第17話 モス 防衛する
モスもつられて外へと出ると、上空にはまるで雲海のようなブラックフェザーの群れ。
しかし、兵士たちの顔はどこかほっとしているような、余裕があるような表情を各々がしてみせる。
「爺さん、危ないから、中に入ってな」
隊長の言葉にモスは軽く首を振る。
「心配ご無用。自分自身の身は守れるよう鍛えておりますゆえ、こちらで皆様の雄姿を見届けさせてください」
「なら、せめて盾でも持ってな。中に予備があるから」
その申し出を断る意味もないので、モスは大人しく一度中へと戻ると、
「む、これは……。盾だけとはおっしゃりませんでしたし、護身用に武具もお借りしましょう」
モスは盾と弓を拝借すると、再び外へと戻る。
すでに戦闘は開始されており、弓兵が矢を一斉に放っている。
その矢はことごとく避けられるのだが、
「今だ! 投網をっ!」
隊長の掛け声で放たれた網は、ブラックフェザーの動きを完全に予測しきった位置へと射出された。
ごっそりとまとめて網に掛かったブラックフェザーたちはお互いがお互いの飛行を邪魔し、そのまま地面へと墜落する。
(ほぉ。矢をわざと回避させ、進路を限定させたところで投網。しかも落ちていくブラックフェザーは深追いせず放置。次の攻撃に備えるとは。こちらの兵士方は戦い慣れておりますね。特にブラックフェザーに対して)
盾を使うまでもなく、目の前でぼとぼとと落とされて行く魔獣を眺めつつ、兵士の行動を観察する。
(これは私の弓は出番はなさそうですな)
「うわぁ!! 変異種が来たぞっ!!」
まるでモスの考えがフリだったかのように、大丈夫そうだと安心していたところ、例の変異種と呼ばれる紫のブラックフェザーが現れる。
それも1や2という少数ではなく、軽く20~30羽はいるようであった。
「絶対に街の中で自由にさせるなっ!!」
その変異種は明らかに速さはこれまでのブラックフェザーを超えており、矢の雨程度は進路を変えるまでもなく、軽く体を傾けるだけで、ギリギリのところで避けていく。
「くっ、駄目か……。投網を放てっ!!」
隊長も駄目元と分かっているようであったが、投網を射出するが、ことごとく避け、あっという間に直前へと迫る。
「毒性が低い変異種の狙いは俺たちだ。だが、ブラックフェザーはそうじゃない!! 領民を守るために奴らだけは絶対に入れるなっ!!」
隊長は剣を引き抜き、まるで囮になるかのように変異種の群れへ突っ込む。
変異種も狙いは隊長と射出機の操舵のようで、地上近くにまで降下し、その爪を立てようと襲い掛かる。
「やらせるかっ!! 俺たちが居なくなったら、この街も守るものが居なくなっちまう。そうしたら、ブラックフェザーにいいようにされる。それだけはさせんっ!!」
変異種の攻撃を盾で防ぎながら、剣を振るう。
1匹、2匹と屠る隊長を脅威と見なしたのか、変異種は数匹で一斉に襲い掛かる。
「来いっ!!」
隊長は差し違えても良いという覚悟を持って、1匹を切り伏せ、次の攻撃に備え顔を上げると。
――ヒュン!
すぐ近くで幾重にも風切り音が鳴る。
「むっ、一射、余計だったようですな。やはり歳には勝てませんな」
弓と自身の腕を眺めるモス。
彼が撃った矢は隊長に襲いかかろうとしていた変異種の眉間をとらえ、瞬時に4羽倒していた。
「なっ!? 爺さん、今のはあんたが?」
「ええ、昔取った
「い、いや、普通の弓だぞ。それ。俺らの中でも変異種に当てられる奴なんていないのに」
「そうですかな? 隊長殿の兵士ならばこの程度、すぐに出来ると思いますぞ。コツは殺気を悟らせないことですぞ」
そう言いながら、モスはさらに一射。
隊長の背後から襲い掛かろうとしたブラックフェザーの変異種を打ち落とす。
「あんた、何者……、いや、今はそんなことどうでも良い。助太刀感謝する」
一番の難敵をモスが引き付け、倒すことにより、彼ら兵士の連携も復活し、戦況は最初のようにゲントナー領優勢となった。
変異種もあと5羽程度。
普通のブラックフェザーに限っては、もうほとんど全滅しており、あとは地面に落ちたものの息の根を止めるくらいだった。
明らかな劣勢にブラックフェザーたちは撤退の姿勢を見せたかと思うと、変異種のうち4羽だけが残り、めちゃくちゃな動きで飛び回る。
「逃げる時間を稼ごうってのか!?」
隊長がそう判断した刹那。まるで、その一瞬の油断を縫うように、4匹はまとまり、一直線にモスへと突進した。
回避行動など投げ捨てて、ただモスという驚異を打ち倒すべく取った行動のように思えた。
モスの放った弓は3羽までは捉えて倒すものの、最後の1羽。
その獰猛な嘴がモスへと襲い掛かる。
(ぬっ、こりゃマズいですぞ)
咄嗟にモスは、借りていた盾で防御する。
ドンと強い衝撃が腕に走った。
それほどの一撃であり、鉄で出来た盾を貫くほどの威力ではあったが、貫いたのは嘴だけであり、なんとかモスはダメージを免れた。
「ふぅ……、危なかったですな。このモス、ここまでの冷や汗をかかされたのは先日のカイナ様以来ですぞ」
鉄の盾に突っ込んだ変異種はその衝撃からすでに息絶えており、安堵と疲労からか、その場にへたり込むように座ったモスに隊長が手を差し伸べる。
「爺さん、あんたスゴイな。おかげで助かった」
「いえいえ、なんの、この老兵が役に立てて良かったですぞ」
モスは咄嗟に調理の為に腕まくりしていた袖を直してから隊長の手を取った。
(ふむ。軽く触れられた気はしますが、傷もないですし、心配しすぎかもしれませんな。ですが、一応明日は様子を見てから戻るとしますか)
翌日特に体調が悪くなかったモスはゴッダート領へと戻り、カイナにことの顛末を説明。
そして、ラーナ嬢とのやりとりのあと、急な気分の悪さを感じると、そのまま意識が
(カイナ様が何かを言っているような……。この老骨のことなどお気になさるな……)
カイナの声に条件反射で反応だけはしたが、モス自身、なんと言ったか覚えていなかった。
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