ考えるのが馬鹿らしくなってね。それに強さの最高峰を間近で見たら、あなたもそう思いますよ!」


 ジュークは持っていた剣をひょいとシエンに渡すように投げると同時に、地面の砂を蹴り上げ、相手の視界を奪う。

 同時に予想外の2つのことに対処しきれなくなったシエンはわめくことしか出来ず、


「なっ!? 汚いぞっ!」


「兵士はあなたみたいな騎士と違って勝てばいいんですよ!」


 いつの間にか、シエンは腕と首元を掴まれ、次の瞬間には地面に叩きつけられるように投げられていた。

 

「モスさん直伝っ!!」


「や、やめっ……」


 倒れたシエンに容赦なく踏みつけるような蹴りが襲う。


 ここ数日、ジュークは特訓と言っていいのか分からない、ただひたすらにモスと実践を行っていた。そして、その実践の中で問題があると、都度レーガーが怒鳴って伝えた。

 そこから学んだのが、何が何でも勝つ。どんな手を使っても勝つ。ということと、恐怖や怒りに左右され冷静さを失うとイコールで死が待っているということだった。

 故に精神的な揺さぶりも効かず、勝つために手段を選ばなくなっていた。


 そして、恐怖の記憶は自身の技へと昇華し、モスの投げ、そして蹴りは今、ジュークへと確実に引き継がれていた。


 ――ドシンッ!!


 死神の鎌にも酷似した蹴りは、シエンの顔の真横に振り下ろされた。


「あなたたちは顔も重要ですもんね! そこを攻撃するのは、ただの試合じゃ可哀そうですからね。だけど、まだ続けるなら容赦しませんが?」


 いつでも次の攻撃が出来るような万全の体勢を取りながらジュークは尋ねる。


「い、いや、降参だ。作戦とはいえ、失礼なことを言って悪かった」


「いいえ、こちらこそ、卑怯な手を使ってしまい、すみません」


 ジュークはシエンに手を差し伸べ、それを掴んだシエンを立たせる。


「完敗だったよ。ワタシも勝つためなら手段を選ばないつもりだったが、君に比べたらまだまだ甘さがあった。もっと鍛えなおさないと騎士とは到底言えないな。まぁ、自分で名乗った訳じゃないが」


 改めて握手をお互いすると、各陣営へと戻り、あっという間に1回戦目が終了した。


 自分の教えと技で勝ったジュークを見て、モスは、


(ぐもも~~!! ジューク殿!! ナイスファイトですぞ!! しかも私の技で勝ってくださるとは粋なことを!! この老骨もカイナ様のお役に立てた思いですぞ)


 ハンカチはすでに用を成さない程、濡れていた。

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