第12話 モス 紹介する

(まさか、このような機会がやってくるとは。私、カイナ様の結婚は半分は諦めていたのです。送られてくる手紙は全て金目当てだらけ、カイナ様が呆れる程だったところ、ようやく、まともなご令嬢からの見合いの申し込みがっ!! これを逃したら私の目の黒いうちにカイナ様が結婚する姿など見れないに決まっておりますぞ!!)


 モスは何がなんでも、全力でこの縁談を成功させようと決意を燃やした。


 本来なら恋文の返事は自分で書く方が良いと思っているモスだが、今回はカイナに任せておくと、すっぽかしそうという懸念もあり、使用人の中でも字の上手さに定評のあるメイドに文字を。返事の内容はモスが考え返信することとした。


 手紙は無事に届いたようで、後日、その令嬢から、今度見合いにやってくるとの返事が来た。


 年甲斐もなく、ガッツポーズをしたのは言うまでもないことだった。


 そうして当日。

 質実剛健を表したような馬車がゴッダート家へと到着する。


 カイナに求婚の手紙を出した令嬢はゲントナー家のラーナ嬢。

 

 彼女を出迎えにあがったモスの第一印象は、


(誠実そうな娘様ですね。これならカイナ様の財産目当てということもないでしょう。ですが、これは……)


 その感想の通り、ラーナは清楚な佇まい、紺色のドレスも落ち着きを感じさせる。

 そして、艶の乗ったサラサラのブロンズの髪、張りのある肌、端正な顔立ち、美女であることは言うまでもないのだが。


(どことなく、覚悟を決めてきているような、少々年齢に不釣り合いな眼差しですな。確か、手紙には16歳と書かれていましたが、この瞳の決意はどう見ても、歴戦のもの。私ですら一瞬目を見張る程の気迫。いったい何がこの少女を駆り立てているのでしょう? この決意がカイナ様との見合いに意気込んでいるものだと老婆心ながら期待せずにはいられないですが)


 顔つきについて気になったものの、訝しんだ表情はひとつも見せることなく、そつなく迎え入れると、


「この度はお招きいただき光栄です。是非、カイナ様と婚約を結びたく参りました」


 優雅に一礼するラーナ嬢にモスも礼を返す。


「カイナ様は中庭でお待ちです。どうぞこちらへ」


 ラーナはお付きの侍女と共に中庭へと移動する。


 中庭で、カイナは貴婦人に似合うような白いテーブルとイス、ケーキスタンドが備えられているところにムスっとした表情で座っており、まったくもってこの場に似つかわしくない。


「何の用で来た? 用が済んだらさっさと帰れ」


 ムスっとした顔をさらにしかめながら、いやいやといった具合に言い捨てる。


「カイナ様、そんな言い方」


 モスは主を諌めようとするが、「いいんです」とラーナの言葉に遮られる。


「わたくし、ゲントナー家、次女のラーナ・ゲントナーと申します。この度はお招きありがとうございます」


「モスがうるさいから招いただけだ。俺様と婚約とかそういうのは期待しないでもらおう。むしろ、時間の無駄だから、さっさと帰った方がいい」


 そんな冷たいカイナの言葉に対し、ラーナは毅然とした振る舞いで持って答える。


「いいえ、ようやくカイナ様にご婚約を申し込める年になりました。待ちに待って、こうしてお会いするところまで来れたのです。少しでも私の魅力を知っていただきたいと考えております。お招きいただいた以上、無理矢理帰すようなことはなさらないでしょう?」


「ふんっ、勝手にしろ」


 カイナはそのまま不躾な態度を崩さないまま、自室へと引きこもる。


「申し訳ございません。普段のカイナ様はあそこまで失礼なことはなさらないのですが……。ましてや他領の方には」


 ラーナは俯きながら肩をふるふると震わせている。


(ああ、流石に辛く当たり過ぎですよ。カイナ様! あとで謝りに行くよう進言しないとならないですね)


 モスがそう考えていると、ラーナはケーキスタンドを見ていた。そして、ばっと上を向き、


「わたくし、俄然燃えてきましたわ!! 絶対に婚約にまで辿り着いてみせますわ!」


 ラーナは袖をまくると、握りこぶしを握ってみせ、その眼には闘志が宿っていた。


(!? 急に何をっ!?)


 モスはラーナが見たケーキスタンドに目をやるが、そこには、マフィン、スコーン、ケーキが並んでおり、おや? と首をかしげる。


「正しいアフタヌーンティーはマフィンではなくサンドイッチのはずなのですが。あとでパティシエに問い詰めねばなりませんな」


 そうモスが思っていると、ラーナは、「あの~、モスさん?」と声をかけて来るので、すぐさま対応すると、


「このお菓子食べてもよろしいですか?」


 すでにマフィンを指でつまんでおり、今更ダメとは言えない雰囲気に。元よりラーナ嬢の為のお菓子のため、断るいわれもないのだが。


(思っていた女性と違いますが、きっと、こういうぐいぐい行けるような女性の方がカイナ様にはいいかもしれません。ですが、ここまでの想い、何か理由がなくては納得できませぬな。大した思いもなければすぐにボロが出るでしょう。少し様子を見させていただきましょうぞ)


 その日からラーナの熱烈アタックが始まった。


「カイナ様、ご一緒にお食事でもいかがですか?」

「カイナ様、お仕事お手伝いいたしましょうか?」

「カイナ様、肩をおもみしましょうか?」

「カイナ様、お風呂にする? それともわ・た・く・し?」


 それらのアタックにカイナは、しかめ面を見せるだけで、激しい拒絶もしないが、なびくこともなく、ほとんどが無視だった。


 中庭で、星を眺めながらラーナは大きくため息をつく。


「はぁ、わたくしってそんな魅力ないかしら、いいえ、駄目よ諦めちゃ!! わたくし一人の問題じゃないんだからっ!」


 そんな様子を見かねたモスは、ラーナ嬢に話しかける。


「ラーナ様、私たち使用人一同も是非ご協力いたしたいのですが、1つだけどうしても聞いておきたいことがございます」


「なんでしょうか? わたくしに答えられるものなら、どうぞお聞きください」


「では、なぜそこまでカイナ様にご執心なのですか? カイナ様が生まれてからずっと見守って来た身としては嬉しい限りなのですが……」


「それは、その、カイナ様が我がゲントナー家になさったことを御存じないのですか?」

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