第15話 カイナ 決意する

(まずい、若気のいたりとはいえ、街は壊すわ、他領の領民に強制労働を強いるわ、あげくの果てに生態系を壊すような魔獣狩りの命令まで……。そういえば、あのときは国からの税金逃れの為にゲントナー領に200億渡したり、やりたい放題だったな。タダ飯もたかったし。で、食事に飽きてからは、存在自体すっかり忘れていた。……これは、恨まれてる。絶対に恨まれてるぞ。ラーナが暗殺者の可能性まである。とうとう背後から刺そうとするものが現れたか)


「モス、ラーナには気をつけろ。あいつが暗殺者の可能性がある。お前に取り入り、使用人に取り入り、最後には俺様を討つ気かもしれん。やたら誘惑してくるのもハニートラップだな。寝所ならば俺様が油断すると思っているのだろう」


 至極真面目に言うと、モスは苦笑いを浮かべる。


「いえ、カイナ様、ラーナ嬢は心底カイナ様のことをお慕いしているようですが」


「ゲントナー領にあんなことをした俺様にか?」


「あんなこと? ゲントナー家の方は大変感謝されているそうですが。魔獣狩りにも手を貸されていたのですよね。何度かお忍びで訪れて」


(もしかして、逆に感謝されているのか? そういえば、あの魔獣が何かの病気の原因だったというのを見た気が……)


「あっ!!」


 カイナは何かを思い出し、思わず大声を上げた。


「そうか、そうか、なるほど。事情は分かったし、魂胆も読めた。モス、ひとつ調べ物をしてもらうぞ」


 カイナは悪役らしい笑みを浮かべると同時に相手の思惑が読めたことで安堵の表情を浮かべる。


 数日後、モスの調査結果を受けたカイナはラーナを呼び出した。


「カイナ様、どうなさいました? もしかして、わたくしの愛を受け入れてくださるように――」


「冗談はいい。さっそく、本題から切り出そう。ラーナ嬢、貴様売られたな」


 その言葉にラーナはハッと顔を強張らせてから、大声を上げた。


「違いますっ!! カイナ様がそう思うのも当然かもしれませんが、わたくしが自分の意志でここへ来たのです!!」


「どうだかな。あのゲントナー領に現れた魔獣ブラックフェザーがまた現れ、最悪なことに我がゴッダート領にまで侵入してきた。確か5年前の約束では、俺様の領に入ってきたら200億、返してもらうということだったからな。そして、今のゲントナー領にはそれだけの金額を返せる余裕はない。だが、娘である貴様が俺様の伴侶となれば、踏み倒せると考えた。違うか?」


「確かに、そのような考えがないと言ったら嘘になりますが、それでしたら長女のアラーニャが来るのが筋ではありませんか? それなのに訪れたのは次女であるわたくしです。ひとえにそれは、わたくしのカイナ様をお慕いする気持ちにゆえに! そこには1つの嘘もございません!」


 じっとカイナをまっすぐに見つめる瞳、その視線を一切逸らすことなく受け止めると、ひとつため息を吐いて、質問を投げかけた。


「なら、俺様の領地で食べた中で、何が一番美味かった?」


 ラーナはニッと笑ってから、


「マフィンでございます」


 確固たる確信をもって告げた。


「いいだろう。モス、支度をしろ。外出する」


「どちらに?」


「決まっているだろう。俺様の趣味はなんだ?」


「ブラッドスポーツでございますね」


「分かっているじゃないか。今日は飛んでる獲物を狩りたい気分だ。もしかしたら全滅させるかもしれないからな」


「かしこまりました」


 モスは恭しく一礼するとすぐに下がる。


「カイナ様……」


「結婚だのなんだのという話は、この狩りの後だ。綺麗にしたゲントナー領に行って、貴様の父にも話を聞くから覚悟しておけ」


「もしかして、我が領地のことも……」


「なんのことか分らんな。そんなことより狩りだ。ラーナ、貴様も付いて来い。貴様も領主の娘なら魔法を使えるのだろう? 俺様の近くに居たければ、実力を示せ」


 ラーナはパッと顔を明るくさせると、弾んだ声で、


「はいっ! わたくし魔法は父には劣りますが、使えます。微力でもカイナ様のお役に立てるよう頑張ります!!」


 ラーナは令嬢にも関わらず、ボクサーのようにシュッシュッと拳を突き出しアップを始める。

 思っていたのと違う光景に、少し不安を覚えるカイナだったが、着替えをもって現れたモスによって、気を入れ替えることになった。


 自室へと戻ったカイナは、モスに上着を持たせ、袖を通して行く。


「ラーナ嬢が暗殺者や間諜でないことはモスの報告で分かったが、まさかゲントナー領がそこまで酷いことになっているとはな。出来れば原因を見つけたいものだ。俺様の領地まで被害にあう。そんなことがあれば、いったいどれだけの税収が落ちることか……」


「ええ、そのとおりでございま――」


 バタンッと音がし、振り返ったカイナは、モスが床に伏している姿を目撃する。


 荒い息遣いに、赤い顔。額に手を触れると明らかな高熱に思わず手を離す。


「ふん、自己管理も出来んとは執事失格だな。他の使用人にうつすんじゃないぞ」


 高熱にうなされる老人に対する言葉ではなかったが、カイナはモスの体を背負うと、モスの部屋まで運び込んだ。


 それから、メイドから寝間着やら氷嚢やら、水タオルやらを受け取ると、一通りの準備を終え、モスをベッドへと寝かせた。


「数日、寝ていろ。誰かと会うときには布を口に当てながらにしろ。今回の問題は俺様が解決してくる」


 モスは何か言いたそうに口を動かすが、カイナはその言葉に反応することなく、モスの部屋を後にすると。


(……もう二度と魔獣ごときに俺様の宝を奪わせるわけにはいかないんだ。出来れば見つけるではなく、確実に見つけるに変わったな)

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