第40話 カイナ 激闘する

 モスが魔獣の森へ入った頃、カイナの執務室の窓をコンコン、コンコンと叩く音が響く。


「だぁ!! うるさいっ!!」


 カイナはモスを調査に出すに際し、現代知識とラーナの魔法と自身の魔法を応用し、手紙を紙飛行機に折ると、自動でカイナ⇔モス間を行き来する通信用の魔法を開発し、モスに持たせていた。

 モスが調査に出てからというもの、数時間置きにその紙飛行機がやって来てカイナの執務室の窓をコツコツと叩く。


 緊急事態の可能性もある為、毎回手紙の内容に目を通すのだが、その内容のほとんどは、食事はちゃんとしているかとか、寒くないようにしっかり厚着しろだとか、まるで母親のようなことばかりであり、たまに違う内容だと、どこどこの料理が美味しいので、今度シェフに作らせましょうみたいな観光でも行っているかの手紙だった。


「一日に一通はちゃんと報告なのが、また質が悪い」


 悪態をつきながら、窓を開け、紙飛行機を迎え入れると、すぐにその内容を期待せずに読んだ。

 だが、結果は――。


「ふ~ん。ようやく追いつめたか」


 その顔には復讐を楽しむ悪辣な笑顔が張り付いていた。


                  ※


 カイナは身支度を整えると、家臣たちを追いはらい、庭師に特別に作らせた高台から魔法を駆使して魔獣の森へ飛び立った。


 数分で魔獣の森に辿り着くと、そこにはまさにオーガベアの魔の手にかかろうとしているモスの姿がその瞳に映る。


(あのクマ野郎。今度は俺様のモスまで奪うつもりか!? 許せんっ!!)


 新たな魔法を唱える為、ある程度の高さまで降りると、そのまま自由落下。

 地面に激突するのも構わず、マナを集め、魔法の詠唱に集中する。


「ぐっ、間に合えっ!! ウインドウイップ!!」


 クラーケン戦で有能だったワイヤーを密かに気に入っていたカイナは鏃の一つにワイヤーを装着しており、それを風で操作し、モスの体に巻き付けた。

 そのまま切断しないくらいの力加減で自身の元へ引き寄せる。


「良し」


 ワイヤーはカイナの元へ収まり、モスはその腕の中へ。


「お前ら、俺様の執事に何をしようとした?」


 カイナはモスを降ろすと、射殺すような瞳でバルツァーとオーガベアを交互に見比べる。


「これはこれは、カイナ・ゴッダート様ではないですか。このような汚い場所に足を運ばれるなど。守銭奴の貴方様がいかがなさいました?」


 嘲るような、煽るような慇懃無礼な態度のバルツァー。

 その表情にはオーガベアという圧倒的な力を手にした余裕が現れていた。


「随分楽しそうだなバルツァー卿。まさか、そこの熊ちゃんのモフモフで癒されてたか? この前の傷から? まさか、そこまでメンタルが弱いとは。いや~、すまなかった」


「減らず口を!! 貴様なぞ、オーガベアが簡単に殺してくれ――あ、がああっ!!」


 バルツァーは急に太ももを押さえ、脂汗を浮かべる。


「戦場に弱い黒幕がいつまでも立てると思うな。ここに居ていいのは自分の力で立つものだけだ。頭が高いぞ」


 バルツァーがベラベラと話している間にすでにカイナは魔法の詠唱を終わらせており、鏃の一本がバルツァーの太ももを撃ち抜いた。


 激痛に堪らずバルツァーは膝をつく。


「まだ頭が高いな」


 二本目の鏃がバルツァーを襲おうとした瞬間、「ガァ!」と短い咆哮と共にオーガベアが鏃を弾く。


「ふんっ、そんなつまらん男の為に命を張らされるとは不憫なものよ。今、俺様が恨みも込めて解放してやる!」


「よく人のことを言えたものだな。この害悪イナゴ領主が!! 不意打ちならまだしもオーガベアが貴様に負けるはずがないだろ! もうそこはすでにオーガベアの間合いだぞ!」


