第8話 モス 憤慨する
モスは調べた住所にやってきていた。
そこは地元の名士が住むこととして有名な屋敷であり、ゴッダート家の領邸には劣るものの見事な屋敷であった。
周囲を見回すと、庭にはプールまでも完備されており、水着の女性たちが遊んでいる。
「ふむ、この建築様式は30年前に流行ったものですな。なかなか良い趣味をお持ちだ。ならばきっと話せば分かってくれるでしょう」
しかし、そんなモスの期待は儚くも裏切られた。
「買った奴隷を売ってほしいだと? ダメに決まっているだろうっ!」
本日は休暇中とのことで、邸宅に完備されていたプールサイドで女性たちと戯れる男、クレストは椅子に寝そべったままモスの相手をし、その要求を一方的に突っぱねた。
クレストがモスを見る目は猛禽類のようなギラギラとした瞳が印象的で、
瞳とは対照的に不健康そうな肌から、良からぬ薬物の疑いまで持ってしまう程であった。
そうして、取り付く島もなく追い返されたモスだったが、この屋敷の使用人が2種類に分かれていることを確認した。片方はボロボロの体で日常的に暴力を振るわれている者。もう片方はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ暴力を楽しむ者。表には出さないが明らかな差別が出来上がった屋敷を目にしたモスはすぐにでも領民の少女の救出を心に決めたのだった。
(きっと、カイナ様も、「不愉快だ。さっさとその害獣をどうにかしろ!」 とおっしゃるはず)
若干、いや、かなり美化された脳内カイナから勝手に了承をもらいつつ、モスは行動を始めた。
日がとっぷりと落ち、暗闇が世界を支配したころ、モスはローブを身にまとい、屋敷の裏側の塀を探っていた。
(30年前のこの建築様式ならば、脱出用の隠し通路があるはず。当時は隠し通路が流行って、いかに分かりづらい通路にするか競っていたものよ。ですが、ある程度パターン化されておりますゆえ、たぶん、この辺り……)
モスは一部分だけ動く塀を見つけると、それを押し込んだ。
すると、カチッと鍵の開く音がすぐ真下から聞こえてくる。
「ふむ、地下道とはなかなかお金をかけたタイプですな」
音がした場所の土を払うと隠された扉が姿を現す。
「ですが、このように昔のパターンでは、うちでは減給ものですな」
モスは扉を開けると、もわっとした埃の臭いに眉をひそめた。
「これも減給ですな」
埃やクモの巣なとを反射的にキレイにしながら進むと、豪華な執務室へと繋がっていた。
金の使い方はまるでカイナのようであったが、領主とその辺の名士では話が違う。
確実に悪どいことをしているとモスは確信し、僅かばかりあった良心の呵責も消え去った。
夜半ということもあり、執務室には人はおらず、モスの侵入を後押しした。
人の気配を頼りに隠れつつ一部屋一部屋探していくと、屋敷の一番奥、妙に頑丈な作りの扉から気配を感じ耳を押し当てる。
「おにいちゃ、たすけて……」
「チッ。このクソガキがっ! もっと泣き叫べ!! つまらんだろうが!! あのイナゴの領民だからさぞかし、いたぶり甲斐があると思っていたが、最初からボロボロだし、ちっとも楽しめないじゃないか! やはり重税を課している禄でもないない所には禄でもない奴隷しかおらんようだな」
クレストと思われる男の不愉快そうな声。
そして、この噂が出回ることは、ゴッダート領内で真面目に商売をしている他の奴隷商を貶めることになるのは容易に想像がつく。
バルツァーの狙いはそこにあるのだろう。
扉の方に足音が近づく。
モスは鉢合わせしないように急いで別の部屋へと身を隠す。
別の部屋からクレストが出ていくのを見届けるモスだったが、胸中では、
(あの男、いつか痛い目に合わせてやりましょう……)
誰の気配も感じなくなると、モスは例の部屋の扉に手を掛けた。
――ガチャガチャ。
当然ながら、鍵が掛かっており開かない。
「ふむ。この屋敷は問題ありすぎですな。このような重要な部屋にも関わらず、このような旧式の鍵を使用するとは。私の全盛期の時代ならいざ知らず、その時代からそのままとは」
モスはネクタイピンを外すと、それを壊し、細長い部分を手に鍵穴に入れ込む。
「ふむふむ。この辺りですな。こうして、こうっ!」
用意に鍵は開き、扉が開く。
「うっ! これは、酷い……」
中には百戦錬磨のモスですら思わず声を漏らす程に大量の拷問器具が並ぶ。
「だ、だれ……?」
部屋の中央には手錠と足枷をはめられた少女が体中にアザや切り傷をつけられ磔にされていた。
「私、ゴッダート家の執事、モスと申します。もう大丈夫ですぞ。貴方のお兄様と領主カイナ様の代わりにはせ参じました」
「おにぃちゃんが……」
そこで少女は意識を失う。
(ああ、カイナ様が重税を取ろうが、大金をはたいて領内の安全に力を注いでいた意味がわかりました。これは許せんっ!)
モスはすぐに錠を外すと少女を救出すると、少女が居なくなったことがバレぬうちにゴッダート領へと舞い戻った。
幸いにして、金にものを言わせ、充実させたゴッダート領の医療により少女含め、奴隷とされた子供たちは全員無事であった。
(この怒り、どうしてくれましょう)
※
後日、モスはカイナと共に今回の黒幕であるバルツァー卿と対面し、さらにその護衛が領主へ攻撃を仕掛けてきたことで、怒りの矛先を見つけた結果。
護衛二人の手を取り、壁へと投げつけ相手にしようとしたが、カイナの「一人寄こせ」という言葉にしたがい、万一もないよう、刃物を持たぬベックという男を投げ返した。
「さて、こちらはこちらで、お相手いたします」
「魔法使いでない、ただの年老いた執事に負ける訳な――」
エールはいつの間にか地面へと転がされており、何が起きたか分からないうちに目の前に足裏が迫り、次の瞬間、意識を刈り取られた。
「そうですな。確かに、この老骨には純粋な力での勝負は辛いですが、相手の力を使って倒す武術というのが存在しまして、ならば、あなたを倒す程度なら問題ないのですよ。と言っても、もう聞こえていないようですね」
モスはカイナも勝ったことを確認し、再び姿勢を正しカイナの背後に控えた。
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