第16話 モス 調理する

 倒れる数日前、モスはカイナに命じられ、ゲントナー領へと赴いていた。

 いや、正確には、ゲントナー領の門のところまでは来れたのだが、門兵によって侵入を禁じられており、正確にはまだ領内に入れてはいなかった。


「ふむ、奇妙ですな。私たちを止める理由はなんなのですかな?」


 兵士は周囲を確認してから、そっと耳打ちする。


「今、この領は魔獣と戦争状態なんだ。わざわざ爺さんがそれに巻き込まれることはない。見たところ、商人でもないし、観光者だろう。悪いことは言わない。今すぐ回れ右して帰るんだ」


 ゴッダート家の執事ということを伏せる為、モスはチュニックを着ていかにも一般市民を装っており、そのおかげで、門兵は観光客だと思い込んでいた。


(魔獣と戦闘が続く状況自体は珍しくないことですし、通常ならそんな状況でも自由に出入りできるはず。それなのに、わざわざ帰るよう言うということは、旗色が悪くなったのですな)


 ゲントナー領が魔獣と交戦し、負けそうだという情報は未だ、モスの耳にも入っていなかったことから、旗色が悪くなったのはここ数日ということになりそうだとモスは推理した。


(ラーナ嬢と入れ違い。もしくはラーナ嬢を安全な場所に逃がすためとも考えられますな。やはり暗殺やスパイ目的ではなさそうですな。ですが、それならば尚更、カイナ様に正確な情報を伝えなくてはなりませぬ)


「ご忠告ありがとうございます。ですが、私は観光者ではないのです。どうしてもこの街へ伺わなくてはならない用があるのです。どうか、通行の許可をいただきたい」


 兵士は少し悩んでから、モスの力強い瞳の前に通すことを許した。


「配慮痛み入ります」


 軽く会釈をしてから、モスは門を通り抜けた。


                   ※


 街の中は、あまり活気がなく、店は開いているところもあるが、閉まっているところもチラホラと見られる。


 道行く人は、ゴホゴホと咳をしているものがおり、そういう人は、口に布を巻いていた。

 咳込む人はそのような対策を領地で義務付けられているようだった。


(ふむ、決定的という程ではないですが、ダメージを受けているようですな。それに病気の方が多いのも気にかかります)


 魔獣との戦争中とのことで、モスはまず、駐屯所に向かうこととする。

 ゴッダート領でも駐屯地は魔獣の森がある方角に作られているが、こちらでも同様であり、ゴッダート領は高い壁を有しているがゲントナー領は柵のような壁程度だが、代わりに射出機がいくつも置かれている。

 遠方の相手、もしくは過去に現れた魔獣ブラックフェザーを警戒しているのかとモスは推測した。


 駐屯所自体もゴッダート領はレンガ作りの頑丈な建築で他領に比べれば豪華な造りだが、こちらは木製。しっかりとはしており、スタンダードな造りだが、どうしても比較してしまう。

 そんな駐屯所の戸を叩く。


「すみません。少々お尋ねしたいのですが」


 そこには兵士たちが駐在しているのだが、誰もが手傷を負い、そして、体調を崩していた。


「皆様、これはいったい……」


 その光景に呆然と立ち尽くしていると、


「ああ、何か、用事かな?」


 疲労の色は見えるものの、比較的体調の良さそうな男が話しかけてくる。


「ええ、実は魔獣と戦っているとお聞きしまして、そのようなとき、領主様はどうなさっているかと」


「領主様と会ってどうするつもりなんだ?」


 対応が面倒というか、疲労困憊というか、わざとではないことは分かるが、雑でぶっきら棒な対応で兵士は訪ねてくる。


 理由をどうしようかと、少し考えてから、


「実は、こちらの解毒薬にはお世話になりまして、少ないですが、寄付をしたいと考えておりました。老い先短く、使う用途もないもので」


 モスは金貨の入った袋をその兵士にだけ見えるように懐からのぞかせる。


「そういうことか。それは失礼を」


 男は自分がここの隊長だと明かすと、さらに話を続け、モスの質問に答えた。


「それなら、タイミングが良いやら、悪いやら。領主様は残念ながら、今は寝込んでいて、その所為で、こちらは一気に劣勢になってしまった。この街中も安全とは言えないからな。爺さんも早く国に帰った方がいい。金は領主様が立ち直ったあとにでも寄付してくれ。復興の役に立ちそうだから、正直助かる」


