第14話 カイナ 詰問する

 モスを正座させてから正直になぜあんな行いをしてきたのか、きつく問い質すと、ラーナの領でかつて、カイナが行ったことを話された。


「ですが、そのおかげで」


 救われたとモスが言う前にカイナは自分の世界に入ってしまっていた。


(……え? そんなことしたっけ? 5年前だから、30歳だよな。ああ、なんかうっすらと思い出してきたぞ)


                 ※


 カイナは当時、隣の領で原因不明の病が流行り人の出入りが極端に無くなったという話が耳に入ってきて、すぐに行動に移した。


「隣の領で流行り病だと!? うちの領にまでうつって来たらどうする!!」


 原因が分かればそれの対策をするし、分からなければ、ゴッダート領近くの村々を野盗に襲われたと見せかけて炎で消毒しておく必要があるなと考え、単身様子を見にゲントナー領へ赴いていた。


 もちろん領主が行うことではないし、自身が感染するリスクもあったが、カイナは自身の魔法のおかげか今まで一度も病気というものをしたことがなかった。

 それはカイナだけでなく、ゴッダート家で魔法が使えるもの全員がそうであり、中でも抜きんでて協力な魔法使いであるカイナは、自分が病気に罹るわけがないと心底思っていた。


 現代知識を得た今なら、無意識に細菌が入らないよう風のバリアが施されていることに気づくのだが、5年前はまだそのような知識はなかった。


 ゲントナー領に入ったカイナだったが、すぐに顔をしかめる結果になった。


(臭いっ! なんだこの臭いは、こんなとこに住むなど正気ではないな)


 カイナはイライラを隠そうともせず、門番にいつもこんな臭いなのかと問い質すと、


「ん? ああ、臭いですか? この領では、この時期は毎回こうなんですよ。もう領民は皆慣れてしまっていますし、この時期は商人も了承してきていますからね」


「はぁ? なんでこの時期だけそうなんだ?」


「渡り鳥がいるんですけど、それの糞尿の臭いだと言われていますね」


「言われているということは、調べていないのか?」


「まぁ、昔からですから」


「ふん、貴様では話にならんな。領主邸へ行く。馬車を用意させろ」


 いつまで経っても返事はなく、 カイナは共を連れてきていなかったことを思い出し、「チッ」と舌打ちしてから、歩き出した。


 が、しかし、数歩歩いただけで、その足を止める。

 カイナの足先には渡り鳥の糞だろうか、白い汚れが地面へとへばり付いており、明らかに顔を不愉快にゆがめる。


「俺様の道を塞ぐなど言語道断。俺様が道を迂回したり、汚れた道の上を進むなど、それこそあってはならぬことだ。それにこの臭いも何もかも邪魔だ。いっそ」


(いっそ、近くの村だけでなく、この領地ごと焼野原にした方が清潔になるのではないか?)


 そんな考えが脳裏を過っていると、


――ポタッタッ


 カイナの肩に白いものが落ちてくる。

 それが何かはある程度予測がつき、怪訝な顔をしながら、上空に視線を向けると、そこには例の渡り鳥と思しき鳥が優雅に飛んでいる。

 真っ黒で不気味な姿をしており、「げぇげええげげ」と奇怪な声ををあげる。


(あいつ、今、俺様を見て、わらったな)


 上空にいる鳥の表情を明確に読み取れたかは定かではないが、それでもカイナには確かに、あの鳥が嗤っていたように見えたのだった。

 そこに真実は必要ではなく。カイナがルールだった。


「ぶっ殺すっ!!」


 カイナはマナを集めると、ポケットから銀貨を一枚取り出し、指で弾く。

 銀貨は風に乗って上昇し、投擲されたかのような速度で、渡り鳥に当たる。


「げぇえええ」


 ただでさえ聞きがたい声はさらに汚さを増す。

 カイナは不快感を隠そうともせず、まだ辛うじて空中に留まる渡り鳥に、トドメの一撃を加える。


 二枚目の銀貨によって墜落した渡り鳥を見て、鼻をならしながら「ふんっ、いい気味だ」と吐き捨てた。


「だが、くそっ! 臭すぎる。風を動かしたからより一層だ!! こんなところに居られるか! まずは臭いをどうにかしなくてはっ」


 カイナはすぐに臭いに耐えかねて、魔法を行使し風で臭いを一気に上空に放つ。


 それから、カイナは、その辺に落ちている糞尿を気にせず歩く奴らを捕まえると、


「おい。愚民どもが、この劣悪な環境を良しとしているとは万死に値する。せめて死ぬ前に自らの手で綺麗にしたらどうだ。特に俺様の前をだ」


 いきなり現れた不遜な態度の人物に街の住民も困惑していると、


「俺様に従わない汚れがどうなるか見せてやろう」


 カイナはマナを貯めると、特に糞尿で白くなっていた家の屋根を打ち抜いた。


 家は半壊し、それに驚いた住人は大半が腰を抜かし、汚れた地面へとへたり込む。


「あの家のようにこの街をしたくなかったら、全力で清潔にしろ」


 住人たちは急いで清掃用具を持ち出すと、地面を水で流したり、掘り返したり、石畳はブラシでこすったりと綺麗にしていくが、その頃には、カイナはすっかり馬車を呼び出しており、仕留めた渡り鳥を手土産に領主邸へと走り出した。カイナは馬車の中で頬杖をつきながら、横目にせかせかと働く住人たちを見下ろしていた。


 ゲントナー家の領主邸へと無事に辿り着いたカイナは、挨拶もそこそこに大仰な態度でソファーに腰を下ろす。


 あまり背が高くない故に、ソファーへと埋もれる姿は滑稽だが、その武力ゆえ、笑えるものはいなかった。


「ゴホッ、ごほっ、いきなりの訪問で、その態度はないんじゃないか?」


 ゲントナー家の領主、ルカニド・ゲントナーはカイナとは対照的に長身ではあるが針金のように細く、ソファーにも、スッとほとんど体重を預けずに座る。

 もともと細く威厳のあるようなタイプではないとカイナも記憶していたが、咳もしており、本調子ではないという感じの今はさらに細々と見える。


「ふんっ、同じ領主だからと言って同格だと思ってもらっては困る。こんな汚らしいままにしているのは、どうせ金がないからだろ」


 不遜な物言いに、ルカニドは明らかにムッと顔を歪めた。


「金は出してやる。その代わり、あの渡り鳥を駆逐しろ」


 カイナは小切手に200億ゴールドと書き、テーブルに投げるように放る。


「なっ!? こんな額をっ!?」


 小切手を拾い上げたルカニドは目を大きく見開き、その額に驚愕した。


「それから、あの渡り鳥、魔獣だぞ。さっき仕留めたのがいるからくれてやる。いいか、くれぐれも、俺様の領地にあの鳥を入れるんじゃない、それが条件だ。もし、俺様の領地に入るようなことがあれば、200億は即座に返してもらうぞ」


「これだけあれば、領民に満足な治療を受けさせられる。すまない。礼を――」


 ルカニドは立ち上がって頭を下げようとしたが、カイナはそれを静止し、


「礼などいらん、そんな1ゴールドにもならんもん。まぁ、感謝しているなら、菓子の1つでも出すんだな」


 カイナはその後、振舞われた菓子を堪能していると、年端もいかぬ少女がじっと見つめてくる。

 その少女はルカニドの次女、ラーナ。


「おじちゃん。おいしい?」


「ああ、それなりに美味いな。なんだ、貴様、ここの娘なのに、食べたことないのか?」


「うん、お父さんとお姉ちゃんが具合悪くなってからは、あまりお菓子は食べれなくて……」


 カイナは皿に乗ったマフィンをラーナに差し出す。


「いいの?」


「ふんっ、好きにしろ、俺様は自分の領に帰れば好きなだけ、これより美味いものが食えるからな」


 ラーナはマフィンを口いっぱいに頬張りながらカイナの言葉を聞いて、


「ほんとう!? ラーナも食べたい」


「俺様のとこに来たら、好きなだけ食わせてやる」


「わかった。ラーナ必ず行くね!!」


 それから、カイナは魔獣をしっかりと駆逐できたか確認するために、何度か訪れては、街に恐怖を振りまき、強制的に綺麗にさせ、ゲントナー家の菓子や食事を貪っては帰ってを繰り返していた。

 街がしっかりと綺麗になったことを見届けると、それ以降はカイナがゲントナー領を訪れることはなかった。

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