第5話 カイナ 捜査する
(あれは、モスか!?)
地図をモスへと送り付けたカイナは、そのまま何とはなしに外を見ているとローブを被った人物がこっそりと夜の闇に溶けていく様を目撃する。
(……いや、行動早すぎだろっ! 今から行っても人さらいがいるとは限らないし、俺様は明日にでも誰か買収して囮捜査するとかそういう感じになるかと思っていたんだが。ど、どうする今からモスを追いかけるか、いや、だが、嫌われ領主の俺様がこんな時間に出歩くのは危険が多い)
カイナはしばらく悩んでから、
(どうせ、何もないだろう。明日以降の対応でいいか)
そっと窓を閉めた。
※
翌朝。着替えを済ませ、優雅に朝食の紅茶を啜っていると、モスから昨日の顛末を伝えられた。
一瞬、ムセそうになったが、領主の威厳を保つため、さも何事もなかったかのように振る舞ってみせた。
「バルツァー卿が犯人か。なるほど……。ならば一度会わねばならないな。モス。招待状を送れ」
その全てを見通していたかの対応にモスは尊敬のまなざしを向けて、すぐに手紙の手配を行う為、部屋をあとにした。
(バルツァー卿か、確か俺様に献金をしない、がめつい奴隷商だったな。いつか潰してやろうと思っていたが、ちょうど良い機会が訪れたな。それと――)
カイナはモスが完全に離れたのを確認すると、残った朝食を掻き込み、昨日のローブを纏う。
「マナよ。風となりて我を運べ」
緑色の風が全身をうっすらと包むと、カイナは窓を開け、そこから跳び出した。
カイナの体は軽やかにまるで風に乗った羽根のように浮かび、領主邸の壁を乗り越え、ひっそりと街へと繰り出した。
領地内の街はやはり富裕層と貧民層という二極化した構成になっており、昨日は富裕層の街並みも見て回ったが、今日は一直線に貧民層の区域へ行くと、朝から忙しない雰囲気に包まれており、行き交う人々の誰もが早足だった。
(この時間帯は全員忙しいのか? 声を掛けるのは迷惑になりそうだが、人がさらわれているんだ。構うかっ!)
「おい。ちょっと聞きたいことがあるんだが?」
カイナはそんな中、適当に一人に声を掛けるが、一瞥するだけで声には応じず通り過ぎていく。
「おいっ!」
それから何人かに声を掛けたが、ほとんどがカイナの呼びかけに止まることはなく、ようやく止まったと思っても、「忙しいんだ。後にしてくれ」と言われ、再度歩き始められる。
「くそっ! 忙しくし過ぎだろ。……いや、これ朝のラッシュか?」
今まであまりこちらの地区を見て来なかったカイナは朝の忙しいラッシュ時が存在することも知らなかったが現代知識から、この時間帯が特に忙しいのだと気づく。
(確かに、ラッシュ時に声を掛けられても困るな。俺様でも逆の立場なら無視するしな。仕方ない。少し時間をあけてからチャレンジするか)
カイナはしばらく声を掛けるのは無理だと諦め、昨日は午後なら石を投げつけるくらいには時間が出来るはずと、時間を潰すべくブラブラと路地を歩いていると、朝にも関わらず営業している酒場があり、ふらりと立ち寄る。
ウエスタン調の店内に他に客はおらず、どうやら、そろそろ店じまいをするところでの来客になったようだった。
「やっているか?」
カイナの問いかけに店主は頷いてみせる。
「なら果実酒を」
じゃらっと少し多めの小銭を置きながら注文し、店主に声をかける。
「なぁ、皆忙しそうで、話すら聞いてくれないんだが、そんなに大変なのか?」
店主は驚いたような諦めたようなニヒルな笑みを浮かべると果実酒を提供するのと共に口を開いた。
「お客さん、この辺の人じゃないね? 皆、増税に次ぐ増税で普通に暮らすのですら朝から忙しく働かないといけないんだよ。まして、俺らみたいな下級民が働ける場所なんてほとんどが劣悪なところさ。遅刻なんてしようもんなら、どんな目に合うか……」
「なるほど。それでか……、そんな中で人さらいがあっても
「ええ、人さらいの事件はお客さんでも知ってるくらい有名なのかい? まったく子供ばかり狙われて。嫌な事件だ。昔は領主様がちゃんとしていたからこんな事件なかったのに。今は拝金主義のイナゴ領主様だから期待できないねぇ」
「ははっ、そうだな。実を言うとオレは、その人さらいの調査に来た探偵なんだが、子供たちの身元って分かるか?」
カイナは乾いた笑い声を上げながら本題を切り出す。
「身元を知ってどうするんだ?」
「探偵っていってもまだ依頼前なんだ。だが、子供の親なら子供の為なら金を出すと思わないか?」
カイナはことっと1万ゴールド分の銀貨を置いた。
「あんたも悪い男だな。だが、本当に見つけてくれるなら紹介するよ」
「ああ、オレもここの領主と同じで金には汚いが、依頼人の安全は保障する男だからな」
果実酒をぐいっと一息に飲むと、カイナは紹介された家には行かず、その家の場所だけ確認してから、そのまま邸宅へ戻った。
※
一ヶ月後、便りを受け取ったバルツァー卿は大仰な態度をしながらカイナの前に現れた。
「これはこれはゴッダート様。本日も素晴らしいお召し物ですな」
明らかな世辞を口にする男は、成金の典型とでも言わんばかりに、指にはこれでもかと金の指輪をハメ、服装もカイナに負けず劣らず派手で豪華絢爛だが、それを台無しにするようなでっぷりとした体形である。
そんなバルツァーの後ろには護衛の男が二人立っており、どちらも屈強な肉体を誇っていた。
応接間に通されたバルツァーとカイナはどちらもフカフカの椅子に座り、椅子とは対照的になんの意匠もないシンプルなテーブルを挟んで対面していた。
「余計な世辞はいい。今日はなぜ呼ばれたか理解しているな?」
カイナは温和な笑顔で問いかける。
普段は見せないその口角の上がった表情はこれから牙を剥く準備のようにすら思えた。
「はて、書簡にもありましたが、こちらが不当に奴隷商をしていると? いったい何のことだか? もしかしてボクが領主様に献金を渡していないから陥れようとしていますか? なんてねぇ、冗談ですよ」
「バルツァー様っ! そのような――」
すっとぼける態度に、カイナの後ろに控えるモスはつい口を出しそうになるが、カイナに制止される。
「別に献金はどうでもいい。ただ、してくれている他の2人の方を、優遇はさせてもらう。それは理解しているな? だが、今回の件はそれとはまったく話が違うのだよ」
ぐいっとバルツァーに顔を寄せると先ほどまでの笑顔は消え去り、真顔。
「彼らも、あなたも守るべきは1つ。我がゴッダート家の領に害を与えないことそれだけだ。だが、今回あんたがやったのは俺様の領民をさらい、他国に売りつけた。それは到底許されることじゃあないよなぁ」
「い、言いがかりをつけられては困る! 証拠はあるのか!?」
「証拠? モスっ!!」
老執事は別室へと続く扉を開けると、そこには人身売買されたはずの子供たちが並んでいた。
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