飛翔

第11話 カイナ 見合いする

「ま、魔獣だぁ!!」

「ここで止めるぞ! 絶対に領内に入れるんじゃあない!」

「領主様が着くまでの辛抱だ」

「解毒薬は、もうないのかっ!?」


 ゴッダート領の街から出てすぐのところに数名の兵士が槍を構え、叫んでいた。

 彼らの目の前には黒翼の魔獣、ブラックフェザーが群れを成していた。羽ばたき一つで、見るものの気分を悪くさせ、戦意を奪い、獰猛にして猛毒な爪と嘴で容赦なく鎧の上からでも体を切り裂いていく。

 制空権も取られ、かつ素早い動きに槍も矢もかわされ、兵士たちは一方的な攻撃から逃げることしか出来ずにいた。


「くっ、もうダメか……」


 兵士の頭上にその鋭い爪が襲い掛かった、そのとき。


「ウインドショット!」


 高速で飛んでいくやじりがブラックフェザーを打ち落とす。


「諦めるな、戦えっ!!」


 カイナは空を魔法で飛んで兵士たちの元へ駆けつけると、魔法による鏃の射出でもってブラックフェザーを射抜いたのであった。


「俺様の領地に入るには税が掛かるが、貴様に払えるか?」


「げえぇえええっ!!」


 上空に浮かぶカイナに威嚇の咆哮をあげるブラックフェザー。


「ふん。支払い能力がないどころか、脅迫して通行しようなどと、不届きもいいところだ。その通行料、死んでから素材として回収させてもらうぞ」


 一羽一羽倒していては埒が明かないと、カイナは風を巻き起こし、乱気流でもってブラックフェザーの飛行能力を奪う。


「これなら倒せるだろ。給金の分は働け!!」


「げええ、ええ……」


 地面へと落ちたブラックフェザーはただの兵士にも手も足も出ず、そのまま槍や剣で切り殺される。


 カイナは死屍累々とした現場を見ながらつぶやいた。

 

「最近、魔獣が多くなったな。それにしても、この魔獣どこかで……?」


 何か思い出しそうになっているときに、ふいに声を掛けられ、意識は声の方へと向かう。


「あ、あの領主様、ありがとうございます」


 今にも殺されそうになっていた兵士は、魔獣と同等以上の恐怖を感じつつカイナに礼を述べる。


「ふんっ、…………気にするな」


 カイナは罵倒するわけでも労わるわけでもなく、再びマナを集めると、上空へと飛び立ち領邸へと帰って行った。


「……クールだ」


 残された兵士たちはぽつりと呟いた。


                 ※


 ゴッダート領の周りには魔獣が拠点としている森があり、その最深部には魔王なる存在が住んでいるのではないかとまことしやかに言われているのだが、事実、魔獣の森には魔獣が数多く生息し、それが森から抜け出し人里を襲うことも少なくない。

 本来ならば、魔獣の森がすぐ近くにあるゴッダート領は危険極まりない地域なのだが、代々ゴッダート家が守って来たことと、カイナの代になってからは見張りに多額の資金を投じ、魔獣が来ようものなら、すぐに対処できる対策がなされていた為、デルフィー国でも有数の安全地帯となっていた。


 そして、今回のような見張りでは到底敵わないような魔獣が出た際にはカイナが悪態をつきながらも現れ対処していた。

 なので、見張りからは、嫌悪の目も向けられるが、一定の敬意の目も向けられていた。それが最近では悪態もつくことなく現れ、魔獣を屠って行くので、だんだんと敬意の方が強くなってきていたのだ。


「モス。血と羽で汚れた。風呂の用意をしろ!」


 執事に命令を出すと、机の上に置かれた見合い希望の手紙が目に入る。


「こんなもの燃やしておけと言ったはずだが……」


 カイナの悪逆ぶりは他領にも及ぶものだったが、同時に身内及び使用人の待遇の良さも知られており、金目当ての貴族から良く政略結婚の手紙が届くのだが、そのどれもを下らないと一笑に伏していた。


「カイナ様、浴室のご用意が出来ました。それと、結婚の申し出ですが、不躾ながら不誠実なものは私の方で処分させていただいておりましたが、そちらのご令嬢は違うようでして、念のため、残させていただきました」


(モスがそこまで言うのならば、風呂のあとにでも見てみるか)


 風呂で汚れを洗い落としてから、自室にて手紙に目を通す。

 やはり普通のお見合い申請の手紙だったが、令嬢自身で書いたのであろうか、丸みを帯びた女性らしい字、それもあまり上手くない字だ。

 普通ならばこういう手紙は使用人に書かせるだろう。それに、手紙が来る令嬢はほとんど全てが、金に汚いとされている家柄か金に困窮している落ち目の家柄だ。

 だが、この令嬢はそういう噂すら聞かない真っ当な家柄のようで、そこもモスが目を止めた理由の1つだろうと推察できた。


「確かに、今までとは違いそうだな。……そうだな。モスっ! モスはいるか!?」


「はっ、こちらに」


 すぐに現れたモスに感心しつつ、カイナは手紙を渡す。


「お読みになられましたか?」


「ああ、確かに今までの令嬢とは違うようだ」


「おおっ、でしたら」


「うむ。流石に燃やすのは失礼だから、丁重に捨てておけ」


「はっ、かしこまりました。今すぐ返事の用意を――え、今なんと?」


「二度も言わせるな。丁重に捨てておけと言ったんだ」


 モスは少し逡巡してから、まるで覚悟を決めたようにカイナの前へと進み出た。


「なりませんぞ。カイナ様っ! もう35というお歳で未だ伴侶もいないというのはいけませぬ! 今までは確かに財産目当ての女性が大半でしたので、このモスも黙っておりましたが、この令嬢を逃すと、もう二度とご結婚できないかもしれないのですぞ!!」


(な、なんだか、今日のモスは圧が強いぞ!)


「うるさい。別に独り身の方が気ままなのだからいいだろう!」


「よくありません。このモス。老い先短く、いつ死のうと後悔などほとんどありませぬが、カイナ様のお子を見れないことだけが後悔になりまする! 是非、この方と良き結婚生活を育んでいただきたいのですぞ!」


 一歩も引きそうにない勢いに、カイナは諦めて、しぶしぶ見合いだけならと受け入れることにしたのだった。

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