第6話 カイナ 成敗する

「彼らが証拠だ」


 カイナは子供たち一人一人の名前っを告げていく。


「その子らが本当にさらわれた子供だなんて分からないだろっ!」


 首をゆっくりと振ると、不敵な笑みと共に否定の言葉をいい放つ。


「俺様は領民全員から税を過不足なく取る為に全員に番号を与えているのだよ。だから一人でも居なくなれば税の徴収日には攫われているのが分かる訳だが、まぁ、今回はそれより少し早く分かったがね。で、その番号を暗記するのがルールだ。忘れたら更なる重税があるからな。だから子供でも憶えているんだ。そして彼らもしっかりとその番号を言えた」


「そ、そんな番号、ボクは知らないぞ」


「おっと、そうだったか? 教えたと思ったが。なぜだろうな、二つの奴隷商には俺様が自ら伝えたから確かに言った記憶があるが、いや、申し訳ない。こちらの使用人の不手際みたいだ。バルツァー卿も俺様に会いに来ていたら責任を持って教えていただろうに」


 演技っぽさ満点のセリフに、カイナの意図を悟ったバルツァーは歯ぎしりしながら、恨み言のように呟いた。


「ぐぐぐっ、献金しなかったからと言いたいのだな」


「いやいや、献金のことは気にしなくて構わないと言ったはずだ。単純にこちらの落ち度だよ。さて、それはそれとして、そろそろ人さらいの犯人を突き止めようではないか。もちろん、バルツァー卿でなければ、何も問題はないじゃないか。そんな必死に汗を掻かないでくれよ。まるで犯人みたいじゃないか」


 カイナはモスに目配せすると、モスは一礼してから、少年少女の元へ歩み寄る。


「さて、皆さん、誰があなたたちを売ろうとしたんですかな? その場で目にした耳にした全てを教えてください」


 モスの問いかけに、人身売買された子供たちは口々にバルツァーの名を口にした。


「くっ! 嘘だ!! 罠だっ! ボクを陥れる為の罠をわざわざ用意するなんてっ! 献金しなかったのが、そこまで気に入らないか!! この守銭奴!! イナゴ領主とは良く言ったものだっ!!」


 バルツァーは青筋を浮かべ怒声をあげる。


「モス。ご苦労。いかがかなバルツァー卿、余興は楽しんで貰えたか?」


 カイナが言葉を言い切ると同時に、テーブルの上に書類を叩きつける。


「今回の件では出費がかさんだぞ。何せ他国に行って5人も子供を買い取る為に、6千万ゴールドという大金を払ったんだ。それこそ領収書くらい貰っても文句はないよなぁ?」


 叩きつけられた書類は全てバルツァーの奴隷商からの領収書と納品書であった。完全に商会名が記載されたそれは言い逃れできない証拠と言って良かった。


「た、確かにうちの商品かもしれない。だが、ボクは無関係だ。きっとうちの職員が勝手にやったんだ! ボクは悪くない!!」


 その言葉にカイナは眉根を寄せる。


「バカか? 部下の不始末は上司の責任だろ? 仮にもしそうなら、俺様なら呼び出された時点で、その部下を見せしめに殺して、生首くらい手土産にするが……、う~ん残念。そんな土産は見当たらないなぁ」


「く、うぅっ」


 観念したのか、バルツァーは二の句が継げずにいると、カイナは芝居がかった口調で持って、


「さて、今回の多額の使用金は領民の税から出ているんだ。なんて嘆かわしい。領民の血税がこんなことに使われてしまった。これは領民からの非難は免れないよなぁ、いや、困ったぞ。実に困った。そちらも困るのでは? いや、どうしたらいいかなぁ?」


 まるで困った様子もなく、カイナは使用額6千万の5倍、つまり3億ゴールドが記載された小切手をテーブルにそっと置く。

 

「ふざけるなっ! そんな法外な額払えるかっ!! いくらボクでも堪忍袋の緒が切れたぞっ! エール! ベック! やっちまえっ!!」


 バルツァーの合図と共に背後に控えていた男たち、エールとベックはそれぞれナイフとメリケンサックを手にすると、即座にカイナに襲い掛かった。


「我ら二人は最速の用心棒! いかに魔法使いが強力だろうと、詠唱時に動けなくなるデメリットがある限り、この至近距離では勝てまいっ! その首、もらった!!」


 実戦において、カイナはそのデメリットをヴェスパという相棒魔獣に乗ることで解消していたのだが、こと室内においては、その役割は――。


「やはり、バカだな、貴様ら」


 エールとベックはカイナに届くどころか、いつの間にか通り越し、背後の壁へと叩きつけられていた。


「な、なにが?」


「室内で、この俺様がなんの対策を取らないとでも? 流石にそこまでおめでたい頭をしているとは予想外だったな。おい、モス、調度品が壊れても気にするな。請求はこいつらにする」


「かしこまりました」


 うやうやしく礼をするモスの反応を見届けたカイナだったが、ふと、


「ああ、待った。やはり俺様の溜飲が下がらんから、一人寄こせ」


 まるで、そう言われるのを予想していたかのように、メリケンサックをつけたベックだけが再び投げられ、カイナとバルツァーの間のテーブルに落下し、テーブルを粉々にした。


「よくも俺様のお気に入りのテーブルを壊したな。これも請求だな」


「き、貴様、自分で壊して、なんたるマッチポンプ!? お、おい、ベック。貴様らにいくら払ったと思うんだ。これだけ至近距離ならやれるだろ。立てっ! やれっ!!」


「これだけ時間をもらって詠唱を済ませていないと思ったのか? 本当に幸せそうな頭で良いな。そんだけ幸せなのに、俺様から金という幸せを奪うとかますます許せんな。――ウインドショット」


 カイナはわざわざベックという用心棒が立ち上がるのを待ってから、指先をピストルのように見立て空気弾を発射した。


 透明な空気の玉にベックは目の前に来たところでようやく空気の揺らめきに気付き、回避行動を取ろうとしたが、時すでに遅く、鈍器で殴られたように腹部が凹む。

 次の瞬間、破裂音と共にベックの体は後方へ吹き飛んだ。

 普通ではありえない不可視の一撃にベックの意識は刈り取られた。


「さて、どうする?」


 カイナはモスの方を一瞥し、向こうも向こうで倒し終わっていることを確認すると、指先をバルツァーに突きつけながら尋ねた。


「は、は、払います。だから命だけはっ!!」


 バルツァーはベックが落ちて来たことでグシャグシャになった小切手を必死に伸ばしてから、サインをしようとするが、それはカイナによって制止させられた。


「おっと、バルツァー君。あなたがサインするのはこちらですよ」


 そっと差し出された新たな小切手には、先ほどより更に倍の金額が記されていた。


「必要なら、領収書も出すがいるかな? 項目は雑費と器物破損代、それと慰謝料と言ったところか」


 バルツァーはカイナと小切手をしばらく見比べるが、なかなか手が動かない。

 見かねたカイナは、粉々になったテーブルに空気弾を発射する。バキバキッという鈍い音を立ててバルツァーを驚かすが、次のカイナのセリフの方がさらにバルツァーの顔色を悪化させた。


「おっと、間違えた。そこの壺を狙ったんだが、つい勿体なくてな。次は外さないようにしよう。聡明なバルツァー君なら、それがどういうことか分かるよな?」


 カイナは新たな小切手を胸元から取り出し、ペラペラと煽ってみせた。


「こ、この蝗害こうがいめ……」


 顔を引きつらせながらも、バルツァーはしぶしぶサインを行った。

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