「確かに、俺様ひとりなら負けていたな。だが、今の俺様は一人じゃない! 行け、モス。時間を稼げ」


 オーガベアが突撃を開始するより早く、モスは飛び出し、スピードが乗る前に剣を合わせる。


「このモスの命に代えても行かせませんぞ!!」


「がああっ!!」


 オーガベアは目の前の鬱陶しいモスに狙いを変え、腕を振り下ろす。

 ただ避けて時間を稼いでいればいいモスには余裕があり、その余裕が回避を容易にした。

 ひらりひらりとまるで蛾か蝶のように攻撃をかわしていると、カイナの準備が整う。


「ウインドショット!」


 モスの稼いだ時間で、鏃を射出する。だが――。


 カイナの必殺の鏃ですら、オーガベアに軽く刺さる程度で、体を振れば落ちてしまう程度。

 かすり傷しかつけることができなかった。


「そうだよなぁ! ヴェスパを殺したんだ! それくらい強くなくちゃあ困る!! 今日の俺様はあの日と違って、準備は万端だ!!」


 カイナは外套を翻すと、そこには百近くにわたる鏃が納められており、それらが一斉に魔法を帯びてオーガベアに向かって襲い掛かる。


「がああああああああっ!!」


 流石にこれは効いたようで、絶叫が巻き起こる。


(勝っ――いや、これは言わないでおこう。前世だと負けフラグだったな)


 そんなことを考える余裕があったのが悪かったのか、痛みからなんとか脱出したいオーガベアは我武者羅にすべてを振り切ってカイナへと突撃する。


「っ!? なにっ!!」


 オーガベアの体重の乗った体当たりがカイナを襲い、メキメキと体中から嫌な音が響くのが聞こえた。確実に体を庇った腕は折れていると素人判断でも分かる程の激突。


 そのままカイナはゴロゴロとゴム毬のように転がり、樹の幹にぶつかりようやく動きを止める。


 すかさず、オーガベアは追撃を加えるべくカイナを追いかけ、あっという間に距離を詰めた。


「ガアアアアアアアッ!!」


「ふんっ、あのときと同じシチュエーションだな。だが決定的にひとつ違う点がある。そして、それを感じ取れない野生の勘の消失が貴様の敗因だ」


 カイナはモスが切り倒したホーンラビットの角を掴むと、魔法を込めた。

 あのときと同じようにその角はオーガベアの目を抉る。


「があああああああああっ!!」


「前回は片目だったが、今回は両目見えなくなっただろ。そして、その状態ならばっ!!」


 カイナはマナを貯めると周囲に竜巻を巻き起こす。

 轟音と共に周囲の草木が飛んでいく。


「これで耳も使い物にならんだろ。あとは鼻だけだが」


 シルバーバインの草も全て竜巻が巻き込み、さらにはバルツァーの麻袋も没収する。

 そうして竜巻はカイナとモスの匂いまでも消し去ると。


「そら、敵がそこにいるぞ」


 唯一この中で人間の匂いをさせるバルツァーの方へとオーガベアは鼻をひくひくと動かし、嗅覚を頼りに振り向く。


「ボクのシルバーバインがっ!! ハッウ!? ま、まさか。おい、やめろ! ボクだぞ!! お前の主人のバルツァーだ!!」


 風によってかき消される声を、その風の主たるカイナだけはしっかりと聞き取った。


「くそっ! カイナ・ゴッダートめ!! これが貴様のやり口か!! おい! やめさせろ!! あ、ああ、来るな!!」


 オーガベアは右へ左へとよろよろとしながらも確実にバルツァーとの距離を詰めていく。


「あ、ああ、竜巻で逃げられない……、こ、こうなったら一か八か!」


 バルツァーはボウガンでカイナを狙い矢を放つが、その矢はカイナに届く前にモスの剣戟によって両断される。


「わ、悪かった。ボクが悪かった。金ならいくらでもやる!! イナゴ領主なら、金は好物だろ!! 頼む!!」


 カイナは聞こえているにも関わらず、「何を言っているのか聞こえんなぁ?」というかのごとく肩をすくめて見せた。


「こ、このイナゴ領主がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 バルツァーの最後の絶叫の後、オーガベアの渾身の一撃によって帰らぬ人となった。


「ふぅ~~~」


 カイナは大きく息を吐きだすと、「あとは任せた」と呟き、樹の幹に体重を任せ空を仰ぐ。


 竜巻の音で聞こえないはずのその言葉に、恭しく頭を垂れる男が居た。


「かしこまりました。カイナ様」


 モス・ヴルカレーノは優雅な所作でオーガベアに近づくと、


「あなたも被害者です。このまま見逃すのもやぶさかではないのですが、その両の目では自然界、ましてや魔獣の森では生きていけないでしょう。ならばせめてひと思いに」


 カイナが刺したホーンラビットの角に目掛け、強烈な蹴りを入れる。


「ガアアアアアアア――」


 オーガベアは地面へと倒れ込むと、ピクリとも動かなくなった。


 いつの間にか止んだ竜巻は、周囲のシルバーバインを根こそぎ、まるでイナゴが食い尽くしたように僅かな跡のみ残し消し去った。


「復讐はしたぞ、ヴェスパ。ああ、疲れた……。モス、帰るぞ」


 勝利したのに、どこか悲しそうな眼差しを見せながらカイナは帰路へとつく。

 

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