第19話 カイナ 狩猟する

 ほとんどのブラックフェザーを倒し切ったカイナだったが、未だに件の変異種の姿が見えない。

 それ故にカイナに油断はなく、超高速で飛んできた紫のブラックフェザーの攻撃にも対処できた。


 変異種は、カイナに嘴を刺す直前で急に方向を変え、巨樹へと突き刺さる。


「ふんっ、影から何かが狙って来ていると思ったが、変異種とはキツツキのことか?」


 樹に突き刺さる醜態を嘲笑いながら、カイナはトドメを刺す。

 カイナの周りには風が吹き荒れ、近づこうとするものは敵味方関係なく、暴風にさらされる。

 ましてや風に乗って飛行するような鳥には、その暴風は致命的なまでの防御と化していた。


「変異種というのは頭が良いのか、臆病なのか。一向に姿を現さないじゃないか。是非、前者であることを望むぞ。そうでなくては狩りが面白くないからな」


 カイナは悠々と、荷物から弓を取り出し、それをラーナに渡す。


「プレゼントだ。ラーナ嬢は狩りの経験はあるか?」


「い、いえ、これが初めてですが……」


 むしろ、これを狩りと言っていいのかも分からずラーナは狼狽える。


「なら俺様がレクチャーしてやる。鳥類の狩りはわざと飛び立たせた所を弓で射る。どれだけ良い場所に当てられるかが楽しみの1つだ。飛び立たせるのは本来は使用人にやらせるが、今日は居ないからな。俺様がやってやろう」


 カイナは一方向に指を向ける。

 それは隠れているはずのブラックフェザーの位置を正確に指し示していた。


「1、2の3でブラックフェザーを飛ばすから、よ~く見て矢を射るんだ。万が一こちらに攻撃をしかけて来ても俺様が守ってやるから、防御は意識するな。純粋に狩りを楽しむことだけ考えるんだ」


 カイナはラーナの視線に合わせるように顔を近づけて喋る。

 息がそのまま耳に触れるような距離に普段ならば顔を赤らめていたかもしれないが、ラーナからしたらこれは狩りなどではなく領の存続をかけた戦いであり、その眼差しは仇敵を見据えるそれであった。


「では、行くぞ。1、2の3!」


 カイナの放った空気の弾によって、ブラックフェザーの変異種は避ける為に空へと舞い上がる。


「行きます!!」


 ラーナの弓はとても女性の膂力とは思えない速度で飛んで行き、胴体を貫く。


「やった! やりました!!」


 ラーナの渾身の一撃が当たったことで、飛び跳ねて喜ぶ。


「いいぞ! あの鳥は素早いと聞いていたが、良く当てたな!」


「はいっ!! カイナ様の教え方が良いからですね!」


 どことなくデートの様な雰囲気すら醸し出されてきたのだが、それを遮るように、「げええええっ!!」と汚らしい声が響く。


「この調子で、どんどん行こう……、ん? なんだ。かくれんぼは終わりか?」


 隠れていても無駄だと悟ったブラックフェザーの変異種は、数羽で隊列を組んでカイナとラーナに一斉に襲い掛かる。

 それも頭上からの攻撃で、仮に落とされてもそのまま貫けるような攻撃だった。


「残念だが、ラーナ嬢。狩りの時間は終わりのようだ。こうも一斉に攻撃されては、一羽ずつ倒せないのでな」


 カイナはタンッと地面を蹴ると、砂利が舞い上がり、そのまま猛スピードで上昇する。

 砂嵐のような状態の場所に自ら急降下してきた変異種たちはヤスリで削り取られたかのようにその原型を無くした。


「チッ、つまらん。これじゃあ、戦利品も何もないな。だが、メインディッシュは残っているようだ」


 カイナは巨樹の頂上を見上げると、まるで玉座に座るかのように鎮座していたブラックフェザーが見える。


「げええええっ!」


 一声のうちに一瞬で地面へと着地したブラックフェザーのボス。その体躯は他のブラックフェザーに比べ優に3倍はある。しかし、その巨躯に見合わぬスピードを有しており、一線を画す強さだということが容易に想像ついた。


「ようやくボスのお出ましだな。ラーナ嬢。こいつは俺様の獲物だ。下がっていろ」


「いいえ、これはゲントナー領の問題です。ボスを倒すのはゲントナーの役目」


(明らかに危険だ。だが、彼女がそうしたい気持ちも分かるし、何よりタダで助けられるものほど気持ちの悪いものはないしな。いざとなれば俺様が守ればいいか)


 そんな考えから、カイナは条件付きでOKを出した。


「そうか、なら、貴様が使用人の役目をやれ。それなら許可する」


 使用人の役目とは、すなわち、攻撃を加え、飛び立たせること。

 その役目がどれだけ重要か先ほど理解したラーナは神妙に頷いた。


「任せてください。頑張って倒さないようにします!!」


「はっ! それだけ言えれば充分! 任せるぞ!」


「はいっ!!」


 ラーナは一直線に走り出し、ボスに向かって拳を振りぬいた。


 が、しかし、その拳は空を切り、いつの間にか、背後へと回られていた。

 反撃を予想したラーナだったが、


「は、早いっ!? でもっ!! 役目くらいは果たしてみせます!!」


 強化した靴でもって、回し蹴りをお見舞いするが、ボスは嘴にも関わらず、ニヤリと笑ったようだった。


「硬い……、この羽毛の所為で攻撃が。この硬度は、いくらカイナ様の魔法でも。あっ!!」


 鋭い爪が眼前に迫っていたが、急に突風が巻き起こり、ラーナの体はゴロゴロと転がる。


「おい。無理そうなら、さっさと退け。だが、立つと言うのなら、貴様は家名も背負っていると心に刻め。領主の娘が使用人の真似事すら出来なくてどうする!」


 ラーナはキッとボスを睨むが、すぐに反転し、巨樹を駆け上る。


「硬いなら、落下する力を加えてパワーをあげれば!!」


 10メートル以上はあろうかという上空から、拳を構える。


 だが、空中。そこは完全にボスの土俵であったが、それ故にボスは油断していた。ラーナの攻撃より先に自身が攻撃するべく、飛び立ってしまったボスは瞬間、死の気配を察知した。


「おお。良くやった。しっかり飛ばしたな。及第点をくれてやる……」


 パチパチと軽く拍手をするカイナの胸中では、


(ラーナ嬢。しっかりと自分の領地を守ったじゃあないか。あとは俺様の番だな。ついでにモスの借り、返してもらうぞ)


 カイナの周囲には無数の鏃が浮かんでおり、今か今かと待ち構えているようだった。


「ウインド・ショット!」


 いくつかの鏃は弾かれるものの、弾かれては風に乗って軌道を変え、再び襲いかかる。


「ふんっ、どれだけ硬い羽毛を持とうと、どこかに柔らかい部分はあるだろ? ならば、見つかるまで何度でも貫くだけだ。なんたって風は無限だからな」


 空中では360度全方位から襲い掛かる鏃から逃れるすべはなく。

 程なくして、ブラックフェザーのボスは力尽き、地面へと墜落した。


「げえ、げえええ……」


 断末魔のようにも聞こえるが、どこか不遜な感じが否めないその声に違和感を一番に覚えたのはラーナだった。


「っ!! 危ないっ!!」


 カイナの背後から突撃するブラックフェザーの変異種。最後まで1匹隠れていたようで、完全に不意をついての攻撃となっていた。


「カイナ様を守らなくてはっ!!」


 咄嗟にラーナは履いていた靴を脱いで投擲した。


 強化された靴を強化されたグローブで投げつけると、偶然の重なりにより、大砲を撃ったような予想外の威力を見せ、変異種をぐしゃりと跡形もなく潰した。


「参謀のような変異種がいることはモスの報告にあったからな。いつか出て来るかと思っていたが、ククッ! こんな死に方をするとは。ハハハッ! 獲物としての魅力はいまいちだったが、まぁ、ラーナ嬢のおかげで少しは楽しめたぞ」

 


 

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