第38話 モス 尾行する

 最近のバルツァー卿の動向は不明なところが多く、先の事件以来、特にゴッダート領ではあまり出入りしていないのか、探すのに混迷を極めた。


 そこでモスは、カイナの命もあり身分を隠しつつバルツァーの奴隷商がある地域を転々とし、バルツァー自身の情報を集めた。


 そうした中、ついに本人の居場所の情報を掴む。


 その情報では、ゴッダート領から離れた地域で奴隷商を営んでいるそうだが、バルツァー自身はひと月に一回の頻度でゴッダート領に隣接する、ゲントナー領に行っているというものだった。

 特に奴隷を仕入れる訳でも売る訳でもないが、大量の金銭が動いているという。


 モスは近々またゲントナー領に訪れるという情報を掴むと、ゲントナー領の一流ホテルへ宿泊していた。


 ルカニド・ゲントナーの計らいもあり、ホテルマンにはバルツァーらしき人物が訪れたらモスに知らせる用に手配済みであった。

 モスがそのホテルに泊まって2日が経過したところで、情報通りバルツァーが現れる。

 相変わらずの成金趣味の恰好にでっぷりとした腹は間違いようもなくバルツァー本人であった。

 モスはその目で本人であることを確かめると、ホテルの支配人に金を握らせ、バルツァーの部屋の正面に部屋を移動させてもらい、張り込みを続けた。


(しかし、なぜまたゲントナー領に現れたのでしょうか? ここにはバルツァー卿の奴隷商もないですし、かと言って人さらいが発生している訳でもないですのに……。おっと、バルツァー卿がどこかに出かけるようですな)


 モスは気配を消し、気づかれないようついていく。

 目的地が決まっているかのようにバルツァーはどんどんと歩いていき、その歩みはゲントナー領の街をとうとう出るまでであり、出口にて馬にまたがると走り出した。


(まずいですな。追いかけることは出来ますが、私まで馬に乗ると尾行がバレてしまいます)


 モスは走り去って行くバルツァーの背を見送り、数十分後に自身も馬を借りると、バルツァーが走って行った方へと駆けた。


「この辺りで見失いましたな……」


 モスは馬から降りると、周囲を見渡す。

 一面荒野が続き、その向こうには魔獣の森が続いている。

 バルツァーの姿がすでに見えないことから、魔獣の森へ入って行ったことは予測できるが、広大な森をどの地点から入って行ったかが問題であった。


「まさか、こんなところで役に立つとは思いませんでしたな」


 モスは屈むと、地面に付いた足跡を観察し始めた。

 

「これはまだ真新しい馬の足跡。蹄鉄もゲントナー領で見たバルツァー卿の馬と酷似しておりますし、間違いないでしょう」


 モスはカイナの狩りに付き合わされている間、カイナの無茶ぶりとも言える要求に応えるうちに、狩人顔負けの追跡術を身に着けていた。

 カイナを喜ばせる為の技術が別の意味でカイナを喜ばせることになるとはと不思議な縁を感じ、モスは苦笑した。


「あちらの方ですな」


 ゆっくりではあるが確実にモスの歩みはバルツァーを追い詰めるものとなっていた。

 馬の足跡は、そのまま魔獣の森へと続いていたが、森へ入ってすぐに、バルツァーの馬を発見する。


 怯えた様子の馬は適当な木に繋がれており、そこから一歩も魔獣の森には近づきたくないという強い意志を感じる。

 モスが乗って来た馬も例外ではなく、魔獣の森にすら入ろうとしない。


「ここからは人間の足跡を探さないとならないようですな」


 これもカイナが迷子になってもすぐに見つけられるよう、昔に学んだ技術であり、モスは隠す素振りもないバルツァーの足跡を辿るのは造作もないことだった。

 護身用の剣を馬から降ろし装備してから、その足跡を辿っていく。


 足跡はゲントナー領から大きく外れ、すぐにゴッダート領内の魔獣の森へと入る。


 ゲントナー領の鬱蒼とした森から徐々に木々もまばらになり、懐かしさすら覚える景色であった。

 感傷に浸りつつも足跡を追跡していると、ゾクリッと背筋に悪寒が走った。


(こ、この先は進んでは行けないと本能が訴えておりますな)


 モスは一度深呼吸をすると、胸元から封筒を取り出すと中身を見る。そこにはカイナからのメッセージが記されいた。

 ふっと笑顔を見せたモスは、一筆したためてから、一歩足を出した。


(このモス・ヴルカレーノ。ゴッダート家のお役に立つ為なら、この程度の恐怖、超えてしかるべき!! 躊躇し逃げ帰ったとなれば末代までの恥さらしもよいとこですな!)


 悪寒が強く襲い来る中、モスはずんずんと進む。


 急に景色が開けたと思うと、そこは一面のシルバーバインの群生地であった。

 風が吹くと、葉が揺れ、時折、太陽光に銀色の光が反射し、幻想的な風景を見せた。


「禁制品とはいえ、これは壮観ですな……。むっ!!」


 殺気を感じ、横へ飛び退くと、モスが居た位置にホーンラビットが突き刺さる。


「魔獣のお出ましですか。ですが、今の私にはラーナ様より賜ったこちらがありますぞ!」


 モスは腰にいた剣を鞘から抜く。

 刀身は光が反射したのではなく、刀身自体が銀色の光を纏っている。

 その光はマナの光。ラーナの強化の魔法がかかっている証明であり、唯一モスが魔獣に対し遅れをとる攻撃力を補佐するものであった。


 ホーンラビットは、その刀身とそれを扱うモスの強大な力を前にしても怯むことなく、角を突き刺そうと飛び出す。


「勇敢と無謀は違いますぞ!」


 モスは攻撃を避け様に剣を振るう。

 すれ違っただけに思えたホーンラビットは胴体から真っ二つになり、絶命する。


「本来ホーンラビットはこのような無謀な戦いはしない魔獣のはずですが……」


 モスが訝しみ、死体を観察していると、


「な、なぜ、ここにゴッダートの執事が居るっ!!」


 聞き覚えのある声。

 今回の黒幕であろう、バルツァーの声が、モスの元へと届いた。

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