第39話 モス 激闘する

「なぜ、この場所がバレた!! まさか、あいつか? いや、それとも、あいつが……」


 バルツァーの狼狽え方は、自分が尾行されたとは思っていないようで、自分と敵対するかもしれない人物を次々と思い浮かべているようであった。

  声の主、バルツァーは相も変わらず、でっぷりとした体で、せっかくの高級な服を台無しにしている。今はそれに加えて、まさかのモスの登場に汗をダクダクとかき、透けたシャツがさらにダサさを加速させていた。


「ふむ。そんなに敵が多いと困りものですな。まぁ、敵の多さではカイナ様には敵わないでしょうが」


 モスはクツクツと笑いながら、バルツァーとの距離を詰めていく。


「くっ、だが、逆に考えると、ここであの憎きゴッダートに会えたのは好都合! やれ!! お前らっ! ボクを守るんだ!!」


 バルツァーの声と共に、角を持ったウサギの魔獣、ホーンラビットとカラスのような黒翼を持つ魔獣、ブラックフェザーが周囲に集まる。


「行けっ! あの男を殺したものには、こいつをたっぷりとくれてやる!!」


 麻袋を掲げると、その中から乾燥したシルバーバインが覗く。

 視覚と嗅覚を刺激された魔獣たちは一斉に我先へとモスへ襲い掛かる。


「我を忘れてただ襲ってくる魔獣など、その辺の野良犬にも劣るっ!」


 銀の光が煌くと、それぞれ急所を一突きされ、絶命する。


「シルバーバインなんかに溺れていなければ、私ごとき老骨、簡単に勝てたでしょうに」


 モスは黙祷を捧げ、バルツァーに向き直る。


「さて、証拠は充分、もう言い逃れはできませんぞ。バルツァー卿あなたに出来るのは命乞いだけですぞ」


 剣先がバルツァーを捉えると、危機的状況にも関わらず、バルツァーはニヤリと笑みを見せる。

 あと一歩で勝てるとでも言わんばかりの表情に、モスは嫌な予感を覚え、ピタリと立ち止まる。

 そして違和感がないか探ると、足元の草の中に鉄の塊が注視すると見えた。

 即座にそれを蹴り上げると、トラバサミが宙を舞う。


「くだらない。子供だましを……。ですが、これにヴェスパが引っ掛かったのも事実。これはヴェスパの分ですっ!!」


 モスはそのトラバサミをサッカーボールのように蹴りバルツァーへぶち当てる。

 運良くトラバサミは作動しなかったが、鉄塊がもろに顔面に当たったバルツァーは鼻血を垂らす。


「ああっ!! よくも、よくもボクの可愛い顔を傷つけたな。だけど、奥の手というものは最後まで取っておくものだ!」


 その瞬間、モスに衝撃が走り、体が宙を舞う。


「なっ!?」


 上下が激しく入れ替わる視界の中、モスが目にしたのは、熊の魔獣、オーガベアであった。

 モスは地面へ落ちる際、受け身を取ってダメージを最小限に抑えて、すぐに体を起こす。


(あの魔獣はもしやっ!?)


 オーガべアの目には傷があり、モスの脳裏にカイナとヴェスパが接敵したオーガベアではないかという憶測が巡る。


「ふははっ! こいつはここの守り神ガーディアンだ!! 手懐けるのに苦労はしたが、能力は十分以上!! カイナ・ゴッダートすら恐るるに足らず!!」


 鼻血を拭い、勝ち誇るバルツァー。

 モスの視線はバルツァーのでっぷりとした腹に注がれる。


「手懐けるのに苦労したようには見えませんが?」


「僕の奴隷が15人も食われたさ。だが所詮、消耗品だからオーガベアには代えられんがね! ふはははっ!!」


 高笑いを浮かべるバルツァーに対し、モスは剣を持つ手に力が入る。


「バルツァー卿、いえ、バルツァー。あなたがカイナ様を、そしてヴェスパを……。その顔、二度とカイナ様の前に見せられないようにしてくれます」


「ふははっ! いち執事風情が強がったところで、このオーガベアに勝てる訳がないだろう!! 行け! オーガベア!!」


 時速60キロ程のスピードで突撃してくるオーガベアを剣で受けたモスは、簡単に吹き飛ばされると同時に、こう考えていた。


(こ、これは、私では勝てませんな。あれだけの啖呵を切った手前恥ずかしいですが、ここは素直にオーガベアの強さに称賛を送りましょう。ですが、私もゴッダートの執事としてタダでやられる訳にはいきませんぞ!!)


 転がり飛ばされたモスは起き上がると、オーガベアは目の前に迫り、その大きな爪のついたかいなを振るう。

 モスは前転し、ギリギリで攻撃を避けると、自分が居た場所の地面がまるでプリンをスプーンですくったかのごとく、いともたやすく抉れており、背筋を震わせる。

 だが、恐怖に支配されるのは一瞬。すぐにオーガベアの攻撃後の隙をついて斬りつけた。だが――。


 刃はオーガベアの体毛の前に肉まで通らず、ハラハラと僅かながらの毛が地面へと落ちただけだった。


「ラーナ様の魔法を以てしても、この程度の攻撃しか与えられぬとはなんという防御力。そして――」


 再びのオーガベアの腕。

 死を象徴したかのような一撃を前にモスは立ちすくんでいた。


「ふぅ~、ここです!!」


 モスは剣を体にピタリと付けて、迎え撃つ。相手の膂力を利用し、オーガベアの腕だけでも奪っておこうという捨て身の作戦。上手く行けばオーガベアの片腕は奪えるかもしれないが、致命傷は避けられないであろう作戦であった。


(カイナ様、これは命を無駄にする作戦ではありませぬぞ。あとに続くカイナ様の命の危険を減らす為! そして、私の故郷を破壊したバルツァーに一矢報いる為!!)


 モスの覚悟の一撃が決まるかと思われたその時、シュッと空気を裂く音と共にモスの足に激痛が走る。


「ぐぅっ!」


 咄嗟に視線を向けると、そこには矢が突き刺さり、射線を辿ると、ボウガンを構えたバルツァーが目に入った。


「ふははっ! 貴様らゴッダートの強さは良く知っている。いや、知らしめさせられた! オーガベアだけに任せる愚行は犯さんよ」


「無念……」


 モスは次の瞬間、宙を舞う。

 まるでスローモーションのようにゆっくりと景色が流れて行った。

 が、不思議と痛みはなく、「死ぬときはこのようなのですな」としみじみと思っていると、ぼふっとおよそ地面とは思えない硬さに背が包まれる。


「お前ら、俺様の執事に何をしようとした?」


 モスはカイナにお姫様抱っこされる形でいつの間にか救出されていた。


(カ、カイナさま~~~~!!??)

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