第7話 モス 救出する
数日前。
モスはバルツァーに手紙を出す前にカイナから1つの命令を受けていた。
その命に従い、隣国であるレーナ国、その中のギルボー家が領地を受け持つギルボー領へ赴いていた。
「ゴッダート家の執事、モスと申します」
多額の援助をしていることもあり、関所の兵士はゴッダート家の名前と黄金の虫の羽根をモチーフにした紋章を見せるとすんなり通される。
そのままモスは真っすぐに領主であるクリケット・ギルボーに面会を果たした。
クリケットはいかにも武人という武骨な出で立ち。貴族がたしなむ一般的な服装のはずなのに、その筋肉の圧により、ずいぶん奇怪な姿に映る。
もちろん領主ということは魔法を扱えるのだが、その魔法は火を扱う。火と風というバッチリな相性のせいか、カイナとは不思議とうまが合い、他国の領主にも関わらず懇意にしている。
しかし、このクリケットという男はカイナとは違い、名主、名君として領民から慕われており、カイナとは真逆であった。
モスも、言葉遣いこそ、粗野なときはあるが性格や品格は領主として素晴らしいものであると常々思っており、カイナにも見習ってほしいとも常々思っていた。
(なぜ、このような名主がカイナ様と懇意にしているのか、私も不思議に思っていますが、たぶんカイナ様の良さをお気づきになられる程の
「クリケット様。こちら我が領主からの献上品になります」
モスが渡したのは、お煎餅の箱。ただし、そのお煎餅の下にはお煎餅と同じ円形状の黄金が敷かれている。
クリケットは一枚お煎餅を摘まみ、その下の黄金を確認すると、お煎餅をパリッと口に含んだ。
「いつもながら、ゴッダート領の煎餅は旨いっ! して、今回の要件はなんだ?」
あまり黄金には興味なさそうで、心からお煎餅を楽しむ姿は心が洗われるようであった。
つい、頬が緩みそうになるのを、執事としての矜持で耐えたモスは本題である、自領の領民が攫われたことを伝えると、クリケットは、ガハハッと豪快な笑い声を上げる。
「だと思った! おいっ! 連れて来い」
指を鳴らすと、クリケット家の執事は二人の子供を連れて来た。
「少し前にうちに売りに来てな。保護の為、買い取っておいた」
二人ともすでにここで働いているのか執事服を身に着けており、小ざっぱりとしている。
モスはその様子に安堵を覚えるのと同時に胸中では、
(あの貧困な地域にいるよりも、クリケット様の元で働いた方が幸せかもしれないですな。とにかくまずは本人の意思を確認し、それから――)
「それから、モスよ。お前の話ではあと3人だと言ったな。早く助けた方が良い」
「ん? それはどういうことでしょうか?」
「こいつら、顔や腕みたいな見えるところはキレイだったが、背中や腹には殴られた跡があった。おおかた、ゴッダート領の奴隷はすぐ死ぬ欠陥品だと言いまわりたいのだろう。こいつらはオレがすぐ買い取ったが、その他は知らぬのでな」
モスはその言葉を受けると立ち上がり、少年たちの方へと近づく。
「失礼いたします」
少年2人の衣服をめくり傷跡を確認する。
普段、どんな時も柔和な笑みを浮かべているような表情のモスだが、このときばかりは怒りで厳しい目つきになった。
「ひっ……」
誰かから漏れた悲鳴に我を取り戻すと、モスは少年たちの衣服をキレイに整えてから、再びクリケットに向き合った。
「この領地での活動の許可を頂きたいのですが、宜しいでしょうか? それと彼らから誰がその傷をつけたのか、どうやって奴隷にされたのかの証言を頂きたいのです」
「ああ、もちろん、構わん。親御の元に返してやれ。その後、ここで働く気があるならまた雇ってやる」
「様々なご配慮、痛み入ります」
モスは深々と一礼してから、クリケットの領邸を後にした。