「なるほど。そういうことでしたら、日を改めましょう。ですが、もう1つ。領主様はなぜ、体調を悪くされたのですか? それにこちらにいる皆様も」


「ああ、魔獣、ブラックフェザーの所為だ」


「その魔獣は確か、こちらの解毒薬の元になっている魔獣でしたな。ならば、解毒薬は効果ばつぐんなのでは?」


「ああ、最初はそうだったんだ。だから俺たちも楽勝ムードだったんだが、ある日、今まで見たことのない色をしたブラックフェザーが現れたんだ。それも1匹や2匹ではなく大量に」


「珍しい色ですか?」


「ああ、ブラックフェザーといいつつも、やつらは紫の羽をしていた。俺たちは変異種と呼んでいるが、その変異種は今までのブラックフェザーより素早く、力も上だった。そして何より今まで解毒薬で解毒出来ていた毒とは違う毒を有していたんだ」


「それで、皆様、体調を崩されているのですな」


「普通のブラックフェザーより、毒は弱いが少しでも傷がつけば確実に病に罹る。毒性が弱いから体調が悪くてもなんとか戦闘には出れるが、ここ最近は……」


 隊長は暗い顔を見せる。


「どうやら、俺たちからも病は広がるようで、街の中でも、もう何人も軽い症状だが病に伏している。だから、あんたもさっさと帰ることだな」


 話を全て聞き終えた。モスは、ふっと優しい笑みを浮かべると、


「では、隊長殿、帰る前に厨房をお借りしても?」


「構わないが、何をする気だ? うちにはもうあまり材料がないぞ」


「ご心配なく、私、長旅になるかと思い食糧は充実しております、それに料理の心得も多少ありますので、私の食糧とこちらのありもので作らさせていただきます。まぁ、情報料というやつをお支払いしようかと思いまして」


 モスは腕まくりすると、厨房へ入る。

 モスの所持していた食料は、乾燥させた穀物と魚。それから、駐屯所にあった野菜屑とフルーツの皮を手に取る。

 そして、トントンと小気味良い音が響いたかと思うと、優しい魚介の匂いが兵士たちの鼻孔をくすぐる。


「今は、この程度しか出来ませんが、良かったらどうぞ」


 モスは大釜を重そうに抱え、皆の前に持ってくると、その蓋を開いた。

 湯気と共に、魚介出汁の良い匂いが駐屯所に広がる。

 大鍋の中身は、黄金色に輝いているようであり、それをモスはクッキングスプーンお玉で取り、皿へとよそった。

 どろどろとしたそれは一見、グロテスクに見えるが、最後にモスはフルーツの皮を削って彩りを付けて見せる。

 完璧な盛り付けに、よそう際のグロテスクさはなりを潜め、高級レストランで出てきそうな見た目へと変貌していた。


 隊長がまず受け取ると、スプーンで口に含む。


「こ、これはっ!! 柔らかく煮たライスか? 魚の出汁の匂いが食欲を誘う!! だが、それだけじゃない! さらには、柑橘系のフルーツの皮か? 削りおろされたそれがアクセントになって、食が進む!! のど越しの良さも、病で食欲のないものでも食べられるようになっているのかっ!!」


 隊長の反応を見た兵士達の元にもおかゆは配られ、それぞれ食していく。


 口々に「うまい」「うまい」と言いながら、おかゆはあっという間に胃袋へと消えていく。


 弱っていた兵士達も完全回復とまではいかないが、モスの食事で活気を取り戻しつつあった。


「ごんな、ごんな、うまい飯、はじめでだ。俺たちはまだ、頑張れる」


 隊長も泣きながら、おかゆをすすっていると、警報が鳴り響いた。


「くそっ、こんなときに。いや、こんなときだから、戦えるか。まったく、タイミングが良いのやら悪いのやら。皆、行くぞっ!!」


 隊長の掛け声と共に、兵士達は一斉に外へと出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る