第18話 カイナ 蹂躙する

 カイナは実に悪趣味な黒字に金の刺繍が施された外套に身を包むと、ラーナと共に馬を走らせた。


「モスの報告で言えば、ゲントナー領の南に位置する魔獣の森から飛来していたらしい。そこが今日の狩場だ」


 魔法で風の抵抗を最低限にした馬は滑らかに進み、馬上での会話もスムーズにした。


「はいっ! そこまでの案内はお任せください!」


 ラーナは長い髪はポニーテールにまとめ、騎乗用のパンツスタイルといういで立ちは良く似合っていた。

 むしろ、慣れ親しんだ衣装のようで、ドレスなんかより余程魅力的に映った。


「今回の狩りの目的は、ブラックフェザーの変異種のボスを狩ることだ」


「……はい。……ありがとうございます。これで解毒薬が作れます」


 この世界では解毒薬を作るには、その毒を持つボスからでないと作れないという特性を有しており、過去のブラックフェザーのボスはゲントナー領の領主であり、ラーナの父、ルカニド・ゲントナーによって討伐され、作成されたという経緯がある。


 ボス討伐の際、居場所を風で感知したカイナの功績があったのだが、カイナ本人は、「あそこにデカいのがいるぞ。さっさと駆除しろ」とまるでゴキブリか何かのような扱いで、まったく認識の外の行動だった。


 半日ほど掛けて辿り着いた、ゴッダート領とゲントナー領の境にある魔獣の森。

 魔獣の森はカイナのところでは細い幹の木々が鬱蒼とし薄暗いのに対し、ゲントナー領のところでは大樹が多く生息し、日の光が良く届く。


「針葉樹と広葉樹の違いか……。俺様の領地とはまた違う狩りが出来そうだ」


 森を見たカイナはぽつりと木々の太さに感想を漏らす。

 そうして、周囲を警戒しながら、ゲントナー領に踏み入って探索していく。何度か小型の魔獣を見かけるが、身を潜めつつやり過ごし、森の奥深くまで進むと、今までより薄暗さを感じる。

 巨大な影が落ちていたのだ。


「ほぉ。こいつは立派な……」


 にやりと笑みを浮かべるカイナの眼前には、ひと際大きい樹、巨樹を見つけるのだが、そこには壮観なほどの鳥の巣、巣、巣。


 偶然か、それとも復讐の為に5年を費やし集結したのか、木の上には沢山の鳥の巣が出来上がっており、黒翼の魔獣、ブラックフェザーの生息地と化していた。


「ふんっ、他人の領地だから好きに巣を作るのは構わんが、そこ、そこの巣だ。端っこが少し俺様の領地に掛かっているんじゃあないか? なぁ? どう思う?」


「え、えっと、どうでしょうか?」


 ラーナは明らかにゲントナー領内にしかない巨樹をさも自分の領地にまで伸びていると主張するカイナの意図が読めず、困惑気味に返事を返す。


「俺様は出ていると思うのだよ。ならば、この樹は、俺様の領土のものと言ってもいいいはず。それなら、そこに巣くう魔獣を狩り切ってしまっても構わないよな」


「え、ええ。その通りですわ」


 カイナは集めたマナで風を起こすと、ひとつの巣を風で吹き飛ばす。


「さぁ、楽しい、楽しいブラッドスポーツの時間だ。ラーナ嬢、貴様にも楽しみを分けてやろう!」


 カイナは意地悪そうにクツクツと笑っていると、「げええええっ!」という気色の悪い声と共にブラックフェザーの一羽が猛スピードで向かってくる。


「圧倒的実力差を前におとなしく逃げ去るなら不問にしてやろうと思っていたが、鳥風情が、風を操れる俺様に勝てると思っているのか?」


 余裕しゃくしゃくだったカイナの表情は次の瞬間、驚きに代わる。それは、カイナを庇うように、ラーナが前に躍り出たからだった。


「シッ!!」


――パァン!!


 空気を切り裂く、音速のジャブで向かってきていたブラックフェザーを叩き落す。


「あなたたちはわたくしの、ゲントナー家の負の遺産。このラーナ・ゲントナー。家名に賭けてカイナ様には指一本触れさせませんわ」


 ゲントナー家の魔法は代々、武具の強化だと言われており、その力で持って兵士一人一人が一騎当千の猛者となると言われている。

 その軍事力はゴッダート領よりも上だとされている程であった。


「わたくしはまだまだ未熟で、自身が装備しているものしか、強化できませんの。でもカイナ様を自らお守りするのはそれで充分!」


 ラーナの両拳には青いグローブが装着され、強化された結果、音速のパンチを繰り出すことが可能となっていた。武具の強化だけでは説明できない強さだとカイナは感じていたが、他領の魔法に口をはさむほど野暮ではなかった。


「げええええっ!」

「げええええっ!」

「げええええっ!」


「仲間がやられて怒っているのか? それくらいの知能があるなら、逃げればいいものを。恨みはないが、俺様の楽しみの為に散れ」


 カイナはマナを貯めると、全身が緑の光に覆われた。


                ※ 


「えっと、うそ……でしょ」


 ラーナの周囲にはブラックフェザーの死体が絨毯のように転がっており、自分が倒した数羽など、ものの数ですらなかった。


「つまらん。自分から向かってくる魔獣など、造作もないな。特に時間稼ぎがいる場合は」


 カイナは、ほんの少しの間だけ、ラーナに戦いを任せたかと思うと、


「マナよ集まれ。突風を巻き起こせ。ウィンドブラスト!」


 突風が巻き起こり、ブラックフェザーが混乱しているところに、


「マナよ集まれ。敵を切り裂け。ウィンドカッターっ!」


 風の刃が魔獣たちを切り刻んでいく。

 もちろん、それだけでは死なない魔獣も多かったが、カイナの恐ろしいところは、死ななくても行動に制限がかかり時間を貰えれば、再び詠唱し、同じことを行えるところだった。


 そうして、3度、4度と蹂躙は行われた結果、ブラックフェザーはほぼ全滅していた。





 

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