(急がなくては! もし誰か一人でも犠牲になっていては、カイナ様に顔向けできません)
焦る気持ちを隠しながらも、モスは御者に奴隷商のところまで急ぐよう伝えた。
※
クリケット領はゴッダート領よりも南部にある為、比較的温暖な気候に恵まれている。特産物はフルーツが多い。
基本的に領民はその日が良ければ良いという楽観的な考えのものが多く、貧富の差も少ない。なにせ、皆が皆、宵越しの金は持たねぇというタイプで常に経済が循環しているからだ。
ゴッダート領にあるようなスラムめいた路地裏もなく、どこも明るいイメージだった。もちろん、モスが向かった奴隷商、バルツァーの商店もどこか陽気な色合いで、奴隷というより、職業斡旋所のようですらあった。
「ふむ、領によって随分と違うものですな」
ちなみにゴッダート領で構えるバルツァーの店舗は高級感溢れる佇まいで、金持ち相手の商売という印象を与えている。
モスは執事服から着替え、派手な花柄のシャツを着こむ。この領内ではこれを正装として着ても良く、ドレスコードにも引っかからず、かつ普段との印象をガラリと変えてくれる為、普段は、これが正装はどうかと思うモスも、このときはありがたさを感じた。
「お客さん、どんな奴隷が欲しいんだ? 労働力? 伽の相手? それとも愛玩用?」
「そうですね。子供の奴隷なんて良いなと思っているですが、います?」
「ああ、いるよ! お客さんは運が良い!! ちょうど活きが良いのがいるよ!」
モスは二人の少年少女を確認し、領民だと確信すると、奴隷商の提示額二人で2千万ゴールドを支払った。
血税を使っていることに後ろめたさはあったが、彼ら彼女らを救えたのなら安いものだと割り切る。
モスは彼らの状態を確認すると幸いまだ連れ去られて日が浅いのか、傷跡は僅かしかなく安堵の息を漏らした。
「あ、あの、おじさん……。妹は? 妹は一緒じゃないんですか?」
自分も辛い思いをしたであろうに、少年は連れ去られた最後の一人、妹の身を案じていた。
その姿にモスの涙腺は緩んだが、
(まだです。ここで感動に打ち震えるよりも先にしなくてはならないことがあるでしょう!!)
奴隷商に尋ねると、上客になったモスに対し、ニコニコしながらすでに買い取られていることだけは教えてくれたが、どこの誰かまでは固く口を閉ざした。
(腐っても商売人ですか。口を割らせるより……)
モスは周囲を観察し、自分の名前も書かれた帳簿を見つけ、顧客名簿だと当たりをつけた。
そして、奴隷として買った少年に、奴隷商の男の気を紛らわすよう指示を出す。
「うわぁ!! いやだっ!! 帰せっ!! 僕は奴隷なんかなりたくないっ!!」
そう言って暴れまわる。
(な、なかなかの役者ですね)
迫真の演技に、モスですら若干引きながらも、その少年に注目が集まっている隙に顧客名簿に目を通す。
ほんの数秒の出来事だったが、モスにはそれで充分だった。
(奴隷として買った者の名前と住まいは分かりましたぞ。あとはこの騒動を収めましょう)
少年は集まった男たちに取り囲まれ、誰かによって激しく蹴り飛ばされた。
宙へと浮いた彼を、モスはキャッチすると、
「これ以上痛い思いはしたくないでしょ? 大人しくなさってください」
「え? え? え?」
少年は何が起きたのか分からない様子で、結果としては演技ではない真の戸惑いの表情を見せ暴れることを止めたという事実を周囲の男たちを納得させた。
「全く痛くないんだけど……」
「武でもって領主を任されているゴッダート家の執事ですよ。痛み無く蹴り上げることなど造作もありません」
モスは少年、少女の手を引きつつ、自慢気なようなおどけたような表情を見せた。
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