第10話 モス 感激する

 モスは馬車で子供たちを送り届ける中、


(なぜカイナ様は私にこの役目を任せたのでしょう? 本来なら、ご自分で親元に返せば、汚名返上のチャンスでもありますのに)


 そんな思いを胸に秘めながら、馬車に揺られる。


(思えば、カイナ様とは紆余曲折ありました。私がゴッダート家に勤め始め少し経った頃にお生まれになられ、専属執事を命じれらた私は、常にカイナ様にお父上よりご立派になるよう言い聞かせてきましたな)


「カイナ様、お父上よりすごい男になるのですぞ!」


「うん。わかったよ。モス!」


「カイナ様、強い男になるのですぞ!!」


「ああ、わかったよ。モス」


「カイナ様、お父上は領民から認められているからすごくお金持ちなのですぞ」


「そうだな。オレも頑張るよ。モス」


「カイナ様、ご立派になられて、あとはお父上の偉業を超すだけですな」


「いいだろう! ならば増税だっ!! モスっ!!」


 領民から金をむしり取るイコール素晴らしい領主だと思い込んだ末に、父より多額の税金をむしり取るイナゴ領主が誕生した。それが少し前までのカイナなのだが、モスはそれに気づかず。


(う~む。カイナ様は増税、増税と重税を課す領主になぜかなってしまいましたが、それもこれも領民の為と信じておりました。なかなか、このモスに打ち明けてくれなかったのは寂しいことでしたが、やはり、お父上と同じようにご立派な領主になられましたな)


「おっと、いけませんね。年を取ると涙もろくなってしまって」


 瞳に浮かんだ涙を胸ポケットから取り出したハンカチでぬぐっていると、貧民地区へとたどり着く。


 事前にお触れを出しておいた為、そこには子供たちの親が集まっていた。


 ゴッダート家のお触れということで、親たちからは警戒の色が見て取れたが、馬車から出て来たのがモスと分かり、さらに自身の子供たちまで一緒に居り、一瞬で警戒を解き、駆け寄って来る。


 子供たちも我先にと親元へと駆け寄り、強く抱擁される。


(ぐもも~。やはり子は親元が一番ですな。この光景、カイナ様にも見せたかったですぞ)


 モスはハンカチを取り出し、そっと涙を拭った。

 感動に打ち震えていると、親たちが今度はモスの方へと近づき、すがるように手を取った。


「ありがとうございます。モスさんはゴッダート家の良心です。ありがとうございます」


 そんな親たちの姿にモスは内心複雑な心境で、そして、真実を口にした。


「いえ、私は何も。すべて、我が主カイナ様の指示によるものです」


 しかし、その言葉を真実大人は誰もおらず、全員が軽く笑い、


「またまた、ご謙遜を。モスさんがやらないで、誰がこんな素晴らしいことをしてくれるんですか? イナゴ、いえ、領主のカイナ様はお金儲けしか考えていないでしょう! 領民を助けるなんてするはずがないですよ」


 そのような言葉のあとに、


「そんなことを言ってはダメですよ。モスさんは執事なんですから領主を立てないといけないんですから!」


 どれだけ言葉を尽くそうが、カイナの功績を認められることはなく、モスはさらに深く、なぜこの場に来なかったのかと、自分の功績を自分のものとしない主にやるせなさすら感じていた。


「おじいさん。助けてくれたのは領主様なの?」


 そのとき、裾をちょいと引っ張られると、そこには拷問されていた女の子がモスを見上げていた。


「ええ、そうですぞ。私はカイナ様の命で皆さんをお助けしました」


「そうなんだ。じゃあ、これ、あげる!! 領主様にも!」


 女の子は、水色と緑色のガラスのようなものをモスへ差し出す。


「これは?」


「ピカピカ!! 落ちてたの!! キレイでしょ。あたしの宝物。助けてくれたからあげる!」


 それは、捨てられた割れたガラスなどが、地面の砂で研磨され角が取れたものだった。


「これはカイナ様にも良いのですか?」


「うんっ! だって助けてくれたんでしょ?」


「ええ、カイナ様が助けました。私ではなく、カイナ様が……」


 モスは涙をこぼさないように上を向きながら、鼻声になりつつもそう答えた。


(カイナ様、分かる者はちゃんと見てくれておりますぞ!!)


                ※


 モスはクリケットのところで勤める子供たちの親にいきさつを説明すると、大変喜びながら、了承を頂いた。そして、翌日に彼らをギルボー領へ連れて行くことを約束してから、領邸へと戻った。


「カイナ様、無事に送り届けて参りました。ですが、本当によろしかったのですか。皆感謝するのはカイナ様ではなく、私にするのです。あの場にカイナ様がいれば、それは――」


「ああ、いい、いい。そういう面倒なのは。それに俺様がいたら普通縮こまるだろ。なんせ、石まで投げた相手だからな」


(はっ! 親子の再会に水を差したくないという計らいでしたかっ! これは不肖、モス、まったく気が付かぬとはなんたる失態!!)


 そんな思いを隠しつつ、平静を装い、モスはカイナに例のガラス片を渡した。


「カイナ様、お礼にと誘拐された少女からいただきました」


 カイナは一瞥すると、緑のガラス片を取って、しばし眺めてから、


「ふん、みすぼらしいな」


 そう一言、言ってからモスへと投げ返す。


(そ、そんな……)


 少女の思いも何もかも無下にされたようで、主の前にも関わらず俯く。


「大通りにアクセサリー商があったな。ペンダントにでも加工してから持ってこい」


 カイナのその言葉に、


(やはり、カイナ様は本当はお優しい方なんですな! このモス、今まではその本意が分からずにおり、何度か疑心を生んでしまいましたぞ。本当はこういう性格だったのですよね。今までの行いも何か訳があるはず。信じきれなかった私は、なんと、なんと、愚かなっ!! ぐもぉ~! 今からでも挽回させていただきますぞ! まずはこのガラス片も最高のアクセサリーにしてお届けいたしますっ!!)


 モスは決意と涙を浮かべ、嵐のように部屋から去って行った。


「なんだ? いったい?」


 部屋に残されたカイナは呆れ顔をしながら、頬杖をついた。

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