第13話 モス 拝聴する

「あれは5年も前の出来事です。わたくしの父の領地である、ゲントナー領、今でこそ、解毒薬の大手生産地で有名になりましたが、当時の医療は他の領と大差ないくらいでした。そんな中、原因不明の病が流行ったのです――」


 そう口火を切ってラーナは、モスに以前、カイナが行ったことを話し始めた。


 感染者こそ多く無かったが、その病に罹った者は半分程が亡くなる強いものだった。

 感染経路も不明だった為、当時は戦々恐々とした事態が続いていた。


 モスもその出来事は記憶にうっすらとだがあった。

 だか、それだけの流行り病があったのならば、もっと記憶に残っても良さそうなものだと頭にハテナを浮かべる。


「あのとき、周辺の領は皆、わたくしたちの領から距離を置き、さらには一切の接触を断つところがほとんどでした」


 だが、モスにはゴッダート領がゲントナー領と断絶していた記憶はなく、「はて」と小首を傾げる。


「ええ、一切の交流がないということは物資も全て自領でまかなわなくてはなりませんが、わたくしたちの領にそこまでの余裕はありませんでした。そんな中、ただ1つだけ、わたくしたちの領と関わりを持ってくれていた領がありました」


「なるほど。それが……」


「はい。ゴッダート領でした。取り分けカイナ様は支援も充分にしてくださり、その御恩は忘れることは出来ません」


「……5年前、もしや、あの使途不明金の使い道は」


(ぐももっ!! カイナ様、裏でそんなことを!! なぜ、カイナ様は誰にも知らせずに行うのでしょうかっ!! 名声や賞賛など必要としない、まさに領主の鏡っ!! なぜ、今まで気づかなかったのでしょう!!)


 5年前、多額の使途不明金が明るみになり、「裏金だ」「着服だ」と領民からの批難が増えた時期でもあった。それがゲントナー領への支援だとは家臣のモスですら知らされていなかった。

 一切、顔には出さずに、心の中で号泣していると、ラーナはさらに続きを進めた。


「カイナ様はそれだけじゃないんですよ。何度かお忍びでゲントナー領に来ては、魔法で空気を洗浄してくださったり、当時不衛生だった街を綺麗にするよう助言してくださったり、悩みの種だった魔獣を追い払ったり。その姿はまさにヒーローそのものでした。その後に判明したことですが、カイナ様の助言により、追い払った魔獣が病の原因だったようで、その魔獣からより高性能な解毒薬の開発が行えたり、その慧眼は惚れ惚れするものでしたわ」


 キラキラとした瞳で、まるで物語の王子様を語るように一気に声が弾む。


「それに、わたくしの家にも何度かお邪魔してくださって、わたくしとも仲良く遊んでくださったのです。カイナ様が来ると、空気が澄み渡るようで、とても安らいだのを覚えているわ。彼がなぜ領民に嫌われているのか不思議なのですわ。もし、カイナ様がいなかったらわたくしたちの領はもっと酷いことになっていたはずなのです。父も姉も亡くなっていたかもしれませんし、あの支援がなければ、飢えて死ぬ方ももっといたでしょう。体力が回復できず、満足な医療が受けられず助かるはずの命を落とす者がどれだけいたでしょうか。それを救ってくださった殿方をお慕いするのはおかしなことでしょうか?」


 モスはゆっくりと首を振り、


「いいえ、何もおかしなことはないですぞ!! 不肖、モス。ラーナ様のお話にいたく感銘を受けましたぞ!! 全力でラーナ様の恋をサポートさせていただきますぞ!!」


 とうとう号泣しながら、ラーナの手を取ったモスは空に輝く一等星に、恋路の協力を誓ったのだった。


「ありがとうございます!! それでは早速、夜這いに」


「うむ。こちらが合鍵になりますぞ!!」


 モスは黄金で出来た鍵を取り出し、星の明かりに照らしていると、ヒュッと空気を裂く音と共に、鍵の先端が落ちる。


「…………こ、これは」


 鍵の先端が落ちた方とは反対方向に、モスとラーナはゆっくりと顔を向ける。


「よく分らんが、嫌な予感がした。……まだその予感は消えていないが、次はどこに打ち込めば、消えると思う?」


 窓から身を乗り出したカイナの手にはペーパーナイフが握られており、その標準は明らかにモスの方に向いていた。

 そして、鍵の先端を落としたものも同じくペーパーナイフであり、カイナの魔法を伴った投擲ならば、黄金すら切り裂くことはたやすく、命の危機を覚えるには十分すぎるほどだった。


 モスとラーナはアイコンタクトをとると、


「なんでもございません!」


 そう言って、急いで屋敷の中へと避難するのだった。


               ※


 翌日からは、カイナも呆れるほど、さらに露骨なアタックが続いた。


 朝・昼・夕とスタミナがつく料理ばかり並び、庭にはいつの間にか大量のバラが植えられていたり、メイドがわざと聞こえるようにラーナ嬢を褒めたたえていたり、かと思えば、ラーナ嬢がいじめられる現場にあつらえたように遭遇したりとしていた。


 ひとえに使用人たちの策略の賜物で、それを指揮するのはもちろん、老執事のモスだった。

 使用人たちの表情も、良い仕事をやり遂げた職人のような顔付きになっており、モスからの次の指示を心待にしている節すらあった。


「皆さん。素晴らしい仕事っぷりですぞ! 私の経験上、これなら、カイナ様もラーナ様の魅力に気づくまであと少しなはずですぞ!! さて、お次は、お二人で居るところにハプニングを起こしましょう。吊り橋効果でお二人の距離もぐっと縮むは――」


 そのとき、一陣の風が吹くと、モスの肩に手が置かれる。

 酷く冷め切った手は、死神を連想させ、モスは、


(ふっ、充分に生きましたな。ここで死んだとしても、ラーナ様が成就するのならば、私の生涯に一片の悔いもございません)


 目尻に涙を浮かべ、達観した笑みを口元にたたえる。


「おい。ちょっと来い、話がある……」


 有無を言わさぬ圧力に、モスはカイナの執務室へと連行されるのだった。